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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
332/391

真相

 カスミ達が研究員三人を運んで忍び込むと、部屋の明かりがパッと点灯する。眩しいほどではなく、寧ろ薄暗いくらいの必要最低限の光だ。明かりのスイッチを押したわけでもないのに電気が点いた瞬間、イルとララは身を固めて周囲を警戒する。


「大丈夫、多分センサーか何かよ」


 二人が若干動揺する中で、カスミは外に繋がる扉を閉めながら二人の気の揺れを抑える。いつかのレフィが実験体にされていた研究所で経験のあるカスミは、ライトが点いたことには驚きもせず、露わになった部屋の内部を見渡した。彼女はとりあえず中の様子を探るというより、研究員達の身柄を隠しておける場所を探す。


「……あれ、あのロッカーにこいつらを隠すわよ。イルは外の様子を聞いておいて」


 カスミは部屋の奥、端に並べられているロッカーを示し、ララと共に研究員達を運んでいった。そんな二人を尻目に、イルは一人扉に耳を当て、外部の様子を探る。彼の聴覚は一つ壁を挟んでいたとしても、同階の足音やエレベーターの駆動などの大きい音を聞き逃さない。


(さっきのエレベーターは……一階か二階、上の所に止まった? バレたってわけじゃなさそうかな)


 先ほど廊下で耳にしたエレベーターの行方は、自分達がいるのとは別の階で止まる。それを聴覚のみで判断したイルは、扉に当てた耳を離し、後ろのカスミ達を振り返った。彼女達は既に研究員達三人をロッカーに詰め込み終えていた。


「別の階で降りたみたい。大丈夫そうだよ」

「ふぅ……よかった。もうバレたんじゃないかとヒヤヒヤしたわよ」

「手早く済ませたおかげだね。……それで」


 ホッと胸をなでおろすカスミの隣で、ララは思い出したように自分達の今立つ部屋の中を改めて見渡す。

 三人が転がり込んだ部屋は外の廊下とは違い、黒い壁に覆われている。中にあるのはロッカーと、白く大きい筒状のカプセルのようなものが二台だけだ。それ以外には特段目につくものはない。カプセルは、中央に横たわるようにして置かれたものが一つ、そして壁に半分が埋め込まれるようにして設置されているものが一つだ。横たわっているものは成人した人間が一人そのまま余裕を持って入るサイズである。壁に縦に置かれた二つ目は、床に置かれたものよりは二回りほども小さい。


「この部屋は何なんだろうね?」

「……何かある。これは」


 ララの言葉を聞いて周囲を見渡したカスミは、壁に設置されたカプセルのすぐ隣に一枚のタブレットを見つける。それはカプセル脇に置かれた棚の中で、いくつものファイルが並べられているのよりも幾分か目立っていた。カスミはそれを目につけるとすぐに手に取り、内容を確認しようと操作を始めた


「あ……ん? 指紋認証? 何それ……」


 カスミが電源を付けて中身を見ようと思ったその出鼻を挫くように、タブレットは警告文を画面に表示した。何事もないだろうと高を括っていたカスミは、一体何事かと捜査を進めようとする手を止めた。それを脇から見ていたララは、カスミへロッカーの方を示す。


「ほら、決まった人の指先を当てないといけないヤツだよ。マンガで似たようなの見た気がする」

「……じゃあ、私達じゃ駄目って事かしら」

「大丈夫、ロッカーで寝てる人達の手を借りればいいよ」

「おお、そうね。ナイスアイデア」


 ララの言葉通り、カスミはロッカーの中で気絶している研究員の指をタブレットに押し当て、操作を先に進めようとする。彼らの指紋がタブレットのロックに対応していないという可能性もあったが、警告文の画面は研究員の指が触れると同時に解除された。


「進めた。えっと……こうして」


 タブレットのロックを解除すると、すぐに複数のアプリを表示したホーム画面に辿り着く。研究用になっているためか、アプリの数は極端に少ない。イルとララが両脇からタブレットを覗き見る中、カスミは分かりやすくビデオの絵で表示されたアプリをタップする。

 アプリを起動すると、次はいくつものサムネイルが正方形の形で積み重なってタブレットの画面を覆い尽くす。表示はほとんどが同じ場所で撮られたものらしく、画面は同じ写真が何枚も積み重ねられたような奇妙な状態になった。そんな中、カスミはとりあえずという風に左上の一枚をタップする。すると、液晶に映像が流れ始めた。


