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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
純愛のユーフォルビアと夢のイントロダクション
280/391

視点

 メニカルの街を、ニックの家という目的地を持って車は駆ける。その道中、ニックはリビングでフェイやメリーと中心に談笑を楽しんでいたが、その視線をふと二人の仲間であるカスミ達に向ける。再会を楽しむ三人から距離を取っているカスミ、レフィ、リュウに目をやったニックは一行の中に気になる人物を見つけると、メリー達との話を一旦区切ってそちらに体を向ける。


「ねえ、君。名前はなんていうの?」

「オレ? レフィだけど」

「ああそっか、う~ん……探し人とは違ったみたい」


 レフィに期待を向けて問いを口にしたニックだったが、彼女の想像と実態は違っていたらしい。難しそうに眉を寄せるニックを前に、質問された張本人のレフィが聞き返す。


「人探ししてるのか?」

「ん、頼まれててね。この街の近くにリューゲルって亜人が住んでる集落があって、そこに知り合いがいるの。その子が言うには、真っ赤な髪をしたヨウって子がいて、生き別れになったから探してる……ってことだったからさ」

「あぁ~……」


 つい直近にあった出来事と完全に符合することをニックは一行に話す。その場にいた皆はそのドンピシャ具合に思わず呆れや納得の混じった微妙な表情をして顔を合わせた。一人置いてきぼりのニックは、何事かと旧知の仲であるメリーに問う。


「なになに? なんかあったの?」

「いや、つい昨日に通りがかったんだよ、そこには。フリューとリータって奴らだろ? こいつを探してたのは」

「そうそう! ……って、だからこの子じゃないよ。名前が違うし……」

「複雑な事情、ってヤツが絡み合っててな……」


 状況をよく知らずに純粋な顔で首を傾げるニックに、メリーは頭を掻きながら目を逸らす。レフィやフリューの関係については彼女が口にした通り複雑で、旅に関係ない彼女に話すのには少し億劫に感じたのだろう。と言うより、事情を知っていてはニックに不要な危険を招く可能性もある。そんなメリーのややこしい心境を知ってか知らずか、レフィが声を上げた。


「なあ、あの二人と知り合いってことだけどよ、どんな関係なんだ?」

「関係……っていうほど仲は深くないけど。どっかから逃げてきたあの子達を少しの間面倒見てたんだ」


 レフィの問いはフリュー達とニックの関係だ。問われると、ニックは首にかけたゴーグルを指で弄びながら答える。


「最初にあの子達が逃げてきたのはこっちのメニカルでさ。けど、ここはエボルブの研究員とかもウロチョロしてることあるし、危険だっていうんであっちに逃げたの。そっからもちょくちょく連絡とってるんだ。色々暮らしに不便があるみたいで、生活用品とか、あとあの子の能力向けにちょちょっと装置をつくったかな」

「へぇ……っていうと、あのエアーロってヤツのことか?」

「そうそう! アレは我ながら力作だったよ。フリューがつくり出せる風の力とか、あの子の体重とかも色々量ってさ。自由に飛び回れるくらいのものに仕上がった時は声が出たねぇ」


 ニックは自分の傑作を見てきたらしいレフィ達に対して顎をぐいと天井に向け、ドヤ顔をする。どうやら彼女は凄腕の技師のようだ。人間一人の体を能力があるとはいえ空中に舞わせるほどの装置、加えて先ほど設計したと言っていた今も一行が乗っている車。どれをとっても技術や知識が無ければ有り得ないものだ。彼女のドヤ顔は実際の実力あってのものらしいことを知ると、皆は関心の顔で彼女を見た。

 そんな中、ニックの言葉の中に違和感を見つけたらしいフェイは目を細めて彼女に怪訝そうな表情を向ける。


「ちょっと待ってくれ。今、エボルブの研究員がどうこう言ってたよな」

「言ったね」

「奴らが裏でどんなことをしているのか、知っていたのか? 都で見るような善良な連中じゃないって……」

「うん、大分前からね」


 ニックの先ほどの物言いは、まるでエボルブが厄介者であることを知っているかのようだった。それをフェイは違和感に思ったのだ。彼はこの旅に加わるまで何度もレプト達と衝突してきた。その一番の理由はジンのことを助けるためであるのは間違いないが、彼の中に国やエボルブに対する信頼があったことも一つの要因だ。だが、その誤解を同じ場所で育ってきた友人が持っていないことを知り、フェイは呆けた顔をして頭を抱える。


「じゃあもっと早くに言ってくれよ……。俺はそのあたりの誤解をずっと引きずってたんだぞ」

「いや、まあ言っても信じてくれないかなって。ほら、ああいう話って都じゃ噂とかネットのフェイクって扱いを受けてたじゃん。私達もそのまんま信じてたしさ。ここで仕事してる内に事実だって知って驚いたよ」

「…………」


 フェイは随分前にメリーからこれと似たような話を聞いたことを思い返した。レフィやリュウにとってはフェイとメリーとの初邂逅になったあの日、これと関連のある話をしていたことだ。内容自体はエボルブと少し離れていたが、今の国に暗い部分のあるか否かという点においては同じ意味を持っている。過去の出来事と、その時メリーに言ったことを思い出し、フェイは背を丸めて唸り声を上げた。


「クソ……もっと早くに知ってれば」

「……ほら、フェイは軍人になってるって知ってたしさ。あんまりマイナスなこと言ってモチベ下げるのもアレかなって思ったんだよぉ~……それに」


 冗談めかして笑顔を浮かべていたニックだったが、一度言葉を切ると、真剣な表情になって話を再開する。


「エボルブや軍だって、後ろ暗いことはあっても機能してないわけじゃないでしょ。その証拠に、フェイはリベンジから軍に助けられてるでしょ? そういう人はフェイだけじゃないし、エボルブの方だってそう。彼らのつくったものは確実に都での生活を充実させてる。ま、その範囲に限りがあったり、誰かの血と汗で出来た結果のものって知った時は気分悪くなったけどさ~。ともかく私はあんまり関わりたくなかったんだぁ~。手近な困ってる人だけ助けとけば、俯くこともないかなって」


 ニックは何でもないように自分の国や軍、エボルブに対する考え方を語る。あくまで一人の女性が普通に考えを口にしただけの出来事だったが、その話にレフィ達はひどく聞き入った。それは、ニックの話がこれまでの旅路の中で聞くことの出来なかったニュートラルな視点でのものだったからだ。どこに対する強い敵意も持たない彼女の意見を聞き、そこに深く関係のあるレフィやリュウはそういう見方もあるかと納得する。

 そんな話をしている中で、車が停止する。今度は先ほどのような急停止ではない。エンジン音もしなくなったことから、目的地に着いたらしいことを知ると、ニックは立ち上がって客人達に顔を向けた。


「着いたみたい、行こ」

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