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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
308/391

白いフードの中身

「どういう事情があったかはこれから。だけど少なくとも、この街はご両親にとってカスミを置いておくには安心できない所だったんだ。それか、君がこの場所に居られないことより、家族と一緒にいられないことより、ずっと悪い何かが起きるのを避けたかった」


 リュウはフレイのことを睨みつけ、その姿勢を緩めることなく自分の考えを語っていく。その中で、レフィはレプトを介抱しつつ、カスミはその小さい手を握り締めながら、各々固唾を飲んでリュウの話を聞いていた。


「ご両親がそんな事情があるのを知ったのは、多分、君が襲われる少し前くらいだ。そうじゃなきゃ、君一人だけ逃がすんじゃなく、家族全員で逃げる算段も立てられたんじゃない? その余裕が無かったから、何とかカスミ一人を逃がしたんだ」

「……ちょっと待ってよ。だったら、私を襲うなんて遠回りなことする必要ないでしょ。それは一体……」

「君がごねると思ったんじゃない。三人じゃなきゃ、とか……時間も無かった状況で、そんな風に言われるのを面倒に思ったんだろ」

「ッ!! お前ッ!!」


 呆れたように鼻で笑うリュウを目にしたフレイは、彼に向かってその拳を振り上げる。剛力をほこり、人並み外れた身体能力を持つフレイの拳はすぐにリュウを捉えた。咄嗟に父の仲間への暴力を止めようとしたカスミだったが、その必要はなかった。リュウは、怪力を携えて放たれたフレイの拳を正面から受け止めるのではなく、その一本の腕に刀と自らの体で組み付き、その動きを止める。


「図星だったのか。そんなにイラついてどうしたんだよ」

「くっ……娘をこんな場所に連れ戻しておいて、よくそんなことが……」

「誰のせいだと思ってんだ」


 有利な態勢で組み付きながらも、フレイの抵抗の力は大きい。リュウは全身に込める力を一切緩めることなくフレイの右半身に組み付きながら、カスミに話の続きをする。


「この街にはメニカルとか近場から運び屋が出入りしてるって話だ。僕達が入り込めたのもそれのおかげだしね。きっと、ご両親もそれを利用したんだ。……レプト」

「く……なんだよ」


 リュウはフレイに殴り飛ばされてからしばらくして呼吸が落ち着いてきたレプトに声をかける。


「君とジンが、カスミを捕まえてたっていう連中と戦った時、そいつらなんか言ってなかった?」

「……いや、それらしいことは……あっ」


 リュウに問われ、レプトは眉を寄せて一か月以上前の記憶を探る。カスミとの出会いの一日であったために記憶が鮮明に残っていたのか、彼はリュウが求めていた答えをすぐに思い出す。


「あいつら、カスミのことを別の同業者から攫ったって言ってたぜ。それに、後生大事に守ってやがった、とか……」

「そいつらは多分、ご両親がカスミのことを遠くまで運ぶために手配した奴らなんだろう。どうやったか詳しいことは分からないけど……。それに、多分二人はカスミ自身にも何か言い聞かせてたと思うよ。カスミの腕力なら、その気になれば大抵の奴から逃げられるからね。それを事前に防止するために」


 リュウの言葉を耳に挟むと、カスミは自分が誘拐されたと思っていた出来事の前後の記憶を探る。そして、彼女はレフィが捕らえられていた研究所で一人眠った時と同じことを思い返した。


(待ってれば助けてくれる……って。あれも、私が余計なことをしないように言い聞かせてたことだったの?)


 カスミはリュウが話したような状況を、母、そして今目の前にいる父が随分前から分かっていたという事実に激しく動揺する。本来ならば自分の意見を曲げずに通す屈強な性格を持った彼女も、この場においてはどう次の行動を選択していいか分からず、ただ立ち尽くすのみであった。そんなカスミを端眼に、リュウはフレイの剛力を抑えようと歯を食いしばりながら話をまとめる。


「レプトやジン、僕達の行動が、カスミをご両親の意図から大きく外させた。君自身の行動もそうだ。ここにいてカスミに何が起こるか具体的には知らないけどさ……。家族の元から無理矢理離すってことは、命に関わるレベル、なんじゃないかな」

