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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
312/391

シャルペス

「ここは、この街で暮らしている人を実験体にするための施設……らしいわ」


 カスミが続きを促すのを受けてから、しばらく沈黙が続いた後のことだ。彼女の母親であるジアが、重い口調で話を切り出した。その初めの言葉の衝撃はすさまじく、レプト達は漏らさず自分の耳を疑った。()せることのない怒りを携えたままのカスミでさえも、その言葉がすぐには信じられず、父に聞き直す。


「それは……本当なの? それに、らしいっていうのはどういうこと」

「俺達も実態をこの目で見た訳じゃないということだ。だがしかし、色々つじつまの合うことが多すぎる」

「見たことが無い? ……つまり、誰かに聞いたという事か?」


 実験や研究という言葉を聞いて興味を刺激されたのはメリーだ。もっとも、明るい色の好奇ではない。彼女はフレイの言葉に違和感を感じ、それを間を開けずに確認する。メリーの問いに対し、フレイは眉間にしわを寄せて深刻な顔をし、頷いて返す。


「ケフアという男に聞いた。この街で……さっき言ったようなことをしていた内の一人だ」

「そんな奴が何故……」

「前々からこの場所を変えたいと思っていたらしい。だが、自分の力では無理だと思ったと、あいつは言っていた。だから俺達に事実を話し、娘を助けるようにと手助けを」


 自分達に内部の情報を流したというケフアについて、大まかな内容をフレイは説明する。話をそのまま受け取れば、低い立場ながら自分に出来ることで人を救おうとする人物、ということになる。だが、違和感がないわけではない。そこにいち早く気が付いたレフィは、首を傾げて疑念を口にする。


「そのケフアって奴はよ、どうして別に沢山人がいる中でカスミ達を選んだんだ? 余所にいる奴らも、状況としちゃあ同じはずなのに」


 レフィはこの家に来るまでの道中を思い返しながら問う。トラックの中から見た外の景色には、まばらではあるものの、家屋がいくつも確認できた。家の密集度と外から見た外壁の大きさ考えれば、どれだけ少なく見積もってもまだこの街には別の家庭が多々あることは間違いない。

 レフィの問いを受けると、フレイとジアは揃って顔を俯ける。後ろめたいことがあるという風には見えないが、今の問いに思い出したくもない暗い何かがあるのは間違いなさそうだ。しかし、ここで話を進めるのを渋っていても問題は解決しない。そう先に思い立ったジアは顔を上げ、カスミの方に目線をやりながら問いに答える。


「丁度、カスミが選ばれていたの。次の実験体に」


 ジアの一言に含まれる意味を把握すると、レプト達はすぐにジアとフレイが何故切羽詰まったように行動を起こしていたのかを理解する。自分達の娘が実験体にされるとなれば焦るのも当然だろう。家族の危機に動かずにはいられないはずだ。

 衝撃の事実に面食らう一行を脇に、フレイ達は先の言葉に補足を加える。


「この街では簡抜(かんばつ)といって、街で暮らす人間が選ばれて中央塔に連れていかれることがある。それを受けると、外壁の外に出てもいいとされるんだが……」

「実際のところ、簡抜は街の中から実験体を選んで塔まで引っ張ってくるための口実なの。私達にはただ、外へ出る許可をもらえる機会として説明されていたんだけど……」


 シャルペスには簡抜という行事があり、それは街から人を選抜して中央の塔で実験を施すためのものらしい。ケフアという人物から事情を聞いていた二人は内情を知っているが、他の者達はその事実を知らないのだろう。

 

「でも、妙だな。あなた達は違和感に思わなかったんですか?」

「何をだ?」


 敵対する相手という姿勢から態度を軟化させたリュウが二人に問う。


「その簡抜というのに選ばれた人間は、恐らく帰ってこないんですよね」

「その通りだが……」

「外の世界に行ったからって、そんなずっと帰ってこないなんて違和感には思わなかったんですか? 普通、たまには故郷に帰ってきたいとか思うでしょう。それがどの家庭でもないっていうのは、明らかに変だ。……カスミはともかく、何十年もこの街で暮らしてるはずの二人はこれまで考えたことはなかったんですか?」

「えっと……それは」

「それに、外壁の存在も変だと思うはず。何より、この街はこれまで僕達が見てきた場所とは色々な部分が逸脱しすぎてる。配給とか外壁とか、簡抜っていうのも……」


 リュウが疑問に感じたのは、違和感の多すぎるこのシャルペスという街で何故二人や他の者達は不思議に思わずに暮らし続けられたのか、ということだった。彼のその疑念に、ジアとフレイは答えを返さない。返さないというより、頭の中で答えをつくれない、という風だ。二人は揃って顔を見合わせ、小さく唸り声を上げている。


