予感
「来ないでよかったのか?」
「んあ、フェイ……君こそ、もういいの?」
カスミの別れに際した会に出席せず、一人別の階で作業に勤しんでいたニックの元にフェイが訪れる。パソコンの前に一人で座っていたニックは後ろから声をかけてきたフェイを振り返り、くるりと椅子を回して体を彼に向ける。
「俺はあいつと長い付き合いなわけじゃない。別れに時間が使えるんなら、大切に思ってる奴に時間を分けるべきだ」
「そう。フェイは昔っから堅いよねぇ」
「お前の方こそ、カスミを助けてやったんだし、あの場にいても良かったんじゃないか?」
「いや流石に……。図太いってよく言われるけど、いづらさは感じるよ。あんな仲良しに割って入るのはね」
カスミ達の送別会に居ればよかったのにという言葉に、ニックは苦笑いを浮かべて首を横に振る。カスミが故郷へ帰る手段を探す一助になったとはいえ、あそこまで仲の深い者達の間に入る気にはなれなかったのだろう。彼女にめでたい席に就けなかったことを後悔している素振りはない。ニックはフェイを迎えるだけ迎えると、再びパソコンの方へと顔を戻し、そのまま話す。
「そうそう。荷物を運ぶっていうのにあの車でいくと流石に怪しまれそうだから、丁度よさそうなトラックを用意しといたよ。明日それでシャルペスに行ってきな」
「……ニック、お前本当に何でもできるんだな」
「まあ、この街が私に合ってるみたいでさ。すごく順風満帆なんだよね。お金もあるし、顔も広いし、何でもできる気分さ」
「ふっ……心配いらないみたいで何よりだ」
久方ぶりに再会したとはいえ、フェイとメリーは再び旅に出ることになる。カスミをシャルペスに送り届けた後、車を取りに戻る際にメニカルに寄りはするだろうが、長居はしないだろう。再び離れることになるニックが、他の助けなく成功しているのを見てフェイは安心したようにテーブルに腰を預ける。
「そういえば……しばらく連絡を取ってないが、レインは今どうしてるんだ?」
「ああ、あいつ? 今も超遺物の研究やってるよ。何でも、精神移送なんたら……みたいなのの復元を頑張ってるって。確かに出来たらすごいんだろうけど、どうかな。ただでさえ超遺物の復元は大変なのに、あいつは一人でやってるから」
「……お前達の話を聞いていつも思うんだが」
「ん~?」
どこか頼りないフェイの声を耳にすると、ニックはパソコンの画面から目を外し、隣のフェイの顔を見上げる。すると、彼は大きいため息を吐いて自分の腕を抱き寄せていた。何か傷心することでもあったのか、俯いている。
「何というか、俺以外はすごい奴ら、だよな。メリーは医術にも覚えがあるし、今こそやめてるがエボルブで成功しそうだったし、ニックは今日みたいな状況にすぐ対処できる人脈も金もある。ここも、あの便利な車もつくれるしな。それにレインは超遺物の復元を一人で……はぁ、俺って才能ないのかな」
「え………………ぶふッ!?」
フェイが憂いていたのは、よくつるむ才気に満ち溢れた友人達の中でも自分は平凡なのではないか、ということであった。その、言ってしまえば下らない悩みを聞いたニックは、顔を赤くして勢い良く噴き出す。
「うははッ!! ふぇ、フェイでも、そ……そんなこと、思うんだね……フクッ……!」
「お、おい。何笑ってるんだ!」
「笑わない方が無理だってぇ……ウヒヒ……」
ニックは呼吸まで困難になってきたのか、腹を抱えて肩を大きく上下させている。フェイの言葉が愉快で仕方なかったのだろう。バンバンと笑気の向くままにテーブルを手で叩いてる。そんなニックのことを見たフェイは、顔を赤くしてその横顔を睨む。
「笑うな……。その、あん中じゃ俺だけ男だったし、そういうのでも……ちょっと気にしてるんだよ」
「う、ウフフ……く。はぁ……ホント面白いなぁフェイは」
笑いの勢いがようやく収まってきたのか、ニックは顔を上げる。ひどく笑ったせいで滲んできた涙を拭いながら、ニックは首を傾けてフェイを下から見上げた。
「才能なんてどうだっていいよ。私達はフェイに助けられてる。それに、君にも才能はあるよ。それは……」
いたずらっぽい笑みを浮かべ、ニックはフェイをからかう。
「才能ある女の子に好かれる、って才能かな」
「…………やめろ、洒落にならない」
直前まで顔を赤くしていたフェイだったが、ニックのそのからかいを受けると、彼は急にスンと平静の顔に戻る。どうも冗談では済ませない話だったらしい。そんな反応を見たニックは、二ッと歯を見せて笑い、椅子の向きをテーブルに戻す。
「ははっ……フェイは清潔だね。分かってるよ。私も応援してるから」
「……ありがとな」
話に一段落がつくと、フェイもニックに背を向ける。
「もう寝るの?」
「ああ、疲れたってワケじゃないんだが……」
フェイは誘われるように天井に顔を向け、両の懐に手を突っ込む。彼は袖に仕込んだ鎖の加減を確かめながら、胸に走る小さな予感を呟くようにして漏らすのだった。
「明日からは長くなりそうな気がする」




