繋がりの導く怒り
「はっ……なん、だこれ……ちょっとカスミ」
「何やってんだよカスミッ!?」
一番初めに声を上げたのは、リュウとレフィだ。リュウは想定外すぎる今の事態に目を白黒とさせ、レフィは母親と父親の両方を躊躇いなく殴り飛ばしたカスミを責めるように声を上げた。ただ、仲間のその声にカスミは淡泊な様子で返事する。
「殴るべきだと思ったから殴っただけよ。それに……」
カスミは頑強でありながらも衝突の際に痺れを感じた両手の指の調子を取り戻すように手を握ったり開いたりしながら、未だ憤怒の薄れない目で自分の両親を見下ろす。カスミの剛力を受け、別々の位置に吹っ飛ばされたフレイとジアだったが、既に意識を取り戻し始めている。どうやら一家そろって肉体は強固なようだが、先ほどのカスミの一撃は想定外そのものだったらしい。目を覚ました二人は、動揺と恐怖の入り混じった目でカスミを見た。そんな両親に、娘は再び拳を向ける。
「まだ足りてない」
両方の拳を握り締めると、カスミは窓の外まで吹っ飛ばした父親の方へ、まるで巨人が歩を進めるような空気を持って歩みを進める。そんな彼女の行く手を、フェイとメリーが立ち塞いだ。
「これ以上はやめておけ、カスミ。お前の両親は充分やってくれただろ。怒りを向けるのもお門違いなはずだ」
「お前の力はお前自身が思っている以上に強い。命を奪うまではいかないにしても、自分の拳で親に障害を負わせることになるかもしれないんだぞ」
二人は仲間の怒りに対して恐れずに、それを止めようと冷静な言葉を並べる。だが、カスミはフェイとメリーの言葉を右から左へと流した。カスミは彼らと目線こそ一瞬合わせたが、怒りが静まるには到底至らない。
「どいて」
説得を短く冷たい一言で一蹴すると、カスミは窓を立ち塞ぐメリーとフェイの間を強引に分けて通る。腕力で劣る二人にカスミを止める術はない。だが、このまま彼女を暴走させて両親に大怪我を負わせるのは明らかに状況をまずくする。そう考えたフェイは、何としてでも彼女のことを止めようと、右腕に備えた鎖に力を込めようとした。
だが、フェイがその力を振るおうとしたその瞬間だ。カスミの進路を再び誰かが立ち塞ぐ。レプトだ。
「やめろよ、カスミ」
フードを外し、彼はその双眸でカスミをしかと捉える。色の違う光を持った両目を前にしても、カスミは以前のように狼狽えることはなく、向き合った。
「そうやってブチ切れたまんま、母さん達のことぶん殴ってどうすんだよ。お前の気が晴れるだけだろうが」
「こんなことしても晴れないわ。でも、ぶん殴んなきゃいけない」
「じゃあ、説明してくれよ。どんなことがあったら、自分の親を殺す勢いでぶん殴れるってんだ」
「…………」
「カスミ。お前の両親は、俺達にとっても他人じゃねえんだよ」
レプトはこれまでの旅路で、カスミと幾度も互いの悩みについて話し合ったことを思い返す。その中には、彼女が自分の母親を助けるのに力を貸してくれると言っていたことも含まれていた。同じ道を行くことになった始めの頃、自分達は似ていると言い、互いに力を貸し合うことを話した時のことを思い出しながら、レプトはカスミの両肩に手を置く。
「お前は言ってくれただろ。家に帰るまでの旅の間じゃなくても、俺の母さんを助けられる日が訪れたら、その時に力が必要だったら、貸してやるってよ。そん時のお前と同じだよ。友達の大切な人が傷つくのは嫌だし、助けてえって思うんだ。今俺達がお前を止めるのは、あの人達がお前にとって大事な人達で、俺達にとっても見捨てられねえ人達だからだ。……関係ねえって思って、自分一人の感情で好き勝手すんじゃねえよ」
自分と同じ悩みを持って旅を歩んできた仲間、その家族が傷つくのを黙って見ていられない。それが、仲間本人がやっているとなれば尚更だ。レプトはカスミの両肩に置いた手をしっかりと固く握り、彼女の怒りを抑えようとする。
だが、その両手が猛る怒りの炎を鎮めることはなかった。
「……何も分かってないのね、レプト。それとも気遣いかしら?」
「……っ。なにが、だよ」
カスミは自分の肩に置かれたレプトの手に自分の手を添える。そして、それを優しく握りしめるとそっとレプトの体の両脇に戻す。動作はゆっくりしていて傍から見ていればただ腕を戻しただけのように見えるが、レプトは全力で抵抗していた。歯を食いしばり、ここで負けては食い止められないという気概でカスミを抑えようとした。しかし、彼女の剛力はレプトの抵抗を屁ともしていなかった。まるで赤子の手をのけるかのように、彼女は自分を止める仲間の手を退けた。
