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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
シャルペス動乱編
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不出来な誘い

「手の込んだもてなしが出来てなくてすまない、何分ここじゃ客を迎えるなんてことはないものだから……」


 カスミの家は、通常の住宅といって差し支えない構造だった。玄関から入った入り口にはリビングとトイレ、そして別の部屋に繋がる扉が一枚あり、更に奥には二階への階段。カスミの両親と、その後ろに歩くカスミを前にしてリビングに連れられたレプト達が目に出来たのはそのくらいだったが、大きい違和感を覚えるようなものはない。

 リビングに入ると、奥側の本棚近くには背の低いテーブルの二辺を大小ひとつずつのソファで囲む席があり、逆側の台所の近くには人の腰ほどの高さのテーブルに三脚の椅子を備えた席があった。団欒(だんらん)用と食事用、それぞれのテーブルといった所だろう。レプト達五人をリビングに招き入れると、カスミの父はさっさと廊下に出ていき、手近な部屋から椅子を二脚持って来た。どうやら、背の高い椅子の用意が少ないらしい。父は小さく頭を下げると、ソファと椅子の方にそれぞれ座るようにレプト達に示した。


「別に全然いいけどよ」


 レフィは横に長いソファにメリーと隣になって座る。もう一つの小型のソファにはフェイが腰かけた。彼らはいずれも気を緩めず、台所側のテーブルに座ったカスミ達家族の方に目を向けている。それは彼ら三人と席を同じくするレプトとリュウも同じだった。


「狭くてごめんね。しっかし、改めて家と比べるとやっぱりあの車ってすごかったんだなって思うわ~」


 テーブル席の一番奥、主賓席、所謂お誕生日席に座っているカスミだけは、気楽そうに他の者達に向かっている。両親との再会の熱が冷め、先ほどに涙を見せた様子はもう影も残っていない。ただ、ある種の興奮状態であることは間違いないらしい。自分の家族と仲間が同席するという状況に、彼女はテンションが上がっているようだ。椅子の端から降ろした足が小さく前後に揺れている。ただ、そんな楽し気な空気を醸しているのは彼女だけだ。


「カスミ、お前は少し家の方を見て回ってきなさい」

「……えっ、なんで?」


 一人の少女以外が互いに警戒の目を向け合っている中、カスミの父親が急に娘に提案する。この場のあからさまな空気ですら気付かないほどに気が高まっていたカスミは、突然この場を離れろというようなことを言ってきた父に向かって首を傾げる。


「別にいいわよ後で。そんなのこれからいつでも見れるじゃん。それよりさ、こいつらホントに面白い奴らなのよ? マジで漫画で見るようなさ……」


 父の言葉に一瞬顔を曇らせたカスミだったが、彼女はすぐに気持ちを立て直す。だが、そんな彼女の首を再び抑えつけるように、今度は母が口を開く。


「ねえカスミ、私達、ちょっとこの人達と話したいことがあるの。だから……」

「……それって私がここにいちゃ駄目なことなの?」

「まあ……ちょっとそうなるかな」


 カスミはこれからの楽しい場に向けて上がっていた気分を無理矢理引きずりおろされ、久々の再会であったはずの両親の前で頬を膨らませる。母親は娘の不機嫌そうな顔に、少し引きつりながらも柔らかい笑顔を浮かべて言葉を返す。レプト達に向ける警戒や敵意があるのは間違いないが、同時にカスミに愛情を向けているのも確からしい。

 それを遠目で察したメリーは、これは機会だと両親の言葉をフォローする。


「私の方からも頼むよ。正直、こっちも話したいことがあるんだ」

「メリーまで? ……話したいことって何よ。それくらい聞かせてくれてもいいんじゃない。それも教えられないの?」

「教えられないわけじゃないさ。私達が聞きたいのはこの街についてなんだ。まあ何というか、若干普通とは違うみたいだから確認したいことが多くてな。でも、せっかくお前にとって嬉しい場なのに、あんまり不安を煽るようなことはしたくないんだ。まあ実際いてもらってもいいんだが……少しの気遣いみたいなもんだよ」


 メリーが何食わぬ顔で適当な言葉を並べ立てると、カスミは腕を組み、他の面々の顔を見る。レプト達仲間と、両親の顔。そのそれぞれが自分が以前まで想定していたようなプラスのものでないことを目に留めると、彼女は眉を寄せる。メリーの言うような危惧が本当にそれほどのものなのかと彼女は少しの間悩んだ様子を見せると、ため息を吐いて椅子から立ち上がった。


「……分かったわよ。お母さん達も、早く済ませてよ?」

「うん、分かってるわ」


 カスミの言葉に両親は頷いて見せる。メリーの助け舟に違和感を覚えながらも、自分達の娘をこの場から一度離したいという目的の方が優先らしい。カスミはその場にいる他の者達の思惑は知らないまま、未だ納得の出来ない所を残しているまごついた足取りでリビングを出ていくのだった。

 カスミが部屋を出ていき、扉が閉まりきる。ドアの閉まるガチャリという音を最後に、リビングには静寂が広がった。その場にある椅子の類がすべて埋まっているからか、カスミが座っていた主賓の席の空洞がやけに目立って見える。


「二人くらい、私について来てくれないかしら?」


 互いの腹も不透明な重い沈黙の中、口を開いたのはカスミの母ジアだった。彼女はソファに座っているフェイとメリーに目を向け、立ち上がる。その顔には、抑えようとしているのかすら分からない敵意があった。それを目で追いながら、フェイは座ったままで問う。


「話があるのなら、ここで、全員で話せばいいのでは?」

「見てもらいたいものがあるの」

「それでも変わらないでしょう。全員でついて行けば……」


 ジアの無理矢理な論調にフェイは抵抗する。この場を離れ、五人という態勢を崩すのが危ういと考えたのだろう。だが、そんな彼とは真反対なことをメリーが急に言い出す。


「いいだろう、フェイ。行くぞ」


 ジアの提案を承諾すると、メリーは立ち上がってフェイの傍まで歩み寄る。自分の危惧を思い切り踏み抜くようなことを言った彼女に、フェイは戸惑いの目線を投げながら囁き声で問う。


「明らかに何かある誘いだ。わざわざ乗る必要は……」

「いや……乗らなければ話が遅れるだけだ。それに、何かあってもお前といれば大丈夫だろ」

「…………」


 戸惑うフェイの手を掴んで立ち上がらせると、メリーは自分の隣に彼を並び立たせる。そして、出入り口の扉の脇で佇むジアに対し、頷いて示した。


「さあ、さっきもカスミに言った通り、早く済ませよう」

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