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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
日差しの跡と雄風
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新たな目的

「全然似てねえよ。レフィとヨウは大違いだ。見た目全く同じなのに、別人だってスッと胸に入ってくるくらいにな」

「へぇ~。どんな奴だったんだ」

「一言で表すと、なぁ~……」


 少しだけ悩む時間を取った後、フリューは一気に自分からのヨウの印象を一息に説明した。


「怖いッ! 平気で人殺すッ! だけど仲間は絶対見捨てねえし、スゲエ強い、最強ッ!! ……って感じだな」

「ふーん……え?」


 フリューの言葉を聞き流す形で耳にしていたレフィは頭の中に入ってきた言葉に対する反応が遅れる。何事も無かったかのように会話していたレフィはその一言のせいでそれまでの緩い空気を一変させ、思わず立ち上がった。鬼気迫る様子の彼女は、隣で座ったままのフリューが口にした言葉について追及する。


「おい、今人殺すって……どういうことだ? オレは、ヨウは人を……?」

「おう、殺してるぜ。数えてねえけど軽く百人は超えてるんじゃねえの?」

「はっ……?」


 フリューが平然と口にした恐ろしいことに、レフィは思わず次の言葉を忘れた。先ほどまで爽やかに感じていた風も、生暖かく、温い不気味さを纏っているように彼女は感じた。唐突に告げられた、自分の手が夥しいほどの人の血で汚れているという事実に、レフィは視界が揺らいだように感じる。

 だが、その彼女の様子を感じ取ったのか、フリューは慌ててフォローするかのように補足した。


「あっ、勘違いすんなよ? 別にあいつ自身から他の奴らを平気で殺してるってワケじゃねえさ。……どうしてもあそこだと、殺しが必要になってきちまうから。アタイも二十三十はやってるし……仲間達もそうだぜ?」

「…………んぐっ、ふぅ」


 喉の奥にまでせりあがってきた嫌な気配を、レフィはフリューの言葉によってようやく飲み込む。一瞬息を異物のせいで止められた彼女は気道を確保すると、粗くなった息を整えようと座ってフリューに説明を求める。


「……どんな所、だったんだよ。なんで……?」

「なんていうか、ちょっと難しいんだけどよ……。あそこじゃ、おかしくなっちまうクスリ、みたいなのが流行ってたんだ」


 フリューはやれやれという風に頭を掻きながら、自分達の生きてきた環境を説明し始めた。


「それを飲むと、すげえ気持ちよくなるらしい。けど、ちょっとするとまた次が飲みたくなっちまうんだ。その勢いがすごくてよぉ、それこそ、道で通りかかった奴を殺して奪おうとしたりとかさ。もう一度飲むと落ち着くんだけど、ちっとしたらまた戻るって、その繰り返しだ」

「……どんな、だよ」

「そんで、そのクスリを高く売ろうとする奴がいっぱいいるんだ。こいつらがタチ悪くってよ~。口にしたことない奴に無理矢理飲ませたりしてたんだ。そんなこんなでよ、おかしくなっちまった奴や、金稼ぎに目が眩んだクソ野郎共から身を守るために殺しが必要になるってわけさ」


 自分の想像が全く及ばない苛烈な環境のことを聞くと、レフィはその白く広い額に手の甲を当て、唸り声を上げる。空いた左手は床に拳の形で押し付けられている。ただの対岸の火事ならそこまで追い詰められないだろう。だが、レフィにとっては過去の自分が晒され、殺人を犯すきっかけになったことだ。フリューもそれを察してか、説明を終えると、レフィの頭の整理を待って静かになる。

 しばらく、二人の間には重い沈黙が横たわる。頭の中で事情の咀嚼と納得をある程度完了させたレフィは、その固く握った拳を緩め、重い口を開いた。


「許される事情があっても、やっぱり納得はできねえ」

「重く考えんなよ。それに、ヨウは身を守るためだけに殺しをやってたんじゃねえしよ」

「……悪人共の方を殺して回ってたってことか?」

「ま、そうだな。あいつのやったことに助けられてる奴も多いと思うぞ? すごい時なんか、敵のアジトに一人で乗り込んで全部やっちまったこともある」

「…………」


 レフィはフリューが、気遣うというより少し誇らしげに最後の方を語っているのを片耳で捉え、自分と彼女達では思考のスケールが全く違っているということに気付く。他の部分で共感はし合えても人を殺す殺さないの考え方で折り合いをつけることは絶対に無理だと判断すると、レフィは敢えてそれについて口にすることはなかった。そんな中で、彼女は自分の新たな目的を見出す。


(……じゃあ、オレはいつかその続きを……オレのやり方で)


 レフィはその胸に決意を抱き、拳を握る。


「ともかく、ヨウのやったことは悪いことじゃねえ。それにそいつを悪いことだって思うんだとしても、レフィがやったわけじゃないんだ。気にすることねえぞ?」

「……そう、だな」


 人を殺すということに関して、自分とは遠く離れたフリューの価値観をレフィは頭に溶け込ませることは出来なかった。が、彼女はフリューの人となりと、善意を信じる。レフィは隣のフリューの元気な口調にぎこちない笑みで返し、再びその腰を持ち上げた。


「……ん? もう寝るのか?」

「ああ。明日は元々行く予定だったメニカルってとこにいくって話してた。朝早いから、もう寝ねえと」


 言いながら、レフィは小屋の奥の星空とフリューに背を向ける。その彼女の目には、夜天を見上げていた時のような穏やかさも、平穏に微睡む色もなかった。あるのは煌々と揺らめく決意の炎。レフィはそれを携え、星々から遠のいていった。

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