「くっ……そこまで分かっているのなら、邪魔をするなッ!」


 リュウが現状とこれまでの情報から推察したこの街とカスミ達家族の置かれた境遇について話したのを耳にすると、彼に腕を抑えられたフレイが怒声を上げ、体に加える力を一層強めた。優位な状態で組み付いているリュウからすれば、それを抑えることは容易ではないとはいえ、不可能ではなかっただろう。だが、彼はフレイへの拘束を自ら解いた。


「お前、何を……?」


 フレイは怪力の向ける先を見失い、訝し気な目線をリュウに向ける。見てみれば、リュウは心底つまらなそうな表情で右の手に持った刀を投げ捨てていた。彼はそのまま手近にある戦闘の余波を受けていないソファに腰かけ、大きくため息を吐く。


「僕達は余計なことをしたらしい。悪かったよ、カスミ」

「…………ッ、リュウ」


 リュウは頭が数倍重くなったのかと思うほど深く俯きながら、低い調子でカスミに謝る。その謝罪を耳にすると、カスミは彼になんと言葉をかけていいのか分からなくなってしまった。リュウにだけではなく、彼女はその思いを少し離れた所で膝をつくレプトやレフィにも同様に抱いていた。仲間を故郷に戻すために奮闘してきていたのが、まるで逆効果だったという事実が後から発覚したのだ。気負わない訳はない。三人の表情は、フレイの攻撃を受けずとも暗いものになっていた。それらを見たカスミの中からは故郷に戻ったことによる弾んだ気分など跡形もなく消え失せ、ただただ胸を有刺鉄線で縛り付けられたかのような痛みがあった。


「行くぞ、カスミ。母さんと三人で逃げるんだ」


 娘の想いを知っていて尚か、あるいは知らずか。焦燥の表情を浮かべたフレイはリュウらを一瞥した後でカスミの隣に立ち、彼女の腕を引く。このまま再びシャルペスを離れるつもりなのだろう。追手がつくことは間違いないだろうが、検問を抜くくらいであれば三人の腕力があれば容易なはずだ。それは、検問を通ってきたカスミもよく分かっていた。


「……カスミ?」


 だが、カスミは父の手に応じはしなかった。フレイは玄関に向かって歩みを進めようとした時、自分の掴んだカスミの腕がピクリともしないことに気付き、振り向く。


「説明して」


 守るべき娘は、父の目の前で静かに声を上げる。カスミはリビングの入り口から一歩として動かず、父の方へ顔も向けずに頼んだ。


「そんな暇はない。ともかく、外に出てからだ。急いで……」

「イラついてるの。だから、一言だって余計なこと言わないでよ」

「……ッ」


 有無を言わせずその身に秘めた力を使い、腕を引いて娘を連れていこうとしたフレイ。だが、彼が引くカスミの体は全く動かない。自分の力が全く通用しないことを疑問に思ったフレイは、先を急ぐのが優先のはずなのに、思わず後ろを振り向いて娘をその目に捉えた。そして、驚愕に目を見開く。

 カスミは怒っていた。指の関節がハッキリと目に映るほどに彼女の両の拳は固く握られ、その手元からは肌の軋む音が微かに聞こえてくる。髪は若干逆立ち、小さいその体が普段より一回り大きく見えた。露出された二の腕やこめかみには青い血管がハッキリと浮かび上がり、全身に尋常ならざる力が込められていることが一目で分かる。そして何より、その目だ。俯き加減になって前髪に隠れているが、その双眸は大きく見開かれ、瞳孔が小刻みに揺れている。焦点のあっていないその瞳は、何か自分の気に障るものが現れたらすぐにその体を引きちぎるのではないかと思われるほどの凶暴性を秘めていると感ぜられるほど、滾る怒りを含んでいた。しばらく旅を共にしてきたレプト達も、彼女の父であるフレイですらも、そのカスミの様子に体を震わせる。


「座ってて。お母さん達を呼んでくる」


 知らぬ間にフレイはカスミの腕から手を放していた。本能的な危機回避が働いたようだ。何に縛られることもなくなったカスミは、父の横をその表情に一瞥すら向けることなく横切るのだった。

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