メリーの秘密
「……答えられない」
ニックの問いに、メリーはその場にいる二人とは顔が合わないように背を向けて答えた。一人立ちあがって背を見せる彼女の表情は、後ろの二人からは読み取れない。しかし、旧知の仲である彼らにはメリーのその姿勢が何を示しているのか、何となく分かった。それを知った上で、フェイはニックに告げる。
「ニック。メリーにはそれを聞かないでやってくれ」
「……どうして?」
「約束なんだ」
「…………はぁ」
ニックはフェイの言葉を受けると、大きくため息を吐き、床を蹴ってニックとフェイから顔を背ける。そのまま、向き合った机の引き出しをガチャガチャと引いたり閉じたりを繰り返しながら、ニックは後ろのメリーに言う。
「約束だか何だか知らないけどさ~……アレでしょ? 二年前にしたヤツ。えっと……」
「やるべきことが済むまで、俺達には頼らない、だ」
「それそれ~。あ、あったあった」
引き出しの中から何かを見つけたらしいニックは、それを取り出して改めて確認する。彼女が手に取ったのは、一枚の写真だ。いつかにフェイが懐に仕舞っていたものと同じ、今ここにいる三人と、もう一人の女性が写り込んでいる一枚。それをチラと目の端に捉えると、ニックは一つ小さく息を吐く。
「じゃあ聞かない。ただ、一言だけ言っておくよ」
四人でいる写真を机に置き、お互いに背を向けたまま、ニックは告げる。
「メリーが約束を果たすことより、私としては四人で仲良くしてる方が価値があると思ってる。だから、そんなものはいつだって破っていいし、いつでも頼っていいからね」
フェイが過去に口にしたことと同じように、ニックもメリーに寄り添う選択を取る。強く振り返らせることはせず、あくまで彼女の選択を待つと言ったのだ。その言葉に、メリーは肩を小さく震わせる。彼女はその震えのまま、二人のいる方へと振り返ろうとした。
だが、彼女は二の足を踏んだ。
「……外の空気を、吸ってくるよ」
そう口にすると、メリーはぎこちない足取りでエレベーターの方へと向かっていく。後ろから見える彼女の手は固く握られていた。フェイは自分からゆっくり離れていくメリーの様子を、エレベーターに入るまで見送った。扉が閉じても、彼はガラス奥に見える彼女から目を離さずにいる。だが、エレベーターの中にいるメリーはずっと俯いたままだった。
メリーが作業場から消えると、ニックはゆるりとフェイの方を振り返る。彼は、呆然とした様子でエレベーターの方に顔を向けていた。
「まったく自己中だなぁ、メリーは。こっちがどんな気でいるのかも知らないで」
「……うん」
「こっちから強引に引いてやってもいいけど、それは私がやることじゃないしね」
「そうだな。もし、そうするとしたら……」
フェイは前のめりになり、肘を膝にのせて手を組む。指を合わせて組まれた手は固く握られ、ハッキリと中の骨の形が分かるほどだ。椅子をくるりと回して振り返ったニックはそれを目の端に入れると、呆れたように小さいため息を吐く。
「フェイもメリーも、前はもっとお互いに素直だったと思うけどなぁ。無理しなくてもいいんじゃない?」
「……無理できなくなったら、その時は自分からいくさ」
「そっか。……メリーには二年間何してたかって言わせられないけどさ」
真面目に語り合うのが限界になってきたのか、ニックは口角を釣り上げ、いやらしい笑みを浮かべながら人差し指を立てる。
「こっちから暴きにいくのは、問題ないかな?」
「……いや駄目だろ、何言ってるんだお前は」
「えぇ~いいじゃん。さっきフェイも無理できなくなったら~って言ってたし……じゃ、その時のためにヒントを出しておくよ」
「ヒント?」
「そそ。助けるって言ったって、メリーが何で悩んでるのか、分からなくっちゃ助けられないでしょ」
ニックは楽し気に椅子から立ち上がると、スキップを踏みながら手近な棚に近付いていく。フェイは彼女の背を面倒そうに見つめながらも、同様に立ち上がり、彼女の後に続いた。ニックは棚の前に立つと、一冊のファイルを取り出し、フェイに差し出した。
