行動開始
カスミ達一行がシャルペスに訪れ、その実態について調べた次の日の朝。カスミは一人、晴天の朝の空に目を向けることもなく、ララの家に向かっていた。それは前日の作戦会議の折にも話した、簡抜で実際に何が行われているのかを確かめるためだ。シャルペスの実験がどのようなものか、簡抜で連れていかれた者達はどうなっているのか、それを自分の目で見ないことには対応を決められない。思いがけずに多くのものを背負ったカスミの歩調に、意思の揺れはなかった。
家を出て五分弱、昔によく歩いていたのとは全く違う感覚を覚えながら、カスミはララの家に辿り着く。外観はカスミ達の家とあまり変わりがない。その前に立つと、カスミはすぐに玄関まで向かい、インターホンを押した。無機質な高い音が鳴り響いたかと思うとすぐに扉が開く。中から出てきたのは、ララだ。彼女は少し不安そうな表情を抱えながら、カスミを迎え入れる。
「おはようカスミ」
「ララ、変わりなかった?」
「大丈夫。もし何かあるとしても、これからでしょ。……やることは昨日の説明から変わってないよね?」
昨日はカスミ達の言葉に半信半疑と言った様子のララだったが、実際に不安要素のある出来事を目の前にすると緊張を感じるのだろう。彼女のこめかみには細く汗が伝っていた。それを目にしたカスミは、友達を安心させるように小さく笑みを浮かべて頷く。
「うん。ララはこのまま、車で迎えに来た奴が言うことに従ってくれればいい」
「カスミはどうするの? 中央塔に行く車に乗れなきゃ簡抜に忍び込めないよ。もし今誤魔化せたとしても、降りるときには絶対見つかるし……」
「そこは……最初から正々堂々行くわ。隠れずにね」
「……っていうと?」
カスミの言葉にララは首を傾げる。忍び込むのに隠れず、正々堂々とは一体どういうことか。怪訝そうな表情をしているララに、カスミは昨日に用意してきた策について説明する。
「……奴らが来る時間まであと十分くらいね。迎えの人が来たら、まずララが出て、私は後から……」
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カスミがララの家に到着してから、十分の時間が過ぎた。丁度その時分、人気も車の通りもほとんどない朝のシャルペスの通りに、一台のトラックが現れる。それは荷物を運ぶような武骨なものではなく、後部に人が入るのを想定した造りであることがうかがえる窓が備えられたものだった。そのトラックはほとんど一本道が続くシャルペスの道を迷いなく進み、ララの家の前で停まる。
停車のすぐ後、運転室の扉が開いて中から一人の男が現れる。先日にジアが応対した配給の男と変わらない制服を身に纏った男だ。彼はエンジンをつけたままの車を降りると、ララの家の玄関まで足早に向かい、インターホンを鳴らして声を上げる。
「おはようございます。ララさんはいますか? 簡抜で中央塔に来ていただきます」
「いるわ。すぐ出る」
顔を合わせずに交わされた軽い応対の後、扉はすぐに開く。そこに立っていたのは、金髪の長い髪を携えた少女、ララだった。トラックに乗ってやってきた男は彼女の顔を見ると、懐から何か資料を取り出し、それと目の前の少女を見比べる。
「間違いないですね。では、こちらに」
「ちょっと待って」
男が背の方にあるトラックを示してそちらに誘導しようとした時、ララは声を上げる。何事かと振り返って見てみれば、先ほどまで玄関に一人で立っていたララの隣には、別の少女が一人立っていた。カスミだ。彼女のことを目に留めた迎えの男は、予想していなかった事態に眉を寄せ、カスミに問う。
「あなたは一体……何か用でしょうか」
「私はカスミ。一か月くらい前にこのシャルペスから攫われて、昨日ようやく戻ってきたの」
「……はあ、なるほど?」
カスミは自分の状況を包み隠さずに男に告げる。だが、彼の反応は悪い。カスミの言葉に特段強い興味も示していない。どうやら末端の人間である彼には外に出ていった者が戻ってくることの違和感が強く感じられないようだ。そんな男の反応を見たカスミは、先日に策を通す上で覚えておくようにとメリーに言われたことを思い出す。
(メリーの言った通り、街の中の人にも事情に詳しい人とそうでもない人がいるみたいね)
「ようやく戻っては来れたものの、一か月前、私丁度簡抜を控えてたの。それで友達のララから今日が簡抜だって聞いて……。だから急な予定外のことで申し訳ないんだけど、今日の簡抜に私も参加させてくれないかしら?」
「……そう、ですね」
カスミの提案に、男は判断を迷う。彼にはこの決断を下せるほどの決定力と、情報を欠いているらしい。少しの間自分のみで迷った後、やっぱり駄目そうだと判断したらしい彼は、カスミとララに背を向けて車の方へと走っていく。
「ちょっと待っててください、上の人に聞いてきます」
「分かったわ、お願い」
男はトラックの運転席にまで戻ると、そこで何やら会話をしているらしい。ドアから若干の声が漏れてくる。助手席に彼の言う上の人がいるのか、あるいは連絡機で相談しているのか。ともかく、これは作戦の成否を分ける重要な初めの一歩だ。それを前に不安を覚えたララは隣のカスミの手を握る。
「大丈夫、かな。もし昨日カスミが話した通りで、怪しまれたりしたら……」
「きっといけるわ。私の仲間がそう言ってた」
自分と同じく命のかかった状況にあるララの身を案じ、カスミは彼女の手を握り返す。レプト達一行との旅路で何度か修羅場を経験したカスミには慣れたことであったが、仮初の平穏を享受していたララにとっては心細くなる事態だろう。
しばらくして、トラックの扉が前兆なく開かれると、そこから再び男が出てくる。彼の存在を目にしたカスミとララは繋いだ手を離し、男が口にするだろう結果を待った。安穏とした空気を纏うシャルペスの街には似合わない緊張を胸に秘めたカスミとララに、男は平然とした様子で告げる。
「調べたところ、カスミさんの記録が見つかったそうで。こちらとしても都合がよかったみたいなんで、オッケーです」
男は背後のトラック、その後部を示した。
「乗ってください。あともう一人を乗せたら中央塔に向かいます」




