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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
306/391

一触すらなく

 ジアに連れられ、メリーとフェイがリビングから離れると、その場にはカスミの父親とレプト、レフィ、リュウの三人が残された。話の中心になっていたカスミの存在や、話題を主導していたジアやメリーがいなくなると、その場にはすぐに沈黙が広がる。その中でも、カスミの父親の敵意は変わらない。彼は椅子に座ったまま、テーブルを挟んで向かいに座るレプト達に鋭い眼光を向けてきている。それに対し、レプトとレフィはどう対処していいか分からずにいた。同じように返すのが良いのか、あるいは目を背けるのが正しいのか。彼らは戸惑ったまま、オロオロと下に目線を向けている。

 そんな二人の様子を感じ取ってか、リュウが沈黙を破って話し始める。


「名前を聞いてもいいですか? カスミのお父さん」

「……フレイだ」

「フレイさん。聞きたいことが沢山あります。あなたが私達をどう思ってるのか、何故その感情が生まれたのか。この街のこと……」


 リュウはテーブルの影の下で腰の刀の鞘に手を置き、一つ一つ話を進めていこうとした。だが、彼の冷静な語り口は向かいのフレイの返しの言葉によって遮られる。


「それより先に、俺の方から頼みたいことがある」


 口を動かすのと同時に、フレイは立ち上がる。椅子が彼の足に押され、フローリングと擦れて嫌な音を立てた。耳を軋ませるようなその音に、状況にいまいちついていけずにいたレプトとレフィも顔を上げる。それと同時に、リュウは刀の鞘を固く握りしめた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「庭……ここに見せたいものがあると?」


 ジアによってリビングから連れ出されたフェイとメリーは、そのまま家を出て、脇にある庭まで連れてこられていた。メリーは周囲の様子を首を振って確認しながら、ここまで案内してきたジアの背を訝し気な目で見つめる。周りの様子は、一行がこの家にまで辿り着く時と何ら変わっていない。道には人通りが無く、風が草を揺らす音がハッキリ聞こえてくるほどに音がない。隣の家も、三人が立っている位置からギリギリ一軒うかがえるかどうかというくらいだ。他人の目はない。

 静寂の中、フェイとメリーは二人並んでジアの背を見つめていた。外まで二人を連れてきた彼女には、ここまで連れてくる命題であったはずの見せたいものについて語る様子はない。元より警戒を向けていたわけだが、この異常な様子に二人はより一層体に巡らせた緊張の糸に意識を通す。


「そんなものはないわ。アンタ達をここに連れてきた理由は一つ」


 ジアは二人に背を向けたまま、据わった声を上げる。その彼女の様子を前に、フェイは一瞬、自分が何度か対峙してきたカスミの姿を思い返す。自分の企みをハッタリと称して向かってきた時、獣人の村で敵意を剥き出しにしてきた時。それらの時のカスミと似た空気感を感じ取ったフェイは、右にいるメリーの肩に鎖の絡められた手を置く。


「…………」


 フェイの意図に気付いてか、メリーは彼の方を見向きもせず、それを許す。


「ここでぶっ飛ばすッ!!」


 フェイがメリーの肩から手を離したのと同じ瞬間。ジアはその両腕を大きく広げて地面を蹴り、メリーの方へと向かっていった。地面を抉るほどの力を込めて体を発射させたジアは、数メートルは空いていたメリーとの距離を瞬きの間で詰め切り、その腕の間合いに入れる。


「ッ!!」


 一呼吸する間もないほどの出来事に、戦闘力のないメリーはまるで反応できなかった。彼女は自分に向かってくるジアの存在を認知するのと同時にその両腕に捕えられた。両腕で正面から抱きつくような形で拘束を受けたメリーは、何とかして逃れようと身をよじる。


「余計な事はしないで。でなきゃ、この子の体を折る」


 両腕も巻き込んで拘束されたメリーの耳元で、一歩引いたフェイにもハッキリと聞こえるようにジアが警告する。脅しを受けた二人は、一瞬にして形勢が不利に傾いたように見えるこの状況の中、冷静さを保っていた。身体の危険に晒されたメリーでさえ、その顔に動揺の色はない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ふんッ!!」


