不安
「おお、うまくいったか! 兵士達も……職員も協力してくれるのか、よかった」
シャルペスの街、その通りでトラックを走らせていたメリーは、カスミからの成功報告に笑顔を浮かべて応じる。その隣には、何事かとチラチラと彼女の顔を見てくるフレイがいた。娘の安否が気になるのであろう父フレイにメリーが「カスミが上手くやったらしい」と伝えてやると、彼は電話奥には聞こえないよう声を上げず、助手席で出来る限りの大きさのガッツポーズをした。
「今、放送の準備をしてるの。もうすぐ流れるわ。メリーも戻ってきて。転送装置の移動先だっけ、知ってるのメリーしかいないんだから」
「そうだな。すぐ戻るよ。道すがらアルマにも連絡する」
「オッケー。それにしても……」
電話の奥のカスミは、ここまでの成り行きが上手くいっているからか、作戦的には考えを詰めなくていいことを聞き始める。
「メリー、どうして兵士の人達が実験の事知らないって分かったの? そんなこと、知れそうな場面なんてなかったと思うんだけど」
「ん、ああ……希望的観測って言っただろ。確証があったという訳じゃないんだが……ほら、検問と配給でのことだ」
「……えっと、なんかあったっけ?」
「ガバガバだっただろ警備が。検問は証明があったからまだしも、配給で来た奴に関しては私達の乗って来たトラックすら検分しなかった。もし実際に、バレちゃいけないものを守っているんだ、という自覚が彼らにあったら、もっと警戒するはずだ」
「ああ~なるほど」
「恐らく、規則でこなしている以上のことをしていなかったんだろう。死人が出るような秘密を隠していてあれだったら、心臓に毛が生えてるとしか思えない。それに、検問には兵士も配備されてるはずだ。そいつらが何も言わなかったんだし、職員達も知らないんだろうな~と」
「流石メリー。何でもかんでも分かっちゃうのね」
「……そういう訳じゃないが」
惜しみのない賞賛を受けると、メリーは頬を薄ら赤くして連絡機を握り直し、すぐに真面目な顔に戻る。
「お前達の方でも、スムーズに住民が動けるように準備しててくれ。私はアルマに連絡して、あっちの準備が整ったか聞いてくる」
「分かったわ。それじゃ、よろしくね」
「任せろ」
メリーはカスミに短く返すと、電話を切り、すぐに番号を変えてアルマに連絡をかけた。カーブが最低限に組まれたシャルペスの通りにトラックを走らせながら、彼女は応答を待つ。
耳障りな電子音と共に電話が取られたのは、そう先のことではなかった。
「はい、アルマです」
「メリーだ。準備は進んでるか?」
「ええ、まあ。一応形は整いましたが……」
「もうあと数十分かそこらで送り始める」
「すうじっ……えッ!? は、早過ぎませんか?」
本題に入るために前置きすら置かずに話し始めた話の腰を、アルマの驚愕の声が折る。
「確かに早くて明日とは聞いてましたが……まだ昼過ぎですよ?」
「こっちも詰め詰めでな、すまない」
「……いいですけど、前にも言ったようにスタルクの協力を得て準備を進めてます。あの人は事が済んだら、あなた方から直接説明を受けることを望んでます。そのつもりで」
「……チッ、なんであんな意気地なしと話さなきゃならないんだ」
「それどの立場から言ってるんです?」
「いや、すまない。お前には感謝している。話にも応じるから安心してくれ」
「それでいいんです。カーダからシージまで人を運ぶ用のトラックも準備できてますから、いつでも大丈夫ですよ」
この鉄火場を抜けた先にも顔を上げられないような事態が待っていそうなことを知ったメリーは肩を落とすが、とりあえずの問題は解決できそうだというアルマの言葉を聞くと、前向きな姿勢に戻る。
「それじゃ、座標を送ってくれ。次に話すのはそっちでということになるな」
「そうなりますね。それでは」
「ああ、頼む」
シャルペスの制圧に加えて、逃げ場所の確保の確認まで済ませると、メリーは電話を切って連絡機を懐に仕舞いこむ。彼女はハンドルを両手で握り直すと、フロントガラスの向こうに見える中央塔を見据えた。
(ここまではうまく行っている。もちろん、シャルペスという場所が脆い設計であったことが理由だが……)
メリーは全てが順風満帆に行っている現状を前にしながら、優越感とは全く真逆の感情を覚えていた。まるで準備を確実に整えていながらどこかに忘れ物を抱えたかのような、脳裏の一隅に溜まる埃のような不安に、メリーは眉を寄せる。
(大丈夫、大丈夫なはずだ)
メリーは根拠のない不安を頭を振って振り切ると、中央塔へ少しでも早く向かうため、アクセルペダルを深く踏み込むのだった。




