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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
純愛のユーフォルビアと夢のイントロダクション
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ミリィ

 淡い紅色の髪をボリュームのある三つ編みにし、顔の両脇に垂らした少女。彼女は透き通った青の瞳を夜空のように輝かせ、リュウの手を取って立ちあがる。危機から助けられると、彼女は先ほどまで恐怖にすくんでいたのが嘘のようにしっかりと地に足をつけ、リュウの顔を見上げてどもりながら声をかける。


「あっ、ああ、あのぉッ!」

「……うん」

「ありっ、がとうございます、助けてくれ、て。そ、そのぉ……私、ミリィっていいます」

「そう、達者でね」

「えっ」


 窮地を助けてくれた顔の良い異性を前に少女ミリィは胸を高鳴らせ、緊張しながらもその後の関係をどう築こうかと頑張って口を回そうとする。だが、リュウはミリィの期待の一切を眼中に収めず、サッと手を離すと彼女に背を向けた。頬を赤く染めて両手の指を合わせていたミリィは急な事態の急変に足元の地面が崩れたかのような不安の表情を浮かべ、リュウの背を追う。


「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!」

「ん、どうしたの?」

「い、いえっその……え、えへ……名前、聞いてもいいですか?」

「……リュウだよ」

「リュウ様ッ……!」


 自分を白馬の王子のように颯爽と助けてくれたリュウの名を聞き、ミリィは胸に手を置いてその大きすぎる感激を抑えようとする。

 ミリィはリュウに惚れている。一目惚れだ。男達に襲われていた所を助けられたという状況付加も相まって、彼女の中ではリュウという男が絶対的位置に置かれていた。ミリィの人生の中で他人に助けられるという経験が無いに等しかったのもあり、彼女はリュウという人間に心の底から惹かれてしまっていた。人に好意を持ったのが初めてのためか、それを隠す術も知らず、彼女は顔を赤くしてリュウの前でもじもじと体をくねらせる。そんな彼女を前に、リュウはどうしたものかと首をひねった。


「おいリュウ、どうしたんだ?」

「ああ、レプト。ちょっと厄介なことに……」


 通りの方でリュウを待っていたレプトは、仲間が来ないのを気にして路地に入ってくる。それに対し、リュウは首を小さく振ってミリィのことを示し、首をすくめた。どうやら彼女の好意には気付いているらしい。面倒そうな顔をしてため息を吐いている。


「あの、そちらの方はお友達ですか?」


 リュウが自分の想いに気付いていることなどいざ知らず、ミリィは好意を向ける男と親しげに話すレプトに目を向けた。意中の相手と直接話すよりは幾分楽そうだ。だが、その分かりやすいリュウへの好意はハッキリとレプトにも伝わる。彼女とリュウがどういう立ち位置にあるか、互いにどう思ってるのかを二人の言葉から何となく感じ取ったレプトは、頭を掻きながら間を持つ言葉を探す。


「そんなもんだよ、レプトってんだ。お前、さっき襲われてたけど怪我はないか?」

「はいっ、レプトさんと……その、リュウ様のおかげで助かりました」

「なら……よかったぜ。様、ね」


 他人に様をつけて呼ぶ人間を久しぶりに目にし、レプトは興味深そうにミリィとリュウのことを見比べる。そんな中、ミリィは自分より少し背が高く、フードを被っているレプトの顔をそれとなく覗き込んだ。その時、彼女の目にはレプトの半人半獣の顔が映る。


「あっ……」

「っ! ……見えたか?」


 ミリィが口を開いて少し後退ったのを目にすると、レプトは状況を察し、フードを摘まんで深くかぶる。同時にミリィの方も、他人のプライバシーを踏んでしまったかもしれないと、胸の高鳴りよりも申し訳なさを表情に浮かべる。彼女はチラとレプトの方を見ながら、謝罪をするより自分の素直な感想を語ることを選んだ。


「はい、不思議なお顔をしてるんですね。今まで見たことなかったので、少し驚いちゃいました」

「不思議、か。気味悪がられることはあっても、そんな風に言われたことなかったな」

「気味悪いだなんてそんな! すっごくチャーミングです」

「えっ? ちゃ、ちゃーみんぐ?」


 ミリィはレプトの顔をチャーミングだと表現し、彼の顔を覗き込む。これまで一度も言われたことのない感想を言われたレプトは思わず、気遣いなのではないかとミリィの顔を疑いの目で見る。だが、彼女の目に嘘の色はない。どころか、今も彼女はレプトの顔を興味深そうに見つめていた。向けられたことのないような目線を向けられ、レプトは反射的に顔を隠してしまう。