そして、初めから少しも色あせることのない怒りの光を爛々と灯した目を見開き、声を張り上げる。
「関係ないなんて思ってない。関係あるからぶん殴るっつってんのよッ!!!」
空気と、その場の雰囲気の根を掴んで揺らすかのような、覇気のある声だ。脳に直接怒鳴り声を上げられているかのように感じられるカスミの声に、その場にいる皆は全員直前までの意思を失い、ただただカスミの言葉に耳を傾けた。そんな中、彼女は自分の仲間と、自分の両親をそれぞれ見やりながら言葉を紡ぎ続ける。
「これまでアンタ達は私を家に帰そうと頑張ってくれたわね。本当にありがとう感謝してる。この気持ちはメニカルで話した時と変わってない。皆のおかげで私はここまで来られた。……けど、蓋を開けてみたらどう? 私を帰すことは、私を、ひいてはお母さん達まで危険に晒すかもしれないことだったってわけ」
「それは悪かったと思って……」
「謝らないでッ!!」
カスミの言葉に謝罪を挟もうとしたリュウだったが、彼女の張り裂けるような叫び声によって阻まれる。
「アンタ達は何も悪くない。悪いのはお母さんとお父さんだから。全部全部、こいつらが私に事情を話さなかった……不誠実だったから起きたことよ!!! ……そこまではいいわ。まだ許してやれる。急だったんだろうしね、だけど」
カスミは溢れんばかりの怒りを抑えきれなくなったのか、歯ぎしりをし、体を丸めながら声をひりだしている。
「この筆舌に尽くしがたいカスな性根をした人達は帰ってきた時も不誠実だった。訳を私に聞かず、こともあろうに私を助けてくれたアンタ達を責めやがったのよ!! 絶対に許せることじゃないわッ!!!」
「あっ、あれは彼らを、お前を追ってきた者達と勘違いして……」
「クソな言い訳ね反吐が出る。良い肥料つくれるんだから畑に顔埋めて暮らしたら?」
カスミは自分の父であるフレイの言葉にあまりにも強い威圧を返し、最後に彼のすぐ近くに唾を吐いた。どう考えても言い過ぎだしやり過ぎなカスミの前に立っていたレプトは、何とかして彼女の怒りを鎮めようと再び説得の言葉をかける。
「やめろよカスミ。俺達は気にしてなんか……」
「誤魔化さなくていい。何せこいつらはアンタ達を敵として否定した上に、今もこう突きつけてるんだから。アンタ達がこれまでにしてきたことは私達の娘の命を奪う行為だった、善意も何もかも逆効果だったんだよ……てね」
カスミの煽るような言葉に、彼女の目の前にいたレプトも、後ろで事態を見守っていたレフィ達も歯を食いしばる。確かにカスミの両親は初めから強い敵対心を向けてきていた。何より、事情を明かした今になっても一行がしてきたことは翻らない。カスミを死地に運んできたという事実は今も一変もしていない。
「そんなこと思ってないわッ! 確かに事情が分かる前は敵と思ってたけど……」
「耳が腐るって言ったんだから喋るんじゃないわよッ!!」
自らの親であるジアに、カスミは父にしたのと同じように強い言葉で黙らせた。そして、彼女は自分の仲間達にそれぞれ目をやりながら、自分の怒りの根源を語る。
「こいつらはレプト達の気持ちを踏みにじったのよ! 玄関くぐって私を抱いてた時、何を考えてたの? こいつらを早く始末しなきゃ、黙らせなきゃ、んで今は、この疫病神共が……? クソクソクソがふざけんなッ!!! 自分の娘にすら正直になれないくせに私の仲間を馬鹿にしやがったッ!!!!」
幼い怒り爆発させ、カスミは叫び声を上げる。そして、燃え滾る怒りを秘めた視線を、再び握り締めた拳と共にフレイに向けた。
「アンタ達が踏みつけにした私の仲間の分だけ殴る。さっきのは今ここにいない、だけど私がここに来るまで支えてくれたジンの分。あとはレプト達の五回分。これだけは、皆に言われても絶対に曲げないわ……!!」
苛烈にして暴力的な声を抑え、カスミは自分の両親に向かって宣言する。先ほどまでのやり取りでもハッキリしていたが、彼女は自分の意志を折るつもりは絶対にないらしい。それほどまでに彼女の怒りは激しく、その奔流は止め難いものだ。両親もそれを理解したのか、弁明や逃走を忘れ、その場で娘の怒りが訪れるのを待った。レプト達は未だにカスミの背を疑問の目で見ていたが、彼女のことを止めるだけの言葉と手段を持っておらず、立ち往生するしかなかった。
そして、その場にいる者達の視線の全てがカスミに注がれ、彼女が倒れているフレイの前で拳を振り上げたその時のこと。
「やめろ」
声を上げたのは、フェイだった。