「当然だったんだろう」


 フレイとジアが問いに答えられなさそうだというのを見て取ってか、フェイが声を上げた。彼はリュウの問いを受けながら、彼とカスミ達家族のことを見比べながら自分の考えについて語る。


「外壁の存在も、簡抜という行事も、配給も。もし生まれた時からずっと同じ環境なのであれば、それを当然と思ってしまうはずだ。それに、この街は閉鎖的というより絶海の孤島のようだ。……例えば、リュウ」

「何だい?」

「お前の暮らす里を囲む森が周囲五百万キロメートルにも広がっていたら、お前は外の事なんて知らずにいただろうし、外の知識が欲しいなんて思うこともなかったんじゃないか?」

「そう……だろうね。外のことを知らなければ……ああ、なるほど」

「シャルペスは正にそういう状況だったってことだ。外の別の街のことを知らなければ、自分達のいる場所が変だと気付くこともない。それに、この街、家と家との間が無駄に離れている。恐らくは人と人の繋がりを無意識に減らすため……学校なんかもなかった。人が集まる機会もないらしい。徹底的に、この街自体に違和感を抱くことを防止しているようだ。人を支配するには、相手に徹底的に思い知らせるか、支配されていないと思わせるかのどちらかだ。この街をつくった奴は後者を取ったらしいな。まあそれにしては、少し妙な所もありはするが……」


 フェイは懸念点は一旦脇に置いておいての自分の見解を話す。加えて、彼は自分の考えを補強するため、過去に妙だと思ったことをカスミに確認する。


「聞いたところじゃ、シンギュラーや超遺物のこと、メモリーキーだのの電子機器のこともよく知らなかったんだよな、カスミ」

「……そうね」

「電子機器の方はともかく、シンギュラーとかはどこでも常識的なことだ。……それを知らなかった時点で、相当妙な生い立ちだと思うべきだったな」


 フェイは旅の途中にカスミの妙な点に気付けなかったことを悔やみ、ため息を吐いた。そんな彼の隣に座っていたメリーは、彼の言葉に思う所があったのか「気付けなくて悪かったな」と、嫌味のように小さい声と共にフェイの肩を小突く。

 そんな細かいやり取りを目の端に、レプトは本題に戻ろうと再びフレイとジアの方へと目を戻す。


「ああ……なんか重要な所を聞き逃してたみたいなんだけど、いいか?」

「ああ、何でも聞いてくれ」

「ここで行われてるっつー実験は、一体何の実験なんだ?」


 レプトが純粋に疑問に思ったことを口にすると、フレイはその問いに対して首を横に振って応える。


「そこまでは分からないんだ。ケフアはそれを話さなかった。重要なのは、簡抜の後、実験に使われた者達は命を落としている可能性すらあるということだと……。私達にとってもそれは違和感に映らなかった。簡抜で外に出た者が中に戻ってきた、なんて話は聞いたことが無かったから……」

「……なるほどな」


 レプトの相槌を最後に、フレイ達は何か別の言葉を付け加えることはなかった。二人はどうやら、自分達の視点から分かっていたことをほとんど話したらしい。彼らの話を聞いて分かったのは、この街シャルペスが異様を含みながらもそれを当然とし、それを利用して何らかの実験に用いている事。フレイ達がカスミを助けるには、強引な手段を取らざるを得なかった事だ。細かいところに疑問は残っているが、今目の前にしている問題に対するには最低限の情報が揃った。

 シャルペスと自分達の置かれた状況について、大まかな状況整理を終えると、次に問題となるのは他でもない。カスミだ。彼女はリビングに人を集めてから、そして事情の説明を終えるに至る今の瞬間まで、ずっと怒りを蓄えているようだった。必要最低限の事しか話さず、聞かれたことには短く応え、口を開いたかと思えば冷たい言葉という具合に。怒りの矛先は両親だろう。話が続かなくなると、徐々に気まずさを覚えてか、彼女の両親は顔を俯ける。同時に、一行の方もどう話を切り出していいかが分からず、誰かが話すのを待っていた。


「随分大変だったみたいじゃねえか」


 フレイとジアを気遣ってか、二人を除く中では一番カスミと付き合いの長いレプトが口を開いた。彼はいつも通りの軽めの口調を無理に張ってカスミに声をかける。


「色々お互いに足りてない所があったってことが分かったな。俺達ももうちっと早くおかしなところに気付けたかもしれねえし、お二人の方も準備が足んなかったってとこだろ。でも、どっちも責められたもんじゃねえと思うし、ちょっと揉めたのも仕方ねえこと…………」


 レプトは唯一この場で二人から実害を受けた自分が許すことで、融和的な見方を提案したかったのだろう。だが、彼の言葉の途中に事は起きた。

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