リュウの背負ったもの
「うおーッ! でっけーイノシシだぁッ!!」
「今回のはまた大きいな」
真っ先に地面を見下ろしたフリューとワインドは、お互いに興奮から声を上げた。フリューは全力で叫び、ワインドは声の内に笑みを含ませている。
五人から遠くに広がる緑の地面には、足の大きさが立った青年程もある巨大な猪がいた。大猪はその樹木のような脚部に支えられている分厚い茶の毛皮に覆われた巨躯を捻り、高い鳴き声を上げている。声を上げて威嚇しているのは、周囲を囲むリューゲル族の者達だ。彼らが漏れなく手に弓やボウガンを持っているのを見るに、大猪を狩ろうとしているのだろう。彼らは地上から、あるいはその両翼で滑空しながら、巨大な大猪に狙いをつけている。
その狩猟の様を二人に並んで見下ろしたフェイは、この様子に見覚えがあるらしいワインドらに状況を問う。
「今回、というと? よくああいうのが集落の近くで発生するのか」
「そうだね。この時期になるとよく現れるよ」
「どうも、危機感というよりは陽気さを感じるが……気のせいか」
「そりゃあ、僕らにとっては貴重な食糧だから。あの大きさなら、集落の皆が肉にありつける大きな宴ができそうだ。それに……」
ワインドはフェイへの説明の途中、サッと壁にかけられていたボウガンと弓を手に取る。同時に、レフィの背から外されていたエアーロをフリューに投げ渡した。
「狩りを成功させたら、宴の主役だ。ただ……」
エアーロを投げ渡した際の流れで、ワインドはフリューと、そして彼女の背の方にいるリュウを同時に目に収める。直前までのやり取りを思い出した彼は、一度頭に上った熱を冷まし、フリューにこの集落で共に過ごす仲間としての立場から言葉を投げる。
「僕はこの集落の狩人だ。それも若手の中じゃ特に有望だって言われてる。その僕が、行かない訳にはいかない。お祭りごとと言えど、時間をかけてちゃ家に被害があるかもしれないからね。だから、僕は先に行ってるよ」
人が手を振るのと同じように翼をフリューに振ると、ワインドは小屋の奥、壁のない方へと走り出す。そしてそのまま、彼は空中へと身を放り投げた。それと同時に両翼を広げた彼の体はそのまま落下していくのではなく、滑るように高度を下げて行く。
「お、おい待てよッ! 手柄独り占めするつもりか……あいつ」
そんなワインドの背を見送ったフリューは、我慢ならないと言うように投げ渡されたエアーロを慌ただしく背中に装着しようとする。だが、そんな彼女の背をリュウが呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。話はまだ……」
「うがあーーッ!! リュウ、お前ネチネチうるせえぞッ!!」
「っ……」
煮え切らない様子のリュウに一切気遣うことなく、フリューは彼に怒声を上げた。彼女は耳の周囲を飛ぶ鬱陶しい蚊に怒りをぶつける時のような苛立ちを隠さず、浅め両目をつり上げてリュウに人差し指を突きつけた。
「確かに誰かがヨウを殺したってなったら、アタイはそいつを許さない。けど、お前は違うッ! 誰かに謝る必要なんてないぞ! アタイに殴られたいだけなら後から言ってくれ。それじゃ」
言いたいことだけ口にすると、フリューはエアーロの翼を広げ、自らの能力で外に大風を巻き起こす。同時に、ワインドの後に続くように彼女も虚空に飛び出す。木の葉を散らす強い風をその背に受け、彼女は下方に素早く舞うように落下していった。
ワインド、そしてフリューの背を見送ったレフィは、自然と、その場に残っているリュウの方へと目を向けた。
「……リュウ」
彼はフリューの言葉を受けて以降、顔を俯け、一言も発さずに黙りこくっていた。レフィや、その隣にいるフェイからその表情は見えない。二人の目に映るのは、うなだれる首からのぞく白いうなじだけだ。両の手は固く握りしめられ、震えている。そんなリュウの様子を見たレフィは、彼の名を呼び、その背に手を伸ばそうとした。
「やめておけ」
だが、レフィの腕をフェイが遮る。彼は彼女の手を優しく下ろし、首を横に振って示した。
「俺がいない時の話だから、詳しくは何があったのかは知らない。ただ何事も、自分を許すのには時間がいる。人の命が関われば尚更だ。それに、悩みを解決するのには一人でいる方が良いときもある」
自分より長く人生を歩み、この状況も少し離れた位置から俯瞰していたフェイの言葉に、レフィは一時迷う。自分の命の恩人であるリュウを、望んでいるかもしれないとはいえ、一人にするべきなのか。
彼女は少しの間口を閉ざし、考えた結果、リュウに背を向けた。そしてフェイに頷いて示すと、彼と連れ立って小屋の出口へ向かう。彼女は後ろに残すリュウに一言だけ言い残して小屋を後にするのだった。
「また、後でな」




