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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
360/391

最強と呼ばれる所以

 始めに動き始めたのは、カスミとフレイだ。二人は己の身に秘めた怪力で以て、ロンという巨大な一戦力に向かっていく。対する最強と呼ばれる男は、一切の動揺もないままこれに向かった。一瞬の間に詰まった両者の間合いは戦闘を迅速に進める。

 カスミの拳、そしてフレイの蹴りが同時にロンの体を捉えた。だが、その攻撃は敵の体に傷を与えない。ロンは二つの攻撃を、必要最低限なだけ、一歩退くだけで回避した。二人の剛力を含んだ四肢は空を切り、その威力故に空気を薙ぐ音がハッキリと発生する。


(すごい腕力、意見を押し通そうとするだけの実力はあるってところかしら。でも)


 初撃を躱したロンは、攻撃を終えて態勢を整え直すカスミとフレイを目にして二人が持つ実力について考察する。その類稀な観察眼と、多くの実戦経験から来る推測はロンの二人への実力観をほとんど正解にまで導く。彼は続けざまに放たれる二人の攻撃を無駄なく回避しながら、思考を推し進めた。


(経験が無い。男は一切なく、この子は少しだけ。どう考えてもシンギュラーでしかあり得ない馬力だけど、宝の持ち腐れ。連携も出来ていない)


 刀と鞘を別で持ったまま避ける動作にのみ専念していたロンは、突如、その姿勢を大きく変える。右手に持った刀を上に構え、それを振り下ろす態勢。カスミとフレイは、自分達が攻撃を当てることに集中しきっていてその変化に気付けない。いや、そうでなくとも反応できなかっただろう。ロンの動きはあまりにも流麗且つ、予兆が無かった。直前まで、練度が低いとはいえ凄まじい速度で繰り出される打撃を(かわ)していたとは思えない所作だ。

 刀が振り下ろされたのは、フレイの肩だ。ロンが無慈悲に放ったその一撃は、大柄とも取れるフレイの左肩に大きく食い込み、血を噴き上げた。


「ぐぉぁッ……!」

「っ……お父さんッ!」


 痛みからフレイは苦悶の悲鳴を上げ、大きくその場から退く。父親が斬られるという事態に、カスミは大きく動揺し、敵対している人間に向き合うことを忘れ、父に目を向ける。


「これは……」


 一方、ロンは若干の驚きが混じった顔で自分の右手としゃがみこむフレイの肩を見比べていた。一瞬で肉を通り過ぎた白刃には血が付着していない。フレイの肩は分断こそされていないものの、動作を邪魔するのには充分過ぎる痛手を残していた。だが、ロンの顔に敵を追い詰めたというような達成感はない。


(切ったと思ったけどついてる。手で触れたものにつく衝撃を強化してるってよりは、筋肉そのものを強化してるのかしら。でなきゃこの硬さは有り得ない……。思ったよりは手こずるかもしれないわね)


 右手に残った肉を切ったという感覚と共に、ロンは刀を構えなおす。相変わらず左手に鞘は持ったままだ。この一連の動きでの消耗などは露ほどもないらしい。


「動ける、お父さん?」

「ああ……斬られた方は、動かないが」


 攻撃を受けたフレイを気遣いながらも、カスミは常にロンへと警戒を向けていた。そんな彼女の隣で、フレイは左肩に気を配りながら立ち上がる。その動きには、明らかに揺らぎがあった。娘の手前、気張っているようではあるが長持ちはしないだろう。そして、ロンにはそれが見えていた。


(戦いに慣れていなければ痛みにも慣れていない。彼は大したことないわね、それより親子なら同系統の能力を持っている可能性が高いし、さっさと済ませちゃおうかしら)


 頭の中で決定を下すと、今度はロンから自発的に動き始める。刀を構え、彼は静かに踏み込みを始めた。


「ッ……」


 ロンの初動をその目で捉えたカスミは、反射的に負傷したフレイの前に立って彼をかばう。戦力を大きく削られることを嫌ったのではなく、ただ父を思う気持ちで彼女はそこに立った。(がん)として絶対に動かないという意志を持ち、カスミは父を守ろうとした。対するは、刀を持ったロン。カスミは防御のために最大限ロンの動きを見てから行動を取ろうと判断し、指先に至るまで、一瞬で動かせるように備えた。

 だが、その努力は圧倒的な力量差の前に無意味と化す。カスミは起こったことを理解することすら、その瞬間ではままならなかった。


「えっ」


 気付いた時には、カスミの体は数メートル離れた床に転がっていた。外傷はない。


(……………………投げ飛ばされた?)