 フレイは声を上げて直前まで座っていた椅子を右手に取ると、それを振りかぶり、目にもとまらぬ速さでリュウへ投げつける。瞬きの猶予すら与えられない刹那の不意打ちだったが、元より備えていたリュウはすぐに反応する。彼は帯から刀を抜くと、凄まじいスピードで自分に向かってくる椅子をその目に捉え、打ち払った。椅子の中心を捉えたリュウの一撃は強靱な腕力で放たれた椅子の力を殺すのではなく、脇に軌道を逸らす。叩き落とされた椅子は発射されたそのままの威力で床に激突し、元の形の名残を残さない木片に変わった。フレイの腕力が人並みではないことの証左(しょうさ)を目にし、リュウ、そしてレプトとレフィは立ち上がって身構えながら一瞬で同じ考えに至る。


(((カスミと同じ……!)))


 フレイの力、そして戦い方がカスミと同じものだと悟った次の瞬間、相手も動き出す。フレイは初撃が結果を残せたかなどは確認することもなく、続けざまに行動を起こしていた。彼は椅子を投げた後の姿勢をニュートラルに戻すと、すぐさま最も近くにいたレプトに接近する。フローリングの木目を裂くほどの力で床を蹴って動いたフレイは、そのまま躊躇いなく右腕を振り上げた。


(ヤベェッ……!)


 接近された瞬間に反応が間に合ったレプトは、一歩下がりながら腰の剣を抜き放ち、その刀身を横にして胴と頭を守る。腕力に任せたフレイの攻撃は真っ直ぐで、当たれば人の意識を刈り取れるであろう正中線に向かっていた。レプトの防御の勘は当たっていた。フレイの拳はそのまま速度を緩めることなく、吸い込まれるように剣へその衝撃を与える。

 だが、拳と剣が触れ合ったその瞬間だ。鈍い重低音が響き、レプトの四肢に尋常ではない膂力(りょりょく)が押し付けられる。


(くっ……なんつー馬鹿力だッ……!)


 鍔ぜり合えるような力量差ではなかった。レプトはそれをすぐに判断すると、刀身を支えていた両手に込める力の向きを変える。斜めになった剣は、レプトに対して真っ直ぐ進んでいたフレイの拳の力の方向をを斜め上方へと変化させた。


「う……ぐあッ!?」


 受け流すつもりだったのだろうレプトのその行動だったが、万事うまくいくことはなかった。フレイの並外れた攻撃力を一身に受けることこそ避けることは出来たが、上に変更した彼の腕力は、レプトの体に浮力となって襲い掛かる。瞬間、他と比べて軽いというわけでもないレプトの体が浮かび上がった。フレイの力を殺し切ることが出来なかった彼の体はそのまま後ろに吹っ飛んでいき、壁端の本棚に激しく打ち付けられる。


「かはっ」


 背中から強い衝撃を受けたレプトは一瞬の呼吸停止に見舞われる。まともな受け身を取ることの出来なかった彼は床に膝をつく。必死の思いで呼吸を整える彼の頭上には、追い打ちをかけるように数々の本が降り注いだ。


「だっ、大丈夫かッ!」


 レフィは戦闘行動の続行が厳しい状態になったレプトに心配の声を上げる。だが、彼女にも他人の心配をしているような隙はなかった。


「レフィ!」


 リュウに自分の名を呼ばれ、彼女はようやく気付く。レプトの防御を通してもあれほどの威力をほこった腕を持つフレイが、自分の前に立っていることに。自分の危機に気付いたレフィは咄嗟に自らの能力を行使しようと、右手に力を込める。だがその瞬間、レフィの頭にカスミの顔がよぎる。同時に、目の前の男が彼女の父であるということがレフィの頭を支配した。彼を火炎で攻撃したら、カスミはどう思うか、そういう危惧がレフィの脳内を通過し、彼女の動きを縛り付けた。


躊躇(ためら)うな!!」


 離れた位置からでも表情を見て分かったのか、リュウが大声を上げる。だが、遅かった。既に攻撃する構えでいたフレイの右拳は、剛力を携えてレフィの細い体へ向かっていた。

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