苦渋の決断
メリーは監視室で自分が出来る事を終えると、すぐに中央エレベーターに向かった。彼女が駆け足でエントランスに辿り着くと、丁度そのタイミングで上階に向かっていたレフィを乗せたエレベーターが降りてくる。エレベーター近くにシャルペスの住民達を運んでいたカスミは二人の帰還を目にすると、それぞれに状況を問う。
「お父さん達もここと同じ状態になってた?」
「いや、上の階は煙出てなかった。お父さんも、ここの職員達も無事だったぞ。エレベーターで上がってきた人達を転送装置に運ぶように言ってある」
「上、研究施設だったからかしら。運が良かったわ。メリーは?」
「可能な限り外からの侵入を遠ざけるようにした。だが、食堂奥のエレベーターが動いているからそれを止めに行く。で、フェイ達には連絡したがつながらなかった。向こうは向こうで、何か別の問題が起きているらしい」
「こんな時に何なのよ一体……。分かったわ」
この逼迫した状況に自分達の持てる戦力が集まりきらないという異常事態、それにカスミは顔をしかめるが、その作業の手は緩めない。彼女はリュウと共に気を失った住民達をエレベーター内に運びながら、力仕事には向かないメリーとレフィに指示をする。
「じゃあメリーとレフィはそのまま食堂にあるっていうエレベーターをお願い」
「了解した。それと、もしここにいるシャルペスの住人達を全員運び終えたら、お前達は私とレフィを待たずに先に行ってくれ。敵がいつ来るとも分からない。失敗した際に一番危険になる可能性のある彼らを優先すべきだからな。私達は階段で上がる。エレベーター内の人を運ばなきゃならんのに下には下ろせないしな」
「いや……そこまで早くはいかないわよ。元々この塔で働いてた人達も運ばなきゃいけないし」
カスミはその両脇に自分よりも大きい男二人を抱えてエレベーターに運びながら、周囲を見渡して言う。エレベーターの前に並んでいた住民達はあともう少しで運び終えるという所だが、その周囲にはカスミ達に協力してくれていた職員達も同様に倒れているのがあった。カスミは彼らも同様に助けるべきだと言う。
だが、一行の中にいる二人はカスミのその言葉に明らかな難色を顔に浮かべる。メリーとリュウだ。二人はお互いの表情の変化を見て取って顔を合わせ、言葉にしづらい宣言をカスミにしなければならないことに難儀する。だが、迷って次の行動を遅らせるわけにはいかない。そうすぐに判断したリュウは、カスミに平静を装った口調で告げる。
「駄目だ、彼らにまで構ってる時間はない。僕達まで危険になっちゃう」
「……は? なに言ってんのよ、リュウ。この人達だって助けるべきでしょうが」
これまでの話を一切手を止めずに続けていたカスミの手が停止する。彼女はリュウを何言っているんだと目で問うような目を向けた。その疑問には、リュウの人格への疑いすら入っていることをうかがわせるほどの強い疑念があった。しかし、それに物怖じせず、リュウは淡々と続ける。
「落ち着いて考えるんだ。彼らにはこの塔で行われていたような実験体としての価値はない。つまり、ここに残されても命を落とす可能性は低いんだよ」
「そうでなくても、捕まったりする可能性もあるでしょ」
「それに関しては正直ハッキリとしたことは言えない。でも、彼らの多くはこの街の真実を知らないはずの人達だ。それに、さっきここの隊長さんが言ってたように、家族を別の場所で抱えている人達もいる。口封じされる可能性も低くはあるし、この場に残すことが最適な可能性もあるんだ」
「それは都合のいい所だけ切り取って言ってるんでしょ。そんな全部が上手く運ぶわけ……」
「……頼むよカスミ。妥協させてくれ」
絶対安全とは確信できない状態で職員達を置いていく。そんな判断を許せないカスミは一歩も譲らない姿勢でいた。だが、そんな彼女の頑なな姿勢を、リュウの縋るような声が崩す。彼は唇を強く噛みながら、絞り出すようにして戸惑うカスミに言葉を投げ続ける。
「彼らが楽観的にみられる状況じゃないことくらい分かってる。だけど、これ以上人を運ぶのに時間を使ったら僕達が危険になる。脅すわけじゃないけど、カスミ。今命を賭けているのは君だけじゃない、僕達も一緒だ」
「それは……」
「ここまでの旅で、僕は正直、カスミ達のためなら命を賭けてもいいと思ってる。それは多分、レフィやメリーも同じだ。じゃなかったらここに残ってない。でも、僕達が命を賭けるのはあくまで、君のためだ。放置しても助かる可能性のある赤の他人のために賭けたいわけじゃない」
「っ! アンタ……」
リュウの言葉に、カスミは歯を剥いて声を荒げかける。だが、その拍子に目に入ったリュウの姿勢とその表情を見て、それを止めた。
彼は、これまでで一番悔しそうな顔をしながら、住人を運ぶ手を止めてはいなかった。激しい動揺から思わず動きが止まったカスミは、彼のそれを見て唖然とする。そして、一瞬真っ白になった彼女の思考は、突き放すようなリュウの言葉の、そこに含まれた意味を推察する。冷たく霜走るような言葉の下には、熱のある血潮が含まれていた。
「…………」
少しの逡巡の時間の後、カスミは人を運ぶ作業を再開した。そして、顔も向けずに背にしたメリーとレフィに改めて指示を飛ばす。
「二人はエレベーターをお願い。私達はここの人達を運び終えたら、そのまま上がる。上の方でも転送装置まで運ばなきゃだから」
「……了解した」
「行ってくるぜ」
重い決断を下したカスミの背に、メリーとレフィは余計な言葉を差し挟むことはなく、その場を駆け足で後にするのだった。