「これは?」
「二年前、メリーにつくってくれって頼まれたアジトとか、上にある車とかの設計図だよ」
「……頼らないんじゃなかったのか?」
「さあ? 前段階の準備だったんじゃない?」
メリーはフェイ達の前から姿を消す前、ニックにアジトや車の設計を頼み込んだらしい。その事実に驚きながら、フェイはファイルを受け取り、パラパラと中身を見渡していく。そんな彼に、ニックが分かりやすくメリーに頼まれた内容を語る。
「頼まれたのは、この国の至る所に生活と薬品をつくるのに困らないアジトをつくること。それと、あの車ね。どっちもよくできてるでしょ?」
「ああ……。アジトはチラッとだから、ほとんど車の方しか見てないが、長期的な旅を前提にしたものだよな」
「そう。それが一つ目のヒントかな。メリーは二年前から、あの車とアジトを使って国中を旅するつもりだったのかも。それと、二つ目」
ニックは右手の人差し指に次いで中指を立てると、フェイの横に立ってファイルのページをペラペラとめくる。そうしながら、彼女は複数ページのある一部分に指をさしながら説明を続ける。
「車もアジトも、どれも三人用なんだよ。メリーの旅に加わるのは、どうやら二人の予定だったみたい」
「……そういえばそうだ。あの車にはベッドが三台……ちょうど今は女子が三人いるからそっちが使ってたな」
「うん。フェイ達は今六人だから、ちょっと窮屈かもね。それと、三つ目。これは一番重要かな」
ニックはフェイからファイルを取り上げ、棚に戻す。どうやらもう構造面でのアドバイスはないようだ。
「もし、本当にメリーを助けたくて、あいつの秘密を暴きたくなったら……最後の手段だと思って」
「何だよ、勿体ぶるな……」
ここまで饒舌に語ってきたニックが少し言い淀んだのを見て、フェイは何事かと身構える。ニックは真剣な顔でフェイに向き直り、五本の指を立ててこう告げた。
「メリーをあの車から五日間締め出して。野宿でもなんでもさせて追い出すんだ」
「……はっ?」
「え、聞こえなかった? だから……」
これまでの二つとは違った漠然とした指示に、フェイは目を丸くして素っ頓狂な声を上げる。それを耳が塞がっていたのかと思ったニックは、大声でもう一度同じことを口にしようとした。だが、それは目の前のフェイの怒声によって遮られる。
「有り得ないッ!」
「うわっ……急に何?」
「メリーを野宿させるなんて絶対に有り得ない。それに、追い出すだって? そんなことできるわけないだろッ!」
「……い、いやそうじゃなくてさ。真面目な話で……」
どうやらフェイは、メリーをぞんざいに扱え、とも取れるニックの要請に腹を立てたらしい。その様子にニックは面食らいながらも、冷静に彼を落ち着かせようとする。だが、フェイの怒りは止まらない。彼は正面から向き合っていたニックからぷいと顔を背け、さっさとエレベーターの方へと早足に向かっていった。
「お前がそんなことを言うとは思ってなかった! ベッドが足りなくても野宿させるのはレプトとかカスミ辺りだ。……見損なったぞ」
「いや年下を弾こうとするフェイも……ああ、行っちゃったよ」
吐き捨てるように言いたいことだけ言い、フェイはエレベーターに乗って姿を消した。そんな彼を見て思わずニックは呆れの声を漏らす。急にこんなに怒られるとは思っていなかったのだろう。言葉を選ぶ順番を誤ったと、ニックは自分の額をデコピンする。しかし、驚きはしながらもフェイに怒鳴られたニックはどこか満足げな笑みを浮かべた。
「なんか、変わってないみたいで安心したな」
独り言を呟きながら、彼女は誘われるように机の方に戻っていった。机には、先ほど彼女が取り出した写真が置かれたままだ。写真に閉じ込められた一瞬の中には四人が肩を組んでいる。顔を赤くしながらも笑っているメリーと、彼女の隣で肩を組むフェイ、両脇にいるニックとレインが中心の二人をくっつけるように詰めていた。皆、少し色は違うが満面の笑みだった。




