徹底秘匿の結果
「まさか、そんなことが……」
カスミが中央塔の研究階層で見てきたことについて、つまりシャルペスが秘密にしていることを説明すると、兵士達には動揺が走った。レプト達もそれは同じく、実際に住民が簡抜の後にどのような仕打ちを受けているかを知った際の衝撃は大きかった。事前に得た情報から命を奪われている可能性が高いと想像できていたとはいえ、だ。
事実を知らず、これまで実験の補助を知らずの内に行っていたと知った兵士達は互いに顔を見合わせる。目の前の直前まで敵だった人間の口にすることが真実であるか否か、真実であればどう対応するべきか、様々な要因が彼らの中にある混迷を強めていた。そんな中、彼らを背にする兵士達の長は声を上げる。
「皆、落ち着くんだ。彼女の言っていることが真実と決まったわけではない」
「本当の事よ、疑うってんなら実際に見に行けばいいじゃない」
「分かっている。我々とて、そんな非人道的な行為があったか、という重大事を虚実か真実か分からないままにしておくことは出来ない」
「……」
疑っているような言葉の後に協力的な姿勢を見せてきた兵士長にカスミは目を丸くする。そこには、まさかこれほどまでに滑らかに事が進むとは、という驚きもあった。話の流れを汲むのであれば、あとは事実を見せるだけ。それだけで、信頼と協力を得られる可能性がある。作戦の内で最も重要な事の一つであった中央塔の制圧をこんな良い形で終えられそうだということに、カスミは感極まった。
「……それじゃあ」
言葉がろくに出せずにいる彼女の隣で、リュウは代わりに兵士長とこの後にするべき対応を話し合う。
「僕と彼女、それにあなた達の中から……五人くらいかな。これで上の階に行きましょう。事実の確認が出来次第、この場所に戻ってくる」
「……いいだろう。その数ならば、これがお前達の罠でも最低限の対応は出来る」
「それに、それだけ目撃者がいれば他の方達も事実を疑うようなことはないでしょうしね」
「すぐに面子を決める」
「おい、ちっと待ってくれよ」
兵士長がリュウの提案を飲み、すぐに後ろの仲間達の中から上階へと向かう人員を選出し始めた時だ。レプトが二人の会話に声を挟む。彼はその半人半獣の両目を訝し気に歪ませ、兵士達の方を見た。
「真実を知っているだろう連中は、今どこにいんだよ。もしそいつらがいるんだったら、アンタ達が自由に動くのを認めちゃくれねえはずだろ」
レプトが問いかけたのは、シャルペスの住民達を実験体にしていた研究員達の行方だ。彼らの所在次第では、今この場でしている話は思っているよりもスムーズにはいかないことになるだろう。そのことを忘れていたらしいリュウが目を丸くするのに反し、兵士長の方は平然としてレプトの問いに答えた。
「彼らは既に外壁の方へと逃げている。転送装置を使ってな。私達はそれまでの足止め要員だったというわけだ」
「なるほどな。それだったら、少しの間は邪魔される心配もねえ……か」
レプトは納得したように頷くと同時に、小さく歯噛みの音を立てる。それは、彼のすぐ前に立つカスミも同様だった。理由は至極単純、本当に悪い奴らをぶっ飛ばせないことだ。この制圧の流れに乗っかり、上階まで引っ込んでいる連中を一網打尽にすることが最善だったが、そうもいかないだろう。転送装置を使って逃げた先で待ち伏せされているという事もあり得る以上、手は出せない。カスミはその拳を振るう先を見失ったことに、苛立ちから頭を抱える。
そんな時、黒い感情に頭を濁らされている彼女の肩がポンと軽く叩かれた。振り返って見てみれば、レフィだ。彼女はカラッとした笑みを浮かべてカスミを諭す。
「今はそんなこと、別にどうでもいいだろ?」
「レフィ……」
「オレ達が今するべきことは、ムカつく奴らをぶん殴ることじゃねえ。街に住んでる人達を安全に逃がすことだ。そうだろ?」
「……そうね、言う通り。ありがと、レフィ」
レフィの重要な立場に置かれていないからこその冷静な言葉は、カスミの熱を持った頭を冷やす。彼女は頭の中を整理すると、レフィと同じように二ッという笑みを返してみせた。
「待たせたな、私と彼らが同行する」
カスミがレフィの言葉によって頭に冴えを取り戻したのと同時に、兵士長が声を上げる。見てみれば、彼の後ろには四人の兵士が控えていた。リュウの言った条件を飲み、それに合わせたようだ。それを目にしたカスミは、すぐ隣に立つリュウに目配せした後、兵士達に宣言した。
「それじゃあ行くわよ」




