最強に至る狂気
「無理しなくていいわ。何もしないまま降伏すれば、無事に済むかもしれないんだし」
ロンが発したリュウへの挑発的な言葉、それをカスミが斬って落とす。彼女は敵対するロンから一切目線を外さず、気を張ったままそう口にした。彼女のその言葉はリュウへの気遣いからだろう。カスミの中では、リュウが自分達に加勢しないのは恐れで動けない、あるいは自分や里のその後のことを考えて、ということになっていた。実際そういう話をシージでしたことがあったためか、カスミはリュウが参戦するのを止めた。
しかし、そんな彼女の言葉に反応したのはロンだった。彼は小さく噴き出し、チラチラとリュウとカスミを見比べる。それに対し、リュウは身構えたまま無反応、そしてカスミはあからさまにイラつきを露わにする。
「何笑ってんのよクソッたれ男女」
「おっ……え? ま、まあともかくねぇ」
カスミが自分を奇妙な呼び方で示したのに眉を寄せたロンだったが、彼はすぐに自分の笑った理由をカスミに説明する。
「あなた達、彼がああしてなかったらもう負けてるのよ?」
「……どういう事」
「あなたまあまあ強いのに馬鹿なのね。少し考えれば分かると思うけど……」
「ゴチャゴチャ抜かしてんじゃないわよ。もういい、リュウ……どういう事なの?」
カスミはロンからリュウの行動の意図について問うのをやめ、彼に直接質問を投げかけた。すると、リュウはチラリとカスミに目を向けた後、すぐにロンに目線を戻して説明する。口を動かす彼の刀を持つ左手には力が込められたままだ。
「彼が僕達に勝つのに必要な要因は、何も僕達を倒すことだけじゃない。後ろの転送装置を壊すこと、それも僕達の敗北につながる重大事だ。この街から逃げられなくなるからね」
「……あ」
リュウの言葉に、カスミは自分がロンを倒すことしか頭に置いていなかった事を思い出す。リュウは開戦から今の今まで転送装置を守ることによって、ロンの勝ち筋を一つ減らしていたのだ。
「あなた達三人がそのまま向かってくるお馬鹿さんだったら、無視してそのまま壊しに行くことだってできたわ。そしたら、後は待ってるだけで増援が来てあなた達はゲームオーバーだったってわけ」
リュウの説明に、ロンは笑顔で補足する。その言葉で改めてリュウが必要不可欠なピースを守っていたのだと気付き、カスミも彼に視線を向けた。だが、リュウ自身の表情に浮ついたものはない。彼は自身の判断を評価されながらも、一切気を抜かずにその場に立っていた。そんなリュウを目にしたロンは、クスクスと笑って小さく手招きをしてみせた。
「真面目なのね。でも、ずっとそうしてるのもつまらくない? あなたとも戦ってみたいし……。じゃ、ここで借りを返すわ」
「……何で返すと?」
「その装置は狙わないであげる。それと、あなた達全員殺さないでもあげるから、遠慮なくかかってきなさい。ま、捕えた後のことは保証できないけどね?」
「僕達三人、全員をこの場で殺す気はないのか?」
「ええ。私は、ね」
「…………」
リュウはロンの言葉に関して思考するより、彼の表情を見て今の発言が嘘かどうかを判断しようとする。傍から見た様子では、ロンに虚実を言っているような空気はない。自分に絶対の自信があるからか、戦術的なアドバンテージを取りに行こうという姿勢も薄いようだ。その様子を見て取ったリュウは警戒を露ほども緩ませず、前へ進み出る。ゆっくりと歩を進めるの彼の思考は、自分達とロンの戦力差についての考察で埋め尽くされていた。
