差
カスミとリュウは同時に動き出し、ロンに向かっていく。最初にロンの間合いに入ったのはカスミだ。彼女は自らの力に含まれる剛力を推進力に変え、その足を大きく振り上げてロンの顔面を捉える。だが、強力無比であるにしても真っ直ぐなだけのカスミの打撃が最強たる人物に当たる訳もない。ロンは最小限の動きでカスミの踵落としを避けた。虚空を打ったカスミの踵は床に激突すると、耳障りな音を立てて床にひびをつくる。
(一発でもまともに喰らえばおしまいの矛。でも、当たらなければ……)
攻撃を余裕を持って回避したロンは、腰を入れて刀を握り直し、その白刃をカスミの腹に向けた。だが、その攻撃は初動の段階で押さえられる。リュウだ。
「っ……」
リュウはカスミの隙を覆うようにロンの反撃に対処する。刃を剥き出しにしたロンの刀に対し、それが振るわれて速度を付けるより前に自らの刀で軌道を塞ぎ、攻撃を防ぐ。二人の得物がぶつかり合うと、ガッ、という刃物と鞘が鎬を削る音が響いた。
「ぬるいわ」
ロンは反撃を抑えられた直後、その体を捻ってリュウの横腹に蹴りを食らわせる。刀を防がれた後の全力を出し切れない態勢での攻撃ではあったが、それでも最強の放つ一撃。リュウは無防備な状態でその一撃をもらうと、目を見開き、歯を食いしばった。
「ぐあはっ、くぅッ……!」
両足で踏ん張ったリュウの体は床の上を数メートル滑る。一時的にではあるが敵に隙を作った。それをロンが見逃すわけもなく、彼は腹を押さえて顔をしかめるリュウに対し、本身の一撃を食らわせようと刀を構える。
だが、ロンが攻撃を開始する直前、彼が攻撃よりも優先せざるを得ない事態が発生する。それは、カスミの攻撃が自分を捉えた、という事態。先の一撃で床にひびを入れるほどの威力の蹴りを放ったカスミが、次の一撃を放って来たのだ。振り向きざま、力任せの粗い一撃だ。しかし、その体に秘めた怪力があるために、それは恐るべき人命をも奪いかねない攻撃となる。
(……そういうこと)
ロンがカスミの攻撃を躱し、その反撃を開始しようとすると再びリュウがそれを妨害に入る。その一連の流れを受けて、ロンは二人がどういう意図でこの連携を組んでいるのか、その大まかな内容を掴む。
(さすがの私でも喰らったら一発ケーオー必至のカスミの攻撃を、少しでも長く、多く試行するための戦い方。盾をリュウに任せきり、矛をカスミに任せきる。一発が当たることに賭けた、実力の差を無視できる可能性のある強引な戦い方……)
数の利を生かした役割分担、それにより一発沈黙の可能性のある攻撃の連続を可能とした二人に幾度か同じ流れを繰り返され、ロンは壁を背にするまで追い詰められる。
「ぅるあぁッッ!!」
この隙を見逃すまいと、深く腰を落としたカスミが正拳突きをロンの顔面に向けて放つ。だが、目の前の男は伊達や酔狂で最強であると自称しているわけではない。ロンは逃げ場がないと思われていたその状況で、逆にカスミに向かっていった。すぐ横を殺人級の拳が通過する中、ロンは刀の柄でカスミの腹を穿つ。
「うぐッ……!」
衝撃がカスミの喉の奥に酸味を感じさせた瞬間、力が一瞬抜けた彼女の体をロンが投げ飛ばす。攻撃を受けた直後の気の緩み、崩れ落ちる体の勢いさえも無駄なく利用したその技は、カスミの体を数メートル離れた位置に背中から叩き落した。
「か……はぁッ……」
乾いた悲鳴。だが、カスミの後に続いたリュウはそれを機に戦意を落とすような弱みを見せなかった。彼はカスミに対処しきっていたロンに対し、その直後に追撃を仕掛ける。先の、初めてロンに一撃を加えて見せた時と同じ構えだ。
(本命……)
今にも刀を抜きかねないリュウの気迫を前に、ロンは数十秒前の興奮を思い出す。そして、彼がいつ白刃を剥き出しにかかってくるのかと高揚の目でその攻撃に応じた。
