繋ぎの一安心
(恐らくこの実験をしている者は焦っている。本来長くこの街の形を維持するのであれば、更に子を為す可能性の低い親世代から簡抜に採用するべきだ。なのに、イルとララという子達とカスミを合わせて少なくとも連続三人分は子供が選ばれている。シンギュラーの遺伝について調べるのであれば、遺伝が強く残った子世代の方が貴重なはずだ。結果を焦っているのか、別の事情があるのか。どちらにせよ、この箱庭の中の資源は有限且つ代えが効かない。ならば、もしカスミの存在が疑いのあるグレーなものだったとしても、その貴重な実験体を捨て置くことは出来ないはず)
カスミは簡抜へとララと自分を連れていくトラックに揺られながら、昨日にメリーが口にしていた言葉を思い出していた。カスミがこの現状の策を取るに至った理由でもあり、これからの作戦が上手くいくかどうかにも関わる情報。もしシャルペスで実験をしている者達が、カスミに対して実験体としての有用性よりも疑いを重要視するのであれば、計画は破綻する可能性がある。こうしてトラックに乗ることが出来ている以上、軌道に乗ったと考えることは出来るが、胡坐をかくほどの余裕は未だない。
カスミが前日にレプト達と話した作戦について振り返っていると、トラックが停止した。そのまま少しの間カスミとララが待っていると、後部の入り口が開け放たれる。そこには、イルが立っていた。彼は先ほどまでのララと同じように若干の緊張を顔に浮かべていたが、トラックの中にいる友達二人を見ると安堵したのか、表情を溶かして彼女達に走り寄る。
「二人共、大丈夫だったんだね」
「もちろんよ」
「これでひとまずは安心って所かなぁ」
イルの問いにカスミは胸を張って答え、ララは三人が無事にそろったことを喜ぶ。シャルペスの中で育んだ友情を共にする二人と再びの再会を祝っていると、後部の扉が自動で閉まる。喜んでばかりもいられない、寧ろこれからだ。ガチャリ、という扉が閉じる無機質な音は、三人に状況の困難さを思い出させる。
「本番はこれからよ。中央塔で行われてる実験がどういうものか、しっかりと調べなくっちゃいけないんだからね」
「そう、だね。うぅ……僕、ちゃんとできるかな」
「大丈夫でしょ、イル。考えてみれば私達、実は潜入ってことじゃあすごく相性のいい力を持ってると思わない?」
「「っていうと?」」
ララが何の気なしに落とした言葉に、カスミとイルは口をそろえてどういうことかと問う。それに対し、ララは自分達の持っている力をそれぞれ指差しながら再確認していく。
「まず、私は髪を自在に動かすことが出来る。もし見つかったとしても、普通なら出来ないような逃げ方もできるかもね、ロープみたいにして。それとイル」
「僕?」
「君の耳は絶対使い道多いよ。隣の部屋とか、向かいから来る奴とか分かるんでしょ? 潜入には持ってこい!」
「なるほどなぁ……」
「それとカスミ。言わずもがなの馬鹿力! このまま乗せられていくんだし、どこかであの人達の目を掻い潜らないといけない。そんな時、ぶん殴って気絶させちゃえば、一番話が早いよねぇ」
「ふっ、まぁそうかも。もし別で見つかったとしても、この拳が唸れば問題解決ってわけね?」
「ザッツライトッ!」
「……なんだか僕、別なことで不安になってきたよ」
不安を通り越し、何故かテンションが上がっている風のカスミとララを見たイルは苦い顔をして自分達以外へと心配を向ける。今正に命が危ういという状況なのに笑顔になれたり、他人に心配を向けられているのは余裕のある状態と言えるだろう。少なくとも、緊張しきった状態で作戦に臨むよりはうまくいく可能性が高いとも考えられる。
そんな風に、三人が緊張を解いて気楽に構えていた時だ。トラックの走行スピードが、明確に遅くなってくる。障害物もなく、信号もないシャルペスの道で停まることは有り得ない。目的地の前にまでやってきたのだろう。思いの外早くやってきた行動開始を前に、カスミはイルとララを振り返り、改めて今後の動きについて確認する。
「いい? 最初はしばらく言われた通りにする。だけど、あいつらが私達に何か仕掛けてきそうになったら、イル。私からアンタに、アンタだけが聞こえるように指の骨を鳴らす。そしたらその場にいる奴らの気を引いて。その内に私とララで倒す。逆にイルが最初に何か気付いたら、頭を掻いて合図して。私達が何とかする、分かった?」
早口にまとめた作戦に二人はしっかりと頷いて返す。トラックが停車したのはそれとほぼ同時の事だった。