「面白い見方をするんだね、君は」


 レプトが恥ずかしそうに顔を隠すのを見たリュウは、彼にそんな表情をさせるミリィに興味を向ける。ミリィはというと、リュウに注意を向けられているのがこの上なく嬉しいのか、口角を柔らかく崩して笑う。


「え、へへ……その、リュウ様達は普段何をしてるんですか?」

「旅をしてるよ。この街に寄ったのも用事があってのことでね」

「そう、だったんですね。……その、もしお邪魔じゃなければ、ついて……」


 ミリィは今この場での談笑だけで諦めることなく、その後の関係を築くために踏み込もうとする。だが、リュウは彼女の表情と言葉からその先の内容を察したのか、浮かべていた笑みを消し、冷めた顔をミリィに向ける。


「いや、無理だ」

「あっ……」

「ついていきたいとか言うつもりだったんだろうけど、君みたいにか弱い子を連れていくことは出来ないよ。僕達がしてるのは危険を伴う旅だからね。それに……君には家族がいるんじゃないのかい? 生活に困ってそうな感じでもないし、待ってる家族がいるんだから帰りなよ」


 リュウはミリィのことを頭から足まで見つめ、その状態を確認する。彼女は汚れのない綺麗な白いブラウスと藍色のスカートを身に纏っていた。靴は履き潰れている様子はなく、肩にかけている鞄も、多少の劣化は認められるが、貧困からずっと同じものを使っていた、というようなことでもないだろう。

 リュウはミリィの身辺の状況を粗く推察すると、少し突き放すような言葉を選んだ。彼なりの誠意さなのだろう。だが、ミリィはリュウのその言葉を受けると、直前まで輝かせていた表情を急に暗くし、目線を地面に向けた。


「誰も待ってない……」


 鞄を力なく握りしめながら、ミリィはポツリと呟く。その内容はレプトとリュウの耳には入らなかったが、その様子が只ならぬものであることは理解できた。それを察したレプトは、隣のリュウの肩を小突く。


「なあ……」

「駄目だよ。さあ、行こう。レフィ達が待ってる」


 レプトの声掛けを一蹴し、リュウはさっさとミリィに背を向け、路地を抜ける。助けたと言えば助けたのだが、好意を蔑ろにするのはいいのだろうかとレプトは次の行動の選択を迷う。その結果、彼は仲間のリュウのことを信頼し、彼の背について行くことにした。リュウの言葉を受けたのを最後に黙ったままのミリィに「元気でな」と言い残し、レプトはリュウの後に走ってついていく。


「おい、リュウ!」


 通りに出てリュウに並ぶと、レプトはその肩を叩いて振り向かせる。そのまま彼は責めるとまではいかないまでも、リュウに物申すような形で問う。


「なあ、あいつのこと、連れていっても良かったんじゃねえか? なんか、少し訳アリそうだったしよぉ……それに、どう見てもお前の事……」

「そうやって何も考えずに誰でも連れてってると、余計な危険に晒しちゃうかもしれないでしょ」


 レプトの問いに対し、リュウは顔を一度だけ合わせると、再び歩みを再開させながら何故ミリィの同行を拒否したのかを話す。


「見た感じ、彼女には戦い慣れてる様子がない。ていうかそうだったら、あんな雑魚達に襲われても一人で解決できる。あんな状況も一人で何とか出来ないなら、僕達の旅についてくるのは危険だ」

「まあ、そうだけどよ」

「……これまではジンがその辺の判断をしてたのかもしれないけど、彼がいない今、それは僕とかフェイがすることになる。今の君みたいに、考え無しに引き連れてちゃあ無駄な危険を招くことになるからね」

「うっ……そこまで言わなくたっていいだろーよぉ」


 強めの言葉で注意を促すリュウに、レプトは反省するのと同時に口をとがらせて彼に文句を言う。それに対し、リュウは軽く笑って受け流し、レプトと並んで歩く。彼にとっては、ミリィのような少女に好意を向けられることは大したイベントではなかったらしい。何事も無かったかのように、彼らはメニカルの街の往来に戻るのだった。

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