(今の言葉に反応しない辺りレフィとメリーは彼と遭遇していない。であれば、二人がこの部屋に来るまでに決着をつけるべきだ。レフィもメリーも、こいつに近付かれたら為す術がない。……二人がこの階に来るまで、長く見積もっても五分……タイムリミットはそこ。カスミのお父さんは動けず、戦えるのは僕とカスミだけ。対するはこれまで戦ってきたのとは比べ物にならないほどの難敵)
打開出来るとは思えない状況を前に、リュウは低く腰を落として刀を構え、深く前に踏み込んだ。
「いざ」
刀では攻撃し得ない間合いにいたはずのリュウが、一呼吸の間にロンの眼前に辿り着く。彼は帯に携えた刀に左手を添え、柄を右手でしかと握っていた。
(速い)
互いの攻撃範囲が擦れもしない距離を一瞬にして詰めたリュウを前に、ロンは目を見張った。その目はリュウの動きの一挙手一投足を捉えながら、高揚に打ち震えている。自らと同種の武器を扱う人間に対し、上位にいるからこそその実力が手に取るように分かったのだろう。ロンはリュウの実力を相手取ることに興奮を覚え、歯を見せて笑う。だが、彼の戦闘における勘はブレない。
(疾走からの、抜刀居合)
ロンの目はリュウの攻撃の意図を捉え、それを回避しようと反応し始める。
だが、その時だ。
「ぐゥッ……」
ロンの鳩尾に、リュウが手に持つ刀の柄、その先端が突き刺さる。思わぬところからの攻撃を受けたロンは、その一撃を避けることも威力を殺すこともできず、そのまま後退して胸を押さえた。だが、この一撃が彼に与えた影響は小さい。ロンはすぐに顔を上げ、態勢を整え直すリュウの方を見た。
「すごい……一発入れた!」
リュウの初撃を目の当たりにしたカスミは、ロンを攻略する糸口が見えたと昂った声を上げる。そして、すぐに傷を受けた体を伴いながらリュウの隣に立った。
「流石ね、リュウ」
「いや、軽すぎる。一手にもなってない」
「充分よ。攻撃が当たる、それだけ分かれば」
練達の極みにいるロンにも、攻撃は当たる。であれば、当たればKO勝ち出来るであろう自分の一撃を当てればいい。カスミはそこに勝機を見出し、拳を握り締める。そこに傷を受けたための怯えや躊躇いは一切なかった。
相対するロンは、先に自分に一撃を入れてみせたリュウに、口角を釣り上げて好奇の目を向けた。
(すごいわ。ギリギリ、コンマ一秒前まで刀を抜くと思わせる姿勢、そしてそこから繰り出された最短の騙し手。とても個人の鍛錬だけじゃ編み出すことが出来ない技。恐らく彼は幾度もの実戦を重ね、人を切り伏せてきた。そうでなければ有り得ない技の冴え)
「思ったよりはずっと楽しめそうね」
軽くいなせると考えていた相手の中に、思った以上の上玉がいた。この棚ぼたな状況に、ロンは舌なめずりをして狂気的な笑みを浮かべた。細められた瞼の奥に見える瞳孔はいやらしく光り輝き、厚い唇と白い歯の奥では絶えず舌が蠢いている。その顔は美味だと匂いや見た目で感じさせる料理を前にした暴食漢のようだ。彼の前では戦いという行為は食事と変わらない程度の嗜好を満たすもので、二人は消費される一事物に過ぎない。そう感じさせるだけの圧をロンは纏った。
ただ強い、それだけではないロンという人物を前に、カスミとリュウはそれまで感じていなかった恐怖を覚え、汗を浮かべる。だが、肩を合わせる仲間がいるという事実が、二人を奮い立たせた。
「動ける、カスミ?」
「もちろん。アンタはビビってないでしょうね」
「当然さ。……策がある。僕も君も危険だけど、付き合えよ?」
「オーケー、乗ってやる」
リュウが一歩も二の足を踏む様子を見せなかったのに対し、カスミは頑健な両の拳を突き合わせ、戦闘態勢を整えることで応じた。