だが、リュウが刀を抜き放つことはなかった。彼は刀を抜かないまま、今度は柄ではなく、鞘ごと刀を振るってロンの腹に横なぎの一撃を加える。居合の動作を刀を抜かずにそのまま行う形で放たれたリュウの攻撃、先ほどのものとは型の違うそれは敵の体を捉えるはずだった。しかし……
「……なにッ!?」
リュウの刀を振るった攻撃は防がれていた。ロンの生身の左腕がそのまま刀の進行を阻害し、止めている。刀を抜いていない以上ただの打撃ではあるが、自分の攻撃をただの腕一本で防がれたことなどなかったリュウは、あまりの驚愕に動揺を隠せない。そんな彼に、ロンの反撃が襲い来る。
ロンは接近した状態のリュウの肩を掴むと、強引にその体を引き寄せ、右の膝を放つ。それは装甲も防御も何もないリュウの腹に鈍重に突き刺さり、彼の意識を混濁させた。同時に、ロンは流れるような動きで浮き上がったリュウの体を放る。彼自身が力を加えて投げ飛ばすのではなく、リュウの体に含まれていた力を誘導したそれは、二者の位置を再び突き放し、立ち位置を明確なものにした。
「うぐっ……ぅ」
(……た、立てない)
床にうずくまるリュウと、傷一つもないロン。通常の攻撃ならば耐えてそのまま攻撃を返しに行く気概もあるリュウだったが、今の彼にはそれが出来なかった。ロンの打撃はそれほどまでに重かった。
(……つまらない。期待外れだったかしら)
ロンは床に倒れて低い嗚咽を漏らすリュウとカスミを見渡すと、呆れたような顔でため息を吐く。その顔には、つい先ほどまでにあった高揚や興奮などは露ほどもなかった。彼は惜しむような顔でカスミ、そしてリュウを見ると、まずはリュウの方へとその敵意を向ける。右手に持った刀を振り上げ、最後の一撃を加えようと彼は床を蹴った。
その瞬間だ。乾いた破裂音が部屋全体に響き渡る。銃声だ。
「ッ……!」
発生源はリュウ。彼はうつ伏せになって立ち上がれなくなったのを機に、懐に潜ませていた拳銃を抜き、ロンに撃ったのだ。それは、彼がしばらく前にケールの部下から盗んだもの。リュウはそれを、確実に当てられるように不意を狙って放ったのだ。勝負は一度きり、銃を持っていると知れたら警戒される。だからこそ、この一発だけが勝負の場に立てる。そのつもりで、リュウはここまでの戦いを組んでいた。カスミにもこの策を伝え、これでロンの戦力を大きく削れるつもりでいた。
だが、彼の思惑は外れた。
「……なっ、外した……!?」
(いや、躱された。この距離、この状況で……!?)
銃弾はロンの右腕を掠めただけだった。彼の華美な衣装に傷がつき、血が少し飛び出している。銃弾がつくり出した影響は、たったそれだけだ。どうやら彼は、刀を構えて接近する直前、リュウが自分に仕掛けてくるのに気付いていたようだ。でなければ、この状況で銃弾を躱されるなどということには説明がつかない。
策が通じなかったことで動揺するリュウを前に、ロンは不愉快そうに顔をしかめていた。
(最初から分かってたこと。彼は銃を隠し持っていた。立ち姿、歩き姿、戦い方を見れば何か隠し持ってるのはすぐに分かった。しかも、この子は最初の段階、戦っていなかった時からこれを私に撃つタイミングを見計らっていた。雌伏を耐えた先の、私でなければほとんどの相手に通用する上等な策……じゃない)
リュウがこれまでどのような思考で戦ってきたのかの考察まで進めていたロン。だが、彼の思考に突如、マグマのように煮え滾るような熱い苛立ちが沸き上がる。厚化粧を纏った彼の表情が強い怒りによって激しく歪み、妖怪のような面相となった。彼はそのまま、自分の姿の美醜を気にすることなく、吠え声を轟かせた。
「喝ァッ!!!」
突然の怒号に倒れ伏していたカスミとリュウは顔を上げる。二人が目を向けた先には、般若のような怒りの表情をリュウに向けるロンが立っていた。




