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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
後を追う者
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とりあえずの目的地

(多少汚くはあるが……仕方ないか)


 考えついた策は彼が好むようなものではなかったが、この状況では選り好みはできないとフェイは自分を律する。そして、その策を進めるためにジンとの会話を再開した。


「恐らく、あなたとのこういう戦いを通したやりとりが活きているんでしょうね」

「そうかもな」

「自分より絶対に強い相手と対峙する。そういう経験を何度も、意図せず行ってきているのですから、俺の成長は言わば必然と」


 そこで突然、フェイは言葉を切る。ぶつ切りだ。同時に、彼は動作をできるだけ小さく地面を蹴り、その場を飛び出した。向かう方向はレプトとカスミの二人が立っている隙間だ。会話の途中で動き出すなどと全く考えていなかった三人は、驚きで行動が一瞬だけ遅れる。その間は、フェイが彼らの包囲から抜け出すには充分な隙だった。彼は三人の作る三角の包囲から一瞬にして抜け出す。

 レプト達は彼を追うべきか、それとも追わないべきか、それらを考える間もなく反射で彼が向かった方へ振り向いた。

 その瞬間、再びレプト達は目を見はる。三人が視界に捉えたフェイは、この場から逃げようと彼らに背を向けていたわけではなかった。彼は、鎖を放とうと三人の方へ右腕を構えていたのだ。立て続けに起こった予想外に三人はすぐ動くことができない。

 フェイは思惑通りにいったと口元に笑みを浮かべ、それと同時に鎖をカスミに向かって放つ。放心状態だった彼女はそれを避けることもままならず、いとも簡単にフェイは彼女の右腕に鎖を巻き付けた。


(捉えた。このまま人質にすれば……)


 フェイはカスミの体を自分の方に近付けようと、鎖を操る右腕を思い切り引く。それに合わせて鎖の一節一節が彼の意に従い、全体は蛇が宙を這うように動いた。

 そして、フェイとカスミの腕を繋ぐ鎖は長さの限界を迎え、一つの銀の直線のようになる。瞬間、フェイは腕と鎖に入れる力を強めた。

 だが、カスミの体は少しばかりも動かない。


「……ッ! なんだ?」


 フェイは全く計画通りに進んでいたのが急に破綻したことへの焦りよりも先に疑問を感じた。


(俺の鎖は人間一人なんて軽々持ち上げられる。何故……)


 自分より一回りほど小さく華奢な見た目をしているカスミを本気で引っ張り、少しも動かせない。この異常を確かめるようにフェイは再び腕に力を込める。が、動かない。次第に彼の心には焦りが生じてきた。


(この女、何者だ……)


 額に汗を浮かべるフェイに反し、カスミは平然としている。腕を敵の武器に絡めとられているとは思えない落ち着きぶりだ。


「腕力だけなら私の方が結構上みたいね」


 カスミは鎖につながれた腕をぐいと引っ張る。すると同時に、フェイの体はまるで親の腕に引かれた子供のように軽々動かされた。彼は転びそうになりながら足を前に進めて姿勢を保つ。


(クソッ、どうにかしてこの状況を……)

「ッ!」


 フェイの思考が策を弾き出すより前に、彼の背後に影が立つ。ジンだ。彼は手に持っていた剣の持ち手でフェイのうなじを強く打った。その一撃に反応できず、もろにそれを受けたフェイの意識は一瞬にして体から離れる。意識を失った彼の身体は、継ぎ目を断たれたカーテンのように地面に横たわった。


「すまないな」


 ジンはうつ伏せに倒れるフェイを見て、一言呟く。何に対しての謝罪かは分からない。ただ、彼はしばらく倒れ伏したフェイの背を見ていた。彼の目は、手は届かないが懐かしむことだけはできるような、そんな戻れない過去を見ているようだった。

 ジンが黙っていると、彼の傍にレプトとカスミが歩み寄ってくる。そして、彼らは先ほどまで危険な状況であったことを忘れたかのように緩く話し始めた。


「今回も無事に済んでよかったぜ。これもお前の作戦のおかげだ、カスミ。逆にこっちから攻めるなんてな」

「まあ、それほどでも」


 言いながら、カスミは自分の腕に絡まっている鎖を地面に投げ捨てる。持ち主であるフェイが気絶したため、鎖にはもう力が残っていないのだろう。高い金属音を立てる落ちる鎖を見送りながら、カスミは軽い口調で言う。


「でも、私の作戦もあって結構楽に倒せたんじゃない? それに、このフェイって奴も大して強くなかったし」


 彼女は自分の策がうまくいったこともあって上機嫌なようだった。そんな様子の彼女を見たジンは、顔をしかめてその考えをとがめる。


「それは大きな間違いだ、カスミ。一対一で戦っていたら、お前はこいつに勝つことは難しいだろう」

「……なんで? こいつの操る鎖も、腕力も、私の力より下よ」

「戦いは腕力だけじゃない。判断力や人数、敵の隙を如何にして作るか、いくつもの要素があって成り立っている。さっきお前が有利を取った場面だが、俺が倒していなければ、フェイは何かしら次の行動を起こしていただろう」


 ジンはカスミが戦いを甘く見ることはないよう、厳しめに彼女の言を否定した。すると、彼女は先ほどまでの様子とは打って変わり、彼の言葉に軽い謝罪をする。


「……そうかもね。悪かったわ」


 そんな二人のやり取りが一段落したのを傍から見ていたレプトは、パンパンと自分に注目が集まるように両手を叩き、話し出す。


「反省会は別の機会にしようぜ。フェイがいつ起きるかも分からねえし、こいつの部下もいる。手こずることはないだろうが面倒も避けたいし、この街はさっさと出よう」


 レプトの進行の言葉を受けると、二人は冷静さを取り戻して頷いた。それを見たレプトは、この後どこに向かうかについてジンに問う。


「で、だ。予定じゃジンの知り合いがいるらしい所まで街を渡って行くって感じだったけど、今は追手に位置がバレてる。それでもこのまま行くのか?」

「いや、そのつもりはない。人の往来が多いような街をこのまま行ったのではすぐに足取りを掴まれてしまうからな。最初から、この街で追い付かれた場合とそうでない場合を考えていた」

「んじゃあ、私達は次にどこへ行くの?」


 カスミの問いに、ジンは顔を合わせず、全く別の方を向いて答える。その先に目的地があるのだろう。レプトとカスミは彼の目線に従い、その先を見る。

 ジンの視線が向かう先には、奥へ進むにつれて人家が途絶え、緑の大地が広がっていく光景があった。その更に先には真緑の森林が見える。二人がそれを目に捉えたのと同時に、ジンも言葉を紡ぐ。


「あそこの森にある、エルフの里だ」


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