二人の行方
「何をそんな不安そうにしてるんだ」
「……鵺か。その通りだぜ、だから一人にしてくれよ」
鵺は外のエレベーターの入り口に背を預けるようにして煙草を吸っていたテリーに声をかける。エレベーターの駆動の振動や音から誰かが来ていることを予想していたテリーは、鵺の方に視線を返すことはしない。彼は煙草を口に咥えたまま、煙を灰に吸い込んで胸に詰まった不安と混じらせる。そんなテリーを前に、鵺は見透かしたように目を細めて言う。
「昨日に連れていた奇妙な子供、あいつが関係しているのか」
「……! お前さん、見てたのかよ」
「連れ立ってる奴が通りがかったら、そりゃあ目にもつく」
自分の不安の根源が知られていたことに、テリーは目を見開いて驚く。ただ、バレていて後ろめたいことなどないのだろう。驚きこそしたものの、テリーは後ろめたそうにすることはなく、煙草を口から離してスラスラと話し始める。
「頭と心が二つある妙な奴だった。この街に来て、お前達と別れてからすぐに会ったんだがよ。あんなんじゃ周りから気味悪がられる。どころか、クソな連中に目を付けられることすら……。だから、身寄りを見つけようとしたんだ。なきゃあ、ついてこさせるか、ウチで引き取るつもりだった」
「だった……というのは、どういうことだ?」
話を過去形で結んだテリーに鵺は疑問の言葉をかける。だが、その彼の目にある疑念は薄い。寧ろ彼の目にあるのは、悪人を問い詰める時に含むような緊張だった。煙草を吸いながら話すテリーの目には写らない。彼は煙草を挟んだ手で頭を抱えると、心底から漏れる自責の念から地団太を踏んだ。
「消えてやがったんだ! 振り向いた時には、いなかった。畜生……娘の面倒見てガキはそういうことあるって分かってたのに……知り合いに声かけて近く探しても、見つからねえしよぉ」
テリーは吸いかけの煙草を投げ捨てると、背にした壁にずるようにして地面に座り込む。彼はそのまま、紙をクシャクシャにしたかのような歪んだ顔で弱々しく自分を責め続けた。
「浮かれてたんだ。いいことした気になって……クソ。あいつら、二人じゃとても生きていけねえのに……蔑ろにしちまった」
鵺は、目の前の子供を救えなかったことで自分を責めるテリーを見下ろしていた。彼の自責は本物だ。ただ通りがかっただけという子供のために、本当に心を痛めている。そんな彼の姿勢か、あるいはこれまでの言葉を聞いてか、鵺は安堵したように息を吐く。そして鵺はテリーの肩に手を置くと、彼が心配する二人の子供について話し始めた。
「ライノとスタグ。小生意気な奴と、弱気で真面目な奴の二人、そうだろ?」
「……お前さん、なんでそれを」
鵺が知り得るはずのない情報を話し出したのを耳にすると、テリーは目を丸くして彼のことを見上げる。鵺は腕を組んで壁に背を預け、何でもない風で続けた。
「偶然、お前からあいつらが離れた時に見かけたんだ。それで、こっちで手段を探した。ここには顔見知りの奴がいたから、俺達の危険な旅についてこさせるより、そこで面倒を見させることにした」
「…………お、おい。じゃあよ、俺とあいつらが知り合ってるって知ってて、どうしてそれを言ってくれなかったんだよッ!? つか、離れてるの見かけた初めに声かけりゃよかった話じゃねえか!」
テリーは鵺の言葉を聞くと、一瞬安堵の表情を浮かべるが、それと同時に疑いの顔を浮かべる。連れ立つ間柄であり、テリーと二人が知り合いであろうことを知っていたのなら話すべきだ。それをわざわざ今まで隠していたという所に、テリーは疑念を覚えたのだろう。それに対し、鵺は銀の髪に指を絡ませながら答える。
「あいつら、走って離れてったんだよ。元の場所に戻ったらお前はいないし、こっちで済ますしかないと思ったんだ」
「……つっても今朝か、昨日の夜に話してくれりゃあよぉ」
「俺にはこの街で他に用があった。それを済まして、合流したのは今朝だろ。それに、お前は朝からずっと不機嫌だった。お前の癇癪に他を巻き込ませるのは悪いから一人になる隙をうかがって、今がそれだった」
「…………」
鵺の説明は一応の筋が通っていた。テリーは彼の言葉を頭で咀嚼すると、不服そうな表情と不安を段々と薄めていく。彼は昨夜、二人を探そうと奮闘していたために夜遅くにフロウ達に合流した。その時鵺が用でいなかったこと、今朝に合流したこと、それらを合わせて鵺の言葉が真実だと結論付けると、テリーは自分の頭を自分の拳で小突く。
「クソッ……俺はホントに馬鹿だな。鵺、ケツ拭いてくれてありがとうよ」
自分の不行き届きを責めるのと同時に、テリーは立ち上がり、鵺に礼を言う。その礼には面倒をかけた申し訳なさと、不足を補ってくれたことに対する感謝のどちらもが含まれていた。そんな素直なテリーの礼に対し、鵺は目を逸らして返す。
「……別に。当然のことをしたまでだ」
「当然かどうかは重要じゃねえだろ。お前はガキ二人のことを助けたんだ。へっ、何も話さねえ仏頂面野郎だと思ってたら、いい所あるじゃねえか」
「っ……チッ」
テリーがどう鵺のことを見ていたか、口を滑らせたのを聞くと鵺は顔をしかめて舌打ちをする。彼はそのまま懐に両手を突っ込んでテリーに背を向けると、エレベーターの方へと向かっていく。そんな鵺の様子を見たテリーはようやく自分が失態を犯したのに気付き、ヘラヘラとした声を上げながらその背について行った。
「……あ、おい悪かったって。その……アレだよッ! 謎が多くて魅力的だって思ってたんだ、な?」
「気にしてないから黙ってろ」
「へ、へへ……ワリィね」
わざと距離を取るように早足で動く鵺に、テリーは申し訳なさそうに身を小さくしながらついて行く。そんな彼を無視しながら、鵺はすぐにニックの家に繋がるエレベーターの前にまで辿り着くと、操作盤の前で立ち止まった。そして、下の階のフロウ達と合流しようとエレベーターを上に持ってこさせようとする。
だが、その時だ。
「あっ」
「……ん、おい。どしたよ鵺」
「…………」
鵺はエレベーターの操作盤の前で頭を抱え、らしくもない弱った声を上げて項垂れた。
「暗証番号、聞いてなかった」