「よしきた。……これは」

「これ、この建物の下の方にある部屋じゃない? 見覚えあるよ」

「ああ! そういえばそうだったわね」

「……僕は行ったことないな」


 映像は、立方体の荷物が所狭しと積まれた倉庫のような部屋だった。映像はその場所を天井の隅から見下ろしているかのような視点で撮影されている。監視カメラだろう。カスミとララは映像を見始めると見覚えのある光景に顔を合わせるが、イルだけは一人眉を寄せている。


「ん、誰か来たよ」


 何か自分に分かることが無いかと目をこらしていたイルは、映像の中に変化が起きたのを確認する。彼の声で注意の集まったタブレットの中の倉庫には、一人の女性が現れていた。


「この人……」

「私達と同じ、かな」


 倉庫の中の女性は、自分の身体ほどもある荷物を倉庫に運んでいる。それも、ただ運んでいるわけではない。自分の腕で荷物を運ぶのではなく、浮遊させているのだ。どういう原理になっているのか映像ではその全てを知ることが出来ないが、大きい箱に詰められた荷物が女性の前で空中に浮かんでいる。それは女が手を指揮のように振るうと、正にその通りに動き、部屋の奥の荷物が積まれている場所に収まっていく。


「物を触れずに操る力……かな」


 大概はイルが口にした能力で間違いないだろう。映像の女は荷物を運び終えると、そのまま部屋の外に出ていった。そこで映像は唐突に切れる。


「何だろうね、これ。見当もつかないけど……」


 イルは映像が終わって一度暗転するタブレットを前に首を傾げる。映像の中の場所に覚えがないのもあって、その内容に推測が立たないのだろう。彼は他の意見をうかがおうと、カスミとララの方を振り返った。


「……? どうしたの、二人共」


 カスミとララの顔は青ざめていた。映像を見るより前はある程度の警戒を感じさせる気の張った顔だったが、今の彼女達の表情はそれとは違う。まるで、目が覚めたら自分の記憶の片隅にもない場所にいたかのような、そこはかとない不安の表情だ。二人はそれを抱えたまま、自分達の胸に漂う不安の根拠を共有しようと問いを投げ合う。


「ララ、アンタこの場所に来たことあるって言ってたけど、何させられた?」

「この人と同じで、荷物運んだよ。中央塔に呼ばれる(たび)に、その都度(つど)ね」

「私も同じよ。……もしかしてアンタ、わざわざ髪を使ってくれって言われてたんじゃない?」

「確かそう。それに、荷物が日を数えるごとに重くなってったはず。別に疑うようなこと、しなかったけど」


 カスミはララとの問答を重ねながら、タブレット上部に表示された映像の題名に目を付ける。年月日、名前、何かの重さ、何かを量った時間およそ十数分、題名にはこれらの諸情報が使われていた。被写体の女性と、撮影した時間だろう。カスミはこれらの情報が羅列されているのを見て、フェイの言葉を思い出す。


(私達が持つ能力は外じゃ珍しいものだった。それを調べようとしてるの? 私達の力もこんな風に、自然を装って調べられてた? シンギュラーの能力は遺伝がどうとかジンも言ってた。それにメリーは……格能……)


 いつだったかのメリーの言葉を思い出す。それがよぎった瞬間、カスミは背筋が凍り着いたかのように感じた。その感覚を覚えるのと同時に、彼女は部屋の中央に置かれた大きなカプセルを見下ろす。嫌な予感、いや、確信があった。そこに二つ、静かに佇むそれには一体何が入っているのか。カスミはタブレットを棚に戻すと、床のカプセルと壁のカプセルの周囲を探る。


(中には何が……)


 操作盤を見つけるのに時間はかからなかった。細かい設定をいじるボタンが多く備えられている中、開閉のボタンは大きく右下に設置されている。それを、カスミは震える指で押した。

 床と壁の二つのカプセルに同時に動きが発生する。静かな駆動音を立てながら、その中身を晒すように仕切りが壁に引っ込んでいく。黒い覆いが剥がれると、その更に奥にはガラスの筒が存在していた。どちらとも、中身は緑がかった水溶液に満たされている。徐々に下から剥き出しになっていくカプセルの全貌がカスミ達の目に映ったのは、動き始めて十秒ほど後だった。しかし、三人にはその全てが見える前にその中身にあるものが分かった。下部の方に見える部分から、十二分に理解できてしまったのだ。

 大小それぞれのカプセルには、首のない人体と摘出された剥き出しの脳が保管されていた。

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