魔女の隠れ家
「家……これが?」
車での移動を終え、徒歩で少し移動した先にニックが家と呼ぶものはあった。しかし、そのあまりに他のものと違いすぎる見た目や欠損した機能を見て、レプト達は呆気にとられる。
ニックが案内した先は路地を少し行った場所で、そこにあったのは一つのエレベーターだった。しかも、ただのエレベーターではない。通常エレベーターとは建物内やその外壁に備えられ、その中の上下移動を基本の役割とするものだ。しかし、一行の目の前にあったのはそういう用途のものではない。一般の建物が建ち並ぶ区画の一坪に、ちょこんとエレベーターだけがあるのだ。周囲を高い建物で覆われている場所にスペースを取ってエレベーターだけがある光景は、レプト達の目には異様に映った。
「まあまあ、そう早とちりしないでよ」
先頭を行くニックは後ろのレプトに笑いながらそう言い、目の前のエレベーターに向かって歩いて向かっていく。彼女が向かったのは扉のすぐ隣にある操作盤だ。ニックが液晶のそれを数度タップすると、横のエレベーターが小さい駆動音を立てて扉を開く。中は無機質だが小綺麗な内装だ。
「さ、乗って。私の家はこの下にあるんだ」
人が十人くらいは入れるであろう広さのエレベーターにニックがスキップしながら入っていく。どうやら旧友とその仲間達を招待出来ることを嬉しく思っているらしい。車を降りてからというもの、彼女の顔からは笑みが絶えなかった。そんなテンションの高いニックを見て、期待よりも不安を感じながら一行はエレベーターに搭乗する。
皆が乗ったことを確認すると、ニックはエレベーター内にある閉のボタンを押し、次いでその下にあるボタンを押した。後ろから様子をうかがってみると、ボタンには開閉の他に1,2,3があり、これから向かう場所が三階の構造をしているらしいことが分かる。
ニックの操作から数秒待つと、エレベーターが動き始める。向かう先は下方だ。ただ移動を待つだけの状況だったが、リュウは駆動に合わせてやってきた揺れに驚き、地面に屈んで大げさにその体幹を維持しようとする。
「な、何この揺れ……」
「あっはは! エレベーターでそんな反応する子初めて見たよ。君、もしかして田舎から来たの?」
「恥ずかしながら……」
「じゃ、これから結構驚くことになるよ。ま、私のつくった車の時点で見どころは一杯あっただろうけどさ」
エレベーターに大きな反応を見せるリュウを見て、ニックはその顔に元から含めていた興奮の色を強める。ニヤリと口元を歪ませる彼女は、この先にあるものを披露するのが楽しみで仕方ないようだ。その様子を見た一行が不安がっていると、そうこうしている内にエレベーターの動きが止まる。同時に、コンクリートだけを映していたガラス奥の単調な景色が一変した。それを目の端に留めると、ニックはエレベーターの開ボタンをグッと押し込み、両手を広げて声を張る。
「魔女の隠れ家にようこそ~!! 楽しんでいって!」
エレベーターの扉が開くのと同時にニックは外に飛び出し、レプト達を迎え入れる。来客である彼らの目に映ったのは、予想を遥かに超える光景だった。
エレベーターの外は、ニックが口にしたようにまるで魔女が住む家のような様相だった。外で見たようなコンクリートの建物とは大きく離れ、温かな木造の床や壁が室内を包んでいる。頭上にはシャンデリアが間隔をあけて何個もぶらさがり、天井の隅にはツタが絡みついているのがすぐ目に入った。奥には客と共に飲食をするためか、石と木で造られたシックな見た目のカウンターがある。複数階の構造があることを鑑みるに、この場所はリビングや応接を兼ねた部屋なのだろう。手前には低めのソファとテーブルもある。外の様子とは大きく異なるデザインの内装に、一行は感嘆の声を上げながら誘われるように部屋の中に入っていく。
「すっげーッ!」
「ホントに森の中の魔女が住んでるみたいだな……!」
