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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
340/391

性善

 カスミはリュウとシャルペスの兵士達五人を連れ、つい先ほどにイルとララと共に入った研究階層へと向かう。その道すがら、両者は多少の警戒こそ向け合うものの、ハッキリとした敵意を露わにすることはなかった。それは、カスミ達にとっては兵士達が懐柔できるかもしれない相手であり、兵士達にとってはカスミ達が優位性を捨ててまで対話に持ち込んでくれた相手であった、というためだ。互いに決して善意から立場を譲ったわけではなかったが、そこには相対したからこその信頼があった。

 交戦していたエントランスを抜け、中央エレベーターに七人は乗っていた。相反する立場の者達を乗せた鉄の箱は、すぐにも目的地に辿り着く。直前に忍び込んだ時より実態が知れているということや、仲間が近くにいるという事もあり、カスミの表情には余裕があった。彼女は無機質なデザインの廊下に足を踏み入れると、後ろに仲間と兵士達を引き連れ、先ほど入り込んだ「検体Mo-242」の部屋に向かう。センサーで暗い部屋に電気が点くのを目を細めて受け止めながら、彼女は後ろの者達に説明する。


「さっき私が入ったのはここ。別の部屋にも同じようなものがあると思う。他の人のは、見たければ確かめて。ここにいたのは一人だけだったけど……」


 前提を軽く説明すると、彼女は中央に備えてあるカプセルの操作盤にまで足早に向かう。自分達が突き止めた事実を、目の当たりにした凄惨な現状を、少しでも早く他者と共有したいという(はや)りがそこにはあった。

 カスミはつい先ほどしたのと同じように、開閉のボタンを押す。同時に、カプセルのガラスを覆っている仕切りが駆動する。カスミと、その場にいる者達は事前に中身のことを知っているだけに、それを見た時の衝撃に備えるように息を飲んだ。

 ガラスで覆われたカプセルの中には、同じように女性の首のない死体と摘出された脳が保管されていた。


「うっ……」

「ほ、本当にこんなことが……」

「……参ったね」


 死体を見た者達の反応は三者三様であった。死体がそこにあるというのに腐った匂いも何もしないという不気味さに嗚咽する者、カスミの話が本当であったという証左を目にして驚く者。その中で、リュウも兵士達と同様に頭を抱えて眼前の死体に向き合っていた。


(まさかホントにこういうことが行われてるなんて……。正直、レプト達のことも眉唾(まゆつば)ものだと思ってたけど……)


 リュウにとっては、レプトやレフィ達の言う実験についての情報は又聞きのみで済ませていたことだった。二人やメリーのことを信用し、彼らの言う事を信じていたとしても、そういった事実の証明が急に目の前に現れたことには彼も少なからず衝撃を受ける。

 シャルペスの実情を示す死体を前に面食らうリュウや兵士達に反し、既にそれらを目にしていたカスミは冷静さを保っていた。カスミは彼らが事実を飲み込むための少しの間を取った後で、改めて兵士達に事実を説明する。


「これが、シャルペスがつくられた目的よ。私達はこうやって標本にされるために生かされて、アンタ達はそれを知らず知らずの内に助けていた。でも、それを責める気はないわ」

「……ならば、どうしろと」


 カスミの言葉に、幾分かの冷静さを残していた兵士長が問い返す。平静を保っていると言っても、彼の額には(いびつ)な死体を目の前にした緊張と、これまで目の前にあるような惨状を作り出すのを知らないながらも手助けしてしまっていたという不快さからか、玉の脂汗が浮かんでいた。


「私達に手を貸してほしい。転送装置を使って街の人達を外に逃がすの。私達だけでもやり遂げるつもりだけど、アンタ達が協力してくれたらずっと成功する確率は上がる。だから、お願い」


 カスミはシャルペスの兵士長、そして後ろにいる部下達に真っ直ぐ目を向ける。そこには、相手のこれまでの過ちを問い詰めるような意志は全くない。これから自分達がすることによって助かる命だけを見据えた彼女の誠実な目に、彼らはすぐに言葉を返せずにいた。

 少しの沈黙が過ぎ去った時だ。


「お前達は下に戻っていろ」


 兵士長が後ろの部下達に指示を飛ばす。唐突な言葉に彼らは戸惑いの表情で顔を見合わせた。だが、彼らの惑いは続く兵士長の言葉により、すぐに払われる。


「これよりこの者達の計画に従って動く。下の隊員達にも彼女の言ったことが事実だと説明し、協力するように言うんだ。……私達の過ちを拭うための作戦行動だ、行け」


 兵士長の指示は、そのままカスミ達の頼みに応じるという答えでもあった。彼の言葉を聞いた兵士達は、その指示に抗することなく、一様に号令を返してすぐに部屋を出ていく。兵士長の言葉は、後悔や罪の意識を逆転させ、そのまま自分達の行動の意味にまでつなげた。去っていく兵士達の目には、懺悔のような暗い感情が含まれていながらも、今できることに向かって進もうとする意識があった。

 兵士長の返事と、彼らの行動を前にしたカスミは、久方ぶりの純粋な喜びに目を輝かせる。


「本当に助けてくれるの?」

「こんなものを前にして何も思わなければ、それこそ兵士である意味がない。我々も全面的に協力しよう」

「……よかった」

「それより、お前達の策について説明してほしい。それを聞いてから、部下達に指示を出す」


 ひとまずの成功を収めた喜びに浸るカスミに、兵士長は前のめりに問いを投げる。計画や作戦という細かいことにまで思考を巡らせていなかった彼女は、一瞬あわあわと口をまごつかせた。リュウはそんな彼女の代わりに、自分達の動きについて兵士長に説明する。


「この中央塔にあるっていう転送装置? を使って街の人達を外に逃がすんだ。場所は用意してある」

「ならば、放送を使って住民達にここまで来てもらった方が良いな」

「そのつもりだったよ。余計な混乱を招きたくないし、必要最低限のことだけ、それといつも放送してる人に話させるようにお願いしたい」

「いいだろう。……研究員方は外壁に逃げた。恐らく増援が来るとしたらそこからだろう。監視カメラがあるから様子を見つつ作業を進めるべきだな」


 リュウと兵士長の二人が小難しい話をしている間、カスミはカプセルの仕切りを閉じ、いつでも動き出せるように準備していた。そんな彼女に、話が一区切りついたらしい兵士長が声をかける。


「すまない、待たせたな」

「いや、別に。方針は決まったの?」

「ああ。部下達に指示を飛ばすためにも、すぐに戻ろう」

「そうね……。よし、あとは全員で逃げるだけね」


 兵士長の言葉にカスミは頷く。彼女の顔には、作戦完遂を目の前にした喜びの笑みがあった。

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