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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
352/391

火急

「ぶはッ……はっ……はぁ……は……」


 監視室を出た所で、カスミは呼吸の停止に耐え切れず、肺に出来る限り溜めていた空気を吐き出してしまう。と同時に、本能的に体が酸素を求め、外気と共に中央塔内に発生していたガスを吸い込む。シャルペスの住民にのみ発症する毒が含まれているとメリーが看破したその直後の事だった。意識でまずいと分かっていたとはいえ、本能には逆らえない。カスミの呼吸は一度始まってしまうと、ダムが決壊したかのように何度も息を吸って吐いてを繰り返してしまっていた。

 だが、その体に変化は起きない。ガスが発生し始めて、中央塔の兵士や職員達はすぐに倒れ込んだというのに、カスミは倒れなかったのだ。すぐ前にシャルペスの内部の者達にだけ効果があると予想していたメリーは、その異常事態に眉を寄せながらも、どこか弾んだ声を上げる。


「問題……ないのか? 意識が朦朧とする、とかは?」

「……う、うん。問題ないわ。全然」

「何か分からんが、カスミは問題ないらしい。不幸中の幸いと言うべきか……」


 周囲の人間がバタバタと倒れる中で、自分達の安全は確保されたという事にメリーは安堵の息を吐く。だが、今の中央塔内部は気を抜いていられるような状況では絶対にない。


「安心してる暇はないよ。さっきの車、ロンが乗ってる車が移動してる! もう十分ちょっとくらいしか猶予が無い」


 心配の目を向けていたカスミがとりあえずは安全だという事を知ると、リュウは現状を改めて皆に共有する。ロンという自分達では太刀打ちすらできない可能性のある巨大な戦力が、外部からこちらに向かってきているという状況。それを耳にしたレフィは、周囲の未だに空気に溶け切っていない白い気体を睨みながら、状況の急変が何故起こったのかを考える。


「どうしてこんなに一気に来やがったんだ? ここを陣取ってからすぐに仕掛けてくればよかったのに……」

「細かいことを考えてる暇はないわ。今はとりあえず、目の前のヤバいことを何とかしましょう」


 激しい動揺から、突発的な変化に理由を求める思考を開始してしまっていたレフィ達にカスミが号令を飛ばす。彼女の言葉によって、今するべきことは現在の状況が引き起こされた原因を考えるより、打開を導く対処だと思い出すと、三人は次に取るべき行動を探し始める。

 始めに動き出したのはメリーだ。彼女は手近な倒れている職員に走り寄ると、その手首や首に触れ、血流の状態を確認しはじめた。同時に口と鼻に手をやって呼吸の有無を確認すると、分かったことを全体に説明する。


「生きてる。致死毒ではなさそうだ」

「なら、作戦通り全員を外に連れ出さないと。そうね……」


 カスミはメリーからの報告を受けると、すぐに従来の流れ通りに動くことが肝要だと判断して指示を投げる。


「私とリュウとレフィはエレベーターに行くわ。多分そっちもガスが出てるはず……無理矢理にでも運ばなきゃ。メリーはガスを吸っちゃった人達のこと診てあげて」

「分かった、そうしよう」

「二人共、行くわよ!」


 事態への対処を急ぐため、出来るだけ余計な言葉を挟まずに早口でするべきことを告げると、カスミは走り出す。遅れてリュウとレフィはその後ろについていった。三人を見送ったメリーは、能力としては三人に劣る自分にできることを探し、監視室に戻っていく。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「七、八十人ってところかな」

「何人だって構わない。片っ端からエレベーターに突っ込んでくわよッ!」


 広めのエントランスを少し先に進んだ所に備えられた中央エレベーター。その前には、おおよそリュウが口にした通りの人数がバタバタと倒れていた。意識は全く残っていないらしく、手足が動いている様も、声が聞こえることもない。制服ではなく普段着を纏った人間達が子供も大人も関係なく倒れているのを前に、カスミはすぐにそれをエレベーターに運び入れようと手近なところから手を付ける。最早効率の良い策を考えている暇すらない。彼女はその身に秘めた剛力で、両脇に自分より大きい大人を一人ずつ抱えてエレベーターに運んでいく。


「楽には……進められそうにもないな。仕方ない」


 先んじてエレベーターの呼び出しボタンを押して周囲の状況を確認したリュウは、シャルペスの住民達を効率よく運ぶ手段がないだろうかと粗く見渡したが、見つからない。早々に見切りをつけると、リュウはレフィと共に運び出しに協力し始める。

 まるでこの場にいる全員が倒れているのが通常であるかのように、中央塔の内部は何のアラートも鳴らず、異様な静寂に包まれていた。そんな中でカスミ達は、扉が開かれたエレベーター内に意識のない人々を出来るだけ重ならないように運び込む。貨物用にもされているため、中央エレベーターには十数人の人を乗せることが出来た。その必死の作業の中で、カスミは共に並んで人を運び出すリュウとレフィの様子を片手間に観察する。


「ふっ、く……」

「くうッ! クソったれぇ……!」


 接近戦で戦うことも多いリュウの腕力は普通を大きく上回っており、彼は倒れた人々の運搬を苦とはしながらも、手間取っている様子はなかった。だが、レフィは事をうまく進められていないようだ。彼女は顔を真っ赤にしながら人一人を引きずり、息を切らしながらエレベーターにまで運んでいる。怪力のカスミとは比べるべくもないが、リュウと比べてもその作業の効率は悪い。それを見て取ったカスミは、エレベーターが満員のギリギリ手前にまでなるように人を運び終えると、荒くなった息を整えながら作業を続けようとするレフィの背に声をかけた。


「レフィ、ちょっと頼みたいんだけど」

「なっ……はっ、はぁ……なんだよ」

「一旦この人達と上に行って様子を見て来てくれる? お父さん達がいるはずだから……そっちでも同じガスが出てきてたら、このままやってても間に合わない。もし大丈夫だったら、今の状況を軽く説明して、転送装置ってヤツにここの人達を運ぶように言ってきて」

「でもそれじゃこっちが……」

「誰かが行かないといけないわ。だからアンタにお願いしたいの」

「……よし、分かったッ!」


 適する場所を見つけ、それに応じた指示をする。そういうカスミの意図を短い言葉のやり取りで察すると、レフィはすぐに頷き、エレベーターに乗り込んだ。彼女が操作をすると、カスミとリュウの目の前ですぐに扉は閉まった。それと同時にどんどんと上階へと進んでいくランプを目にすると、二人は顔を見合わせ、再び作業を再開し始めるのだった。

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