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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
321/391

悪意

「やはり、というか何と言うか……」


 カスミ達家族の家にて、ジアとフレイの治療を終えたメリーは家を探索していた。探索とはいっても何か目的物を定めて探すわけではなく、分かることが何かあればいい、という旨で彼女が一人で(おこな)ったものだ。

 そんな探索の中、彼女はジアが受け取っていた配給のことを思い出し、玄関の近くに置いてあるそれの元にまで向かっていた。彼女が何気なく興味を向けた配給には、予想はできていたが証拠の無かった事実を示すものがあった。


「エボルブか」


 配給を収めた箱、その右下辺りに『Evolve』というシンプルな文字列とロゴがあった。それは紛れもなく、レプトやレフィ達を苦しめてきた組織がこのシャルペスという街にも関わっているという証左(しょうさ)である。それを目にしたメリーは、ため息交じりにその箱を掴み上げ、リビングへと向かった。

 リビングに繋がる扉を開いて中を見てみると、そこでは変わらずレプト達とフレイとジアが休んでいた。先ほどカスミに殴られた二人は当然として、一行の表情にも元気と呼べるようなものはなかった。それもそのはず、シャルペスの異様な現状を知り、明るく振舞えるような者などいるわけもない。

 葬式とまではいかないまでも暗い雰囲気の中にいたレフィは、メリーが中に入ってきたのを見ると、立ち上がって彼女に歩み寄る。


「なんか分かることとかあったか?」

「いや。エボルブが関わってそうだなぁ、とだけ」

「そっか。……あっ、そういや飯……」


 レフィはメリーからの報告を聞いている内に、彼女の腕の中にある配給を目に留める。箱の中にあって中身を見ることは出来ないが、食料が入っていることは分かっている。それを目にしたレフィはそういえばと食事のことを思い出し、続いて自分が空腹であったことも思い出した。少女の小さなお腹から、頼りない音が鳴る。


「朝から食ってなかったよなぁ。もう昼過ぎてしばらくだし……用意すっか」

「ないぞ」

「えっ」

「いや、だから……」


 レフィが食事の用意をしようと言って動き出したのをメリーが止めた。そして、彼女はお手上げだと言うように肩をすくめて現状の食糧について説明する。


「カスミを街に移すだけの予定だったから、飯の用意はない。トラックにあるのは最低限の医療道具とか、そういうのだけだ」

「えっ……じゃあ、え、どうするよ」

「まず外に出るのはいい策とは言えないな。検問にバレる可能性が増える。だからつまり、シャルペスにいる間は腹に物を入れられないってわけだ」

「うぎぁっ……そ、そんなぁ……」


 しばらく食事はない。そう告げられると、レフィは絶望の表情を浮かべてその場にへたり込む。そんな彼女を尻目に、メリーは配給の箱をキッチン傍のカウンターに置く。食料と言えば今彼女が目の前にしている配給と、これから度々やってくるだろう同様の物だけだろう。


「まあ、食べられないと言っても全員分十全には無理、というだけだ。これがあるし。それで、あなた達は……」


 メリーは言いながら、フレイとジアの方へと目を向ける。カスミの両親である二人は治療が済んではいながらも、気分はよくなさそうだ。表情には翳りが差している。ただ、一行に敵意を向けるようなことはなかった。フレイはメリーの言葉を耳に留めると、首を横に振り、手持ちの物を差し出すような手ぶりをして言葉を返す。


「多分、しばらく食べる気にはならない。アンタ達が食べてくれて問題ない」

「私のも、それでいいわ」


 娘が死地に戻ってきたという多大なストレスを前にして食欲が旺盛(おうせい)になる訳もない。二人は配給を一行に譲ると宣言すると、再び顔を俯けてしまう。意気消沈した様子の両親に()えて触れるのも悪いかと考えたメリーは、とりあえず空腹に耐えられそうにない足元のレフィの首筋をつつき、配給を示す。


「ほらレフィ。あそこにある配給、食っていいぞ」

「えっいいのかッ! ……って、ちっと悪い気がすんだけど……」

「いいんだよ。私も食欲ないし……レプト、リュウ。お前達はどうだ?」


 限られた食料を分けるにあたって、他の者達の意見も聞いておかなければならないとメリーは二人に目を向ける。問われた二人は、両者共に首を横に振って返した。


「俺もいいいかな」

「僕も。っていうか、こんな時にもお腹空くって、レフィは図太いねぇ」

「まったくだ、俺達もちっとは見習うべきか?」

「なっ……べ、別にいいだろ。あとで欲しいなんて言うなよなッ!」


 レプトとリュウにからかわれたレフィは顔を赤くして吠える。そして、彼女はためらいを振り切って配給を箱から取り出す。中には、直方体型の弁当箱のような容器に入ったものが二つ。透明な蓋の奥には、一般的な食事と大差のない普通があった。白米に焼き魚、漬物、内容は和食らしい。


「なんていうか、結構ちゃんとしてんだな。少し(ぬる)いけど……」


 容器から伝わってくる熱を両手で受け取り、その微妙な状態にレフィは顔をしかめる。手近な椅子に座っていたメリーは、配給に文句をつけるレフィの手元に何となく目をやっていた。そんな彼女の目に、およそ食事とは思えないあるものが目に留まる。


「それ……」


 それは二粒の錠剤(じょうざい)だ。どうやら配給と同様に箱に入っていたらしく、レフィが今まさに手を付けんとしている食事の横に放置されていた。メリーはその薬に興味を持つと、椅子から立ち上がってそれを見下ろす。


「中に入ってたのか?」

「ん、そうだけど」

「ふむ……ちょっと貸してくれ」

「全然いいぜ。オレが興味あんのは飯だけからな~」


 メリーがアルミとプラスチックに包装された錠剤を指に摘まむのに目も向けず、レフィは配給を食そうと同梱されていた箸を手に持っている。そんな彼女を背にしたメリーはフレイ達に錠剤が見えるように示し、問う。


「少し聞きたいんだが、二人のどっちか、病気に(かか)ってたりするのか?」

「いや。それと、その薬の事なら結構昔から飲んでるよ。家族全員だ」

「カスミもか?」

「ああ」


 フレイの返答に、メリーはますます手元の錠剤に向ける興味を強める。彼女は電灯に透かすようにして錠剤を掲げ、目を細めた。


(調べておくか……)


 思い立つと、メリーは錠剤をそのまま懐に仕舞いこむ。そんな時だった。リビングの中で静かにしていた一行の外側、家の玄関の方から音が聞こえてくる。扉の開く金属音だ。どうやら、カスミとフェイが帰ってきたらしい。

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