レプトとレフィは先頭を歩くニックを通り越し、あちこちにそのキラキラとした両目を向けている。興味が尽きないのだろう二人を、カスミがやれやれと言った様子でついて行く。だが、その歩調はいつもより軽い。
「はしゃぎすぎでしょ……。ってか、この辺どうなってるのかしら」
「……リビングの方、冷蔵庫とか台所があるけど……あそこら辺は機械使ってるんですね?」
カスミの後に続いて部屋の中を見回したリュウが、気になるものを見つけては後ろのニックに問う。彼が目を付けたのは、隠れ家的内装の中で少し目に付く機械達だった。茶や緑を基調とした内装の中ではメタリックな見た目が目立つ。カウンターの奥には冷蔵庫やコーヒーメーカーなどの機械が並んでいた。リュウの言葉を受けたニックはというと、痛い所を突かれたと言うように目を逸らしながら苦労を語る。
「流石に生活に必要なものはどかせないし。目立っちゃうから嫌だったんだけど、かといって使えないのも困るしさ」
「いや……全然すごいですよ。見た目も性能も重視したすごい造りだ」
「え……そ、そう? にへへ」
リュウの惜しみない賞賛に、ニックは鼻の下を指で擦る。得意げな表情をする彼女に、レプト達の後ろから様子を見ていたメリーが問う。
「ここ、まさかニックが一人でつくったのか?」
「まさか。お父さんとお母さんの知り合いの人達に手伝ってもらったよ。設計は私がやったけどねん」
「相変わらずすごい奴だな、お前は」
「ふふん。でしょでしょ~褒めて~」
褒められたのが嬉しかったのか、ニックはニッコリ笑顔を携えてすぐ隣のメリーの首に抱きつく。ただ、メリーの反応は薄い。再会したタイミングならいざしらず、何度も抱擁するような性分ではないのだろう。彼女は顔を胸の辺りに擦りつけてくるニックの頭を鬱陶しそうな表情で突き放そうとする。
「しかし趣味全開だな。それに魔女の隠れ家とは……」
よくできた内装に感心しながらも、フェイはニックという自分の友人がつくったこの部屋を俯瞰し、少し趣味を出し過ぎなのではないかと首を傾げる。そんな彼に、ニックはメリーの胸に顔を当てたまま白い眼を向ける。
「うーるーさーい! 別にいいでしょ機能はあるんだしさぁ~」
「ふっ……ま、それもそうだ。で、ここが地下一階だったか。二階と三階はどんな部屋があるんだ?」
「三階は寝室。二階は作業場。これでもひっきりなしに仕事が来るんだよ。メニカルのニックはなんでも作ってくれるって評判があってね~」
ぐにぐにと頭を押し出すメリーからようやく顔を離したかと思えば、ニックはその大きな胸をドンと張って鼻を鳴らす。そんな彼女のことを、メリーは少しだけ羨ましそうに睨む。
メリーにそんな視線を向けられているとは知らず、ニックは自分のてがけた部屋の中身を堪能するレプト達に向かい、そういえばと問いかける。
「メリー達って、ここには何しに来たの? ウチに遊びに来たっていうんなら大歓迎なんだけど、連絡なかったし、そういう訳でもないんでしょ」
ニックが疑問に感じたのは、メリー達の目的だ。二年も顔を合わせていなかったメリーと、連絡はとっていたものの久しぶりのフェイ。そんな二人が仲間を連れ立ってやってきた。そんな疑問を脇に置けるほど二人との再会が嬉しかったのだろうが、ニックはついにそれを思い出す。
彼女の問いには、今の一行の目的に大きく関わるカスミが答えた。
「ここの近くにシャルペスって街があるでしょ? そこに行くの。私の故郷だから」
初めからの自分の目的地が眼前に迫ってきた嬉しさと、自分の旅がもうすぐ終わりを迎える寂しさの混合した切なげな表情でカスミは告げる。同様に、カスミの状況を知るレプト達も彼女の言葉を耳にしてそれを思い出し、何とも言えずに顔を見合わせた。
そんな中、問いをかけた本人であるニックは眉間にしわを寄せる。
「シャルペスが故郷? ……初めて見たな、そんな人」