 遅れてカスミは自分がされたことに気が付いた。それと同時に、自分の目で捉えた映像を頭の中で再生する。

 始め、刀を構えたロンが走り寄って来たのに対し、カスミは刀を中心に警戒を向けていた。そして、ロンはその意識通りに刀を横なぎに振るおうと構えた。それに対し、カスミは身構える。しかし、ここでカスミにとって想定外なことが起こった。ロンが、姿勢を変えないままで刀と鞘を手離したのだ。床に向かって落ちていく刀に目線が吸い込まれ、次の瞬間にはカスミの体に働く重力は反転していた。ロンが空いた両手で彼女の体を投げ飛ばしたのだ。意識が外れていたとはいえ、力を込めていた状態のカスミを投げ飛ばす。それはロンがここまで積み重ねてきた経験の織り成す技巧の技だ。


(腕力は、絶対こっちが上なのに……いや、そんなことよりお父さんは)

「うぐあぁぁッ!!」


 カスミが意識をハッキリとさせ、体を起こした時だ。悲鳴が響く。フレイだ。耳にした瞬間、カスミは目を見開いて父を視界に入れた。

 フレイは、左膝を刀に刺し貫かれていた。カスミを退けた後、戦力を削げる可能性が一番高い消耗したフレイを狙ったのだろう。ロンが手に持つ刀は、拳二つ分ほどもある膝をそのまま貫いている。血が、膝裏の方に伸びる切っ先から滴っていた。


「お父さん、アンタ……ッ!!!」


 カスミは衝動的に動いていた。怒りに身を任せたその動きは、通常彼女の体が発生させる速度を幾分か凌駕していた。戦闘経験の浅い人間なら反応すら出来ないだろうその動きで、彼女はロンに接近した。


「速い……!」


 フレイの膝から刀を抜きかけていたロンは、カスミの行動に反応し、フレイを蹴り飛ばして無理に刀を引き抜く。そして、近付いてくるカスミに相対する万全の態勢を整えた。

 カスミは自分の腕の届く間合いに入ると、ありったけの力を込めて右の拳をロンの鳩尾(みぞおち)に向かわせる。その拳がほこる速度、含まれる力、それを一瞬で理解したロンは、それが真っ向から受けてはいけないものだと直感する。だが、それを完全に避けるほどの猶予はロンに残されていなかった。


「ぬうっ……」


 鞘を手放していた左手でカスミの攻撃の軌道を逸らす。真っ直ぐにしか力がこもっていなかったその拳は、確かにその終着点がずらされる。だが、胸の中心を捉えていたその攻撃が完全にロンの体から外れることはなかった。カスミの剛力を含んだその拳は、ロンの左脇腹を掠める。

 瞬間、ロンの体は浮き上がった。直撃すらしていないというのに彼の体は宙に浮かび、後方へと吹っ飛んでいく。だが、覚束ない状態になりながらも彼は冷静だった。そのまま地面をバウンドして壁に激突する所だったその衝撃を、一度目の着地でその威力を大きく殺す。刀を持ったままの手足、そして通常有り得ない膂力(りょりょく)を受けてもなお、彼は完璧に受け身をこなしてみせた。


「ふうっ……すっごい力。ちゃんと躱したと思ったんだけどねぇ」


 直撃を避け、それでも受け身が取れていなければ負傷は免れなかっただろう。カスミの拳はそれほどのポテンシャルを秘めていた。しかし、ロンが再び態勢を整えてその場に立ったのは、僅か攻撃を受けた二秒後ほどのことだった。ロンは本来十メートル弱は離れていた壁に余裕をもって激突するほどの衝撃を、その半分に収めてみせた。


「でも反撃は出来たし、上々ってところね」


 ロンの攻撃への対応は、無傷で済んだ、という表現に留まらなかった。ロンが呟いた直後、カスミが膝をつく。


「ぐぅ……カスミ」


 カスミの右腿に傷がある。刀傷、正面の方だ。出血は彼女の白い足を赤く染めていた。深手とまではいかないが、浅いと見過ごせる傷でもない。ロンはあの攻撃を受け流す最中、右手の刀で反撃すらこなしていたのだ。

 娘の出血を目の当たりにすると、膝を押さえて呻いていたフレイが彼女の名を呼ぶ。それに対し、カスミは立ち上がって後ろに倒れる父を振り返り、笑ってみせた。


「大丈夫だから」


 一言だけ残すと、カスミはロンを振り返る。そうした時のカスミの表情に、既に甘さはなかった。年端も行かない少女が父を傷つけられ、同時に自分まで傷をつけられたというのに立ち上がるのを見て、ロンは目を丸くする。


「驚いたわね。軽くやったつもりはないのに」

(あの硬さを考慮しての攻撃だった。それでも立つのは、あの子特有の……いや、能力の程度が違うのかしら)


 驚きながらも、ロンの頭は冷静に状況と敵の能力を判断していた。直前までも凄まじい技と力の応酬をしていたというのに、その思考は円滑そのものだった。


「それより」


 ロンはカスミの力のほどの考察を適当に終えると、思い出したように転送装置の方へ目を向ける。そこには、身構えたままのリュウが立っていた。


「リュウ……だったわよね。あなたは何もしなくていいの?」


 ロンとの戦闘を開始して以降、リュウは一歩もその場から動いていなかった。カスミやフレイが傷を負うのを見てすら、彼は一歩も、その場から動くことはなかったのだ。

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