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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
329/391

中央塔へ

 中央塔は三十階ほどの高さをほこり、それでいて地下に施設は備えていない。一階にはほとんど外部から来客を迎えることが無いエントランス等が設けられているが、その役割はほとんど簡抜や塔の中に訪れる住民達の応対だ。二階には職員達が食事を摂るための広い食堂が設けられ、そこでは同時に住民達のための配給も準備される。加えて、食料や各種機材を保管する倉庫も同階に備えられていた。三階、四階には遊技場が存在する。外の図書館と似た座って楽しむ娯楽を主とした内容のものから、運動を楽しむ娯楽まで用意されたその場所は、外の住民達にはほとんど触れることのない施設だ。逆に、中央塔の職員達には外の図書館の利用が厳禁されており、加えて住民達との過剰なやり取りもタブーとなっている。

 五階より上には睡眠や自分の時間を取るための宿舎が用意されており、その数は職員の数だけ用意されている。一部屋一部屋が充分にスペースを取る設計のため、宿舎の階層は十階超にまで及ぶ。そして、更にその上階には実験を行うための部屋が用意されている。また、階下の倉庫とは用途を別にした実験資料を保管するための保管庫も備えられており、実験を行う場所は下の生活スペースとは一切別として区切られていた。

 中央塔に備えられたエレベーターは三つ。塔の真ん中に備えられ、人の搭乗はもちろん貨物も可能なエレベーター。一階から、外から荷物が送られてくる可能性のある転送装置がある階まで利用可能なものだ。そしてそこから先、実験区画の階にはまた別でエレベーターが用意されている。一本化すればいいものを、中央エレベーターとは別にしており、更に貨物もすることができないものだ。加えて、最後の一つは二階の食堂と一階外部の駐車場を繋ぐエレベーターだ。それは車を乗せることが出来る便利なエレベーターだが、使用用途はほとんど配給を載せるトラックに荷物を載せるくらいのものであった。

 外の構造と同じように、中央塔にはそこだけで暮らしている人間の世界が完結するような設計が為されていた。もっとも、以上のような構造についてカスミ達一行が知るのはしばらく後のことだ。


 簡抜に選ばれたカスミ、イル、ララを運んだトラックは中央塔外部に広がる駐車場に停まった。外のシャルペスの通りと同じく、駐車場にあっても他に停められている車の動きは活発ではない。配給や住民達に何か物資を配る以外で用いないのだろう。三人はコンクリート打ちっぱなしの屋上や壁に包まれた駐車場を、トラックを運転していた男の案内に従って後にした。

 男は駐車場から出ると、すぐに中央塔の中に入る。内部は穏やかな暖色のタイルや温かい光を灯す明かりで包まれており、平穏な雰囲気を感じる内装であった。飾り気自体はそう多くないが、落ち着く雰囲気をしたホテルといった様相である。カスミ達三人は中央塔には簡抜以外で何度も呼ばれていたことがあったため、今更周囲を見渡すようなこともなかった。寧ろ、自分達が命の危険に晒されるかもしれないということが遠くに感じられるほど、中の様子は穏やかだった。

 廊下を歩く職員達は各々自分達の会話をしながら二人、三人一組で歩いている。その中には銃や剣などの武器を携帯した兵士もいたが、彼らの表情にも緊迫した様子はない。支配するシャルペスの住民達、つまり相手に対して優位に立っているからこその余裕というものには感じられない。彼らの顔に浮かぶ平穏は、純粋無垢なものにカスミ達には感ぜられた。だからこそ、三人の心は危機を忘れ、一種の安穏を覚える。

 暖色に包まれた一階をしばらく歩くと、辿り着いた先は中央のエレベーターだ。男がボタンを慣れた手つきで押すと、すぐにその鉄製の扉が開く。男は三人を先に中に入れると、自分は最後に内部には入り、扉を閉じる。入ってすぐ右手には操作盤があり、階数の表示と開く、閉じるのボタンがカスミ達からも確認できた。男はその操作盤の中でも最上階にあたる、十五階のボタンを押す。同時に鉄の扉がゆっくりと閉じ、エレベーターは静かな駆動音を立て始めた。


「…………」


 静かなエレベーター内にて、先ほどまでいた一階の雰囲気から極度の緊張こそ拭えていたものの、エレベーターの狭い室内で沈黙が続いていると、三人は不安を少し思い出す。口に出してそれを共有することこそしないが、互いの目配せでそれを薄っすらと感じていた。そんな中、カスミはふと、出口脇の操作盤の前で立ち尽くす男の背に目を向ける。


(確認、してみてもいいかもしれないわね)


 カスミは思い立つと、自分の行為が生む可能性のあるリスクを少しだけ考えた後で、静寂の中に小さい声を上げる。その言葉が向けられる先は、自分達をここまで連れてきた職員の男だ。


「ねえ」

「……私ですか?」

「そう、聞きたいことがあるの」


 カスミの言葉に、男は少し意外そうな表情をしながらも姿勢を崩さずに応対する。急な計画外のカスミの行動にイルとララは目を見合わせるが、そこに危険の匂いを感じなかった二人は、カスミを止めることをしなかった。


「あなたってその、簡抜で何が行われているかっていうのは知ってるの?」

「いえ、私は知りません」

(……本当に、メリーの言った通りだ)

「実験だのなんだのって、難しい話は私達には関係のない話です。私が主に勤めているのは食堂でしてね。車の運転もできるんで、こうして簡抜に選ばれた方の案内もしてるってだけなんですよ」


 エレベーターが静かに上階へと昇っていく中、男は小さく笑って自分より一回り年下のカスミと談笑する。そこに、悪意や虚偽という後ろ暗い感情は見受けられない。


「そうなんだ」

「そういうあなたは一度シャルペスを出て、また戻って来たって言ってましたね。私はここに勤めるようになって外へは出ていないんですが……わざわざ戻って来たってことは、外の居心地が悪かったんですか?」

「そんなことないわ。外は楽しかった。色々……戻ってくるまで辛いことはあったけど。頼れる友達もできて、充実してたって言って間違いないわ。ここに戻ってきたのは……家族がいたし、簡抜も中途半端な状態だったから」

「そうですか。では、簡抜を終えてもう一度、外に出られるといいですね。他のお二人も」


 男は振り返ってカスミ達を目にすると、笑顔でそう告げる。情報としてシャルペスの背景を知っているカスミ達だったが、彼がその顔に浮かべる純粋さを疑うことは出来なかった。

 屈託のない感情と、疑う先を見失った怪訝(けげん)の感情を載せて、エレベーターは進んでいく。

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