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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
エルフの里と臆病な灯
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謎の建物

 三人は暗く足元のおぼつかない森をしばらく歩き、話に出ていた建物を目にハッキリと捉えることができる距離まで辿り着いた。

 その建物はレプトの話にあった通り木材ではなく、表面が白色の真っ平らな建材で造られていた。コンクリートか何かの壁を白に塗装した物だろう。四方は数十メートルほどあり、高さは三階から四階分ほどある少し大きめな建物だ。所々に備えられている窓からは全く光が漏れていない。今現在、人が中で活動してはいないということだろう。


「変なにおいがするな……」

「そうね、何かしら」


 建物に近付いてから、三人は鼻に引っかかる何かの弱い匂いに顔をしかめていた。レプトとカスミがそれについて言及すると、ジンは訝しげに眉を寄せて言う。


「恐らくだが、何かの焦げた匂いだろう。暗くて周りの様子を見ることができないから断言はできないが、匂いが弱い。事が起こってしばらく時間が経っているようだ」


 森林の中に一軒建っている異質な建物。加えて、その周囲には謎の焦げた匂い。三人のいる建物は不自然なことだらけだ。危険か安全かの判断すらまともにできないほど、一つ一つの情報が散らばっている。その奇妙さが、暗闇の森の中にひっそりと立つその建物に不気味さを与えていた。

 三人が建物を外から観察している内に、一番目の効くレプトが不意に建物の出入り口を目に留める。無機質な鉄製のドアだ。中に入る経路を発見した彼は両脇の二人に提案する。


「とにかく入ってみよう。中に危険があったとしても、俺達なら大方のことなら大丈夫だろうしな。それに、野外よりも屋内で寝る方が安全なはずだ。人がいれば泊めてくれるよう頼めばいいし、いなけりゃ勝手に借りるってことにしよう」


 レプトの提案にカスミとジンは頷く。

 考えを一つにした彼らは、すぐに建物の入り口へ近づく。先頭は歩く時と変わらずレプトのままだ。彼は入り口のドアのすぐ前に立つと、ゆっくりとノブに手をかける。


「開けるぜ」


 最低限の警戒を呼び掛けようと後ろの二人に声をかけ、音を立てずにノブを下ろし、押す。ドアには鍵がかかっておらず、扉は呆気なく開いた。

 扉の奥は暗闇に包まれていた。月の光を僅かでも受けている外とは異なり、建物の内側は光が全く入らないため、一寸先すら見えない闇がそこには広がっている。レプト達はその闇の中へと踏み出し、建物内部の固い床を踏んだ。

 その時だ。三人が揃って建物の中に入り、扉を閉じた途端、周囲がパッと白い光に包まれる。あまりに急な出来事に、思わず三人は目を腕で覆って声を上げる。


「急に何?」


 驚いた感情をそのまま口にしながら、カスミは恐る恐る目を開いて周囲を見渡す。辺りは白いタイルと薄い青のタイルが敷き詰められた床の廊下だった。壁は一面が灰色になっており、全体的に無機質な色が基調となっている内装のようだ。その内装を照らしているのは天井に規則的に配置してある蛍光灯だ。先ほど三人の目を眩ませたのは、この蛍光灯が急に付いたためだろう。

 カスミより一足遅く目を開いたジンとレプトは、彼女に倣うように周りを見ながら言う。


「何かしらのセンサーで勝手に電気がついたんだろう。相変わらず人の気配はしないが、電気は残っているようだな」

「しっかし入って急に廊下って、変な建物だな」


 レプトは辺りの様子を見て眉を寄せる。

 三人が入ってきた場所は間違いなく廊下だった。入り口から入って正面と右手の二方向に伸びる廊下だ。壁にはある程度の間を置いて扉が備えられている。


「この扉は通常の出入り口としては使っていなかったんだろう。とりあえず、近場から虱潰しに見て回る。俺が先頭を行くからついてこい」


 ジンは二方向に伸びる廊下に目を配りながら、まず前方に進んでいく。レプトとカスミはそれについていった。

 間もなく、一番近くにある扉にたどり着く。その扉は三人がこの建物に入ってきた出入り口と同じように鉄のドアであった。ジンはそれを素早く開き、中に一歩だけ踏み込む。部屋は暗闇に包まれていたが、建物に入った時と同様、ジンが半身を部屋に入れると灯りが点灯した。

 部屋の中には簡素な二段ベッドが二台、壁に沿うように置かれていた。その脇には小さなテーブルや人の背ほどの高さの棚が設置されている。現在は人がいる気配はない。


「集団用の簡易的な宿舎……ここも人はいないか」


 寝室と思しき場所にも人がいないことを知ると、ジンは後ろの二人を振り返って言う。


「レプト、カスミ、お前達はここで休んでいろ。あとは俺が見てくる」

「え、なんでだよ」


 ジンの一人で建物を見て回るという言葉にレプトは疑問を示す。同じようにカスミも首を傾げていた。そんな二人にジンは落ち着いた調子で説明する。


「建物に入っても人の気配を全く感じない。加えて、センサーで点灯する明かりがあるのにも関わらず外から見た時は光が全く漏れていなかった。恐らくこの建物の中には人間はおろか生き物もいないだろう。つまり、大きい危険はない。なら、別に全員で歩く必要もないということだ」


 ジンはそこまで言うと一旦言葉を区切り、そしてカスミの方を見る。


「それに、お前達も今日は色々あって疲れているだろう。特にカスミはフェイ達と戦うのも初めてだったし、街を出て以降も休んでいない。さっさと休むべきだ」


 ジンが二人に休めと言ったのは気遣いからであった。前半部分のこの建物にはもう危険がなさそうだというのも一つの理由ではあるだろうが、配慮による部分が大きいのも確かだろう。

 しかし、カスミはジンの言葉にすぐは頷かず、彼の提案を否定する。


「別にこの建物を見て回るくらいなら大丈夫よ。それに、めちゃくちゃ疲れてるって訳でもないし……」

「駄目だ。動きっぱなしでそう感じているのかもしれないが、本人が自覚していなくても疲れは溜まってくる。適度に休んでおいた方がいい」


 ジンは譲る気はないという断固とした口調でカスミの言葉を遮った。自分の意見を真っ向から否定されたカスミは不快そうに眉を寄せ、言葉を貯めて言い返そうとした。だが、そんな二人の間にレプトが割って入る。


「まあまあ落ち着けよ。カスミ、ここは甘えておこうぜ」

「はぁ? アンタもそっち側?」


 レプトが自分ではなくジン寄りの意見を持っていると知ったカスミは明確にイラついた声を上げた。そんな彼女をレプトは軽い調子の言葉で押さえる。


「悪いな。でもジンが言った通り、俺もここに危険はないと思う。あんまり気を張りすぎるのもよくないぜ? それに、悪気があってああ言ってるわけじゃないしよ」


 レプトに諭されて、カスミは上がりかけた息を落ち着ける。だが、彼女は眉間にしわを寄せたまま、鼻を鳴らして二人に顔を合わせないように部屋の奥へと入っていった。レプトはそんな彼女の背を見送って、次にジンの方を見る。そして、声を出さないように表情だけで笑った。


「じゃあ、頼むぜ」

「ああ、すぐ戻ってくる」


 一言ずつ交わして、レプトは部屋の方へ、ジンは廊下の方へと向かい離れていく。


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