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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
315/391

歯止め

「やめろ」


 カスミが爆発的な怒りを両親に向け、吠えている最中、フェイが声を上げる。少女の怒りをどう止めていいか分からずにいた一同の中で上がった声は、瞬く間に注目を集めた。場の中心であるカスミも、父親に向かって振り上げていた拳を止め、彼の方を振り返る。皆の視線が向けられたフェイは、ソファの背もたれに腰を預け、(たぎ)るような怒りを纏っているカスミに静かに目をやっていた。


「ガキみたいに騒ぐんじゃない。少しは頭を冷やせよ」

「……あぁ?」


 フェイは腕を組みながらカスミに煽りの言葉を投げる。彼の言葉を耳にしたその場にいる者達は、全員彼の身を案じて気を張った。それは、カスミの怒りが猛烈であるためだ。この露骨な挑発でさえ受け流せず、怒りのままに拳を振るいそうだと思われるほど、今のカスミは怒っているように見えた。

 だが、周囲の者達の心配とは裏腹に、カスミはフェイに敵意を向けることはなかった。ただ、何も反応せずにいたのではなく、彼女は苛立ちから唸り声を上げ、舌打ちをしてフェイを睨んだ。


「私はさっきまでずっと冷静だったわよ。もちろん今は違うけど。話を全部聞いて、許せないと思ったからこうしてるの。本当だったら部屋に戻った時点で殴り飛ばしたかったんだから」

「そういう物言いが、馬鹿で落ち着いてないって言ってるんだ」

「…………チッ」


 怒りを向けるべきはフェイではない、そう分かっていながら、平生(へいぜい)から大きく離れた状態のカスミは敵意を彼に向けて声を荒げる。


「こうして殴るのが間違ってるって言いたいわけ? ハッ……んなわけないでしょ。殴り返してこないのがいい証拠よ。こいつらはね、私と、アンタ達に後ろめたいことがあるからされるがままなの。……顔を隠して二人して私を殴ることは出来るのに、今は仕返しできないんだって。畜生、反吐が出るわ」


 カスミは唾を吐き捨てると、再び両親の方へと怒りを含んだ視線を向ける。その憤怒にブレるところはない。自分の親に向けているというのに、その怒りが歪むことはなかった。

 そんな濃厚な激情に頭を支配されたカスミの手綱を握ろうと、再びフェイは声を上げる。


「お前の怒りがもっともじゃない、なんて俺は一言も言ってないぞ」


 フェイの言葉に、カスミは再び後ろを振り返る。そこには、猛烈な怒りと共に、先ほどまでには存在しなかった戸惑いがある。それを目に留めたフェイは、言葉を止めずに話し続ける。


「俺が言いたいのは、時と場所を考えろ、ってことだ。別に殴るなとは言ってない」

「……ハッキリ言ってよ」

「じゃあ聞くが、カスミ、お前二人を殴ったその後、どうするつもりでいる」

「それは……」

「この街から全員で逃げるのか。それとも街のことをもっと調べるのか。あるいは根本的解決に向かうのか……。どれを選ぶにしても、お前が今やっていることは障害になる。足手まといを二人増やすんだからな」

「じゃあどうしろってのよ?」

「時と場所を考えろ、って言っただろ」


 状況の整理と理屈で、フェイはカスミを言いくるめていく。


「お前がキレるのは分からないでもない。だが、今ここでそれを発散させたら、俺達全員が危険に晒される。逃げるにしても何にしてもな。本末転倒なんてもんじゃない。お前は一体誰のためにキレてるんだって話になるだろ」

「…………」

「後にしてくれ、カスミ。この街を出た後だ」


 感情論には一切寄らず、現在の状況だけを考慮するフェイの言葉に、カスミはその怒りを一時留(とど)める。彼女は固く握りしめた拳をそのままに、目を閉じ、フェイの言葉と自分の感情を天秤にかけた。そうして、しばらく。カスミの体の両脇に置かれた拳が、ゆっくりと(ほど)ける。


「……分かったわ」


 カスミは庭で倒れる父親を背にし、叩き割られた窓を通って部屋に戻ってくる。カスミは母親のジアの元に向かうのではなく、頭の中を整理するため、テーブルの傍に残っていた椅子に腰かけた。彼女のその様子を見たこの場の者達は、とりあえず安泰だとホッと息をつく。


「で、カスミ。どうする?」

「え……どうって……何が?」


 荒れた場が収まったかと思われた時、フェイは再びようやく鎮火した火種に話しかける。怒りを抑えて状況を自分で整理しようとしていたカスミは、彼の問いに首を傾げた。それに対し、フェイは呆れたようにため息を吐いて補足を加える。


「さっきも言っただろ。これからどうするのか、ってことだ。逃げるのか、解決に向かうのか。この街の件に関して俺達は部外者。決められるのは、お前だけだ」


 今後の行動方針を決めてくれ、というフェイの要請にカスミは一瞬だけ思考を挟む。答えに考え至るのに、そう長い時間はかからなかった。彼女は俯けていた顔を上げ、フェイ、そして自分の仲間達の顔に目をやって言う。


「逃げるなんて、あるわけない。こんな場所をつくった奴をぶん殴らないと気が済まないわ」

「……つまり、解決の方向だな」

「当たり前よ」


 フェイの確認に対し、カスミは胸の前で拳を握って答える。自分の選択には後ろめたく思われる所などない、そういう彼女の自信が見て取れる。そんなカスミの言葉を受けたフェイは、フッと短く笑った後、立ち上がる。そして、さっき座ったばかりのカスミの腕を掴んで立たせると、そのまま自分が向かう方へと一緒に引っ張っていく。


「じゃあ行くぞ」

「ちょっまっ……行くってどこによッ!?」

「情報収集だ。これからの動きを決めるのに必要だからな」


 急に、そして無理矢理引っ張られたカスミはたどたどしい足取りでフェイの後ろをついて行く。とはいっても、抵抗することはない。自分の目的に変わらず力を貸してくれる者に抗う必要などなかった。


「それと……メリー」


 リビングの出入り口に立つと、フェイは足を止めて背後を振り返る。フレイとジアを含め、まだ事態の急変についていけずに戸惑いを顔に浮かべる者達がほとんどな中、彼はメリーに目を向けた。彼女も同様にフェイへ視線を向けており、それが合わさると、首をすくめて返す。


「分かってる。二人は私が診ておくよ」

「ああ、頼んだ」


 目線と最低限のやり取りだけでメリーとの意思の疎通を終えたフェイは、変わらず戸惑ったままのカスミを連れ、リビングを後にするのだった。

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