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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
日差しの跡と雄風
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謝るべきこと

「ヨウが消えたのは、僕の責任なんだ」


 リュウはフリューに歩み寄ると、その顔に真っ直ぐ視線を向け、背けることなく話す。


「彼女は僕達と初めて会った時、暴走状態だった。君も同じ状況だったなら、経験があるんじゃないか?」

「あぁ~……なんか、寝てるのに体が起きてて勝手に動いてる、みたいなアレか?」


 リュウの問いに、フリューはその心当たりがあると返す。だが、そう説明する彼女はこの話をする意図を把握できていないらしかった。フリューは首を傾げ、呆けた声を上げる。


「なあ、こんな話、する意味あんのか?」

「あるよ。言うなれば、君の仲間を死なせてしまったのが誰か、そういう話なんだから」

「おい、その言い方……」


 リュウの言葉に反応したのはレフィだ。彼女は声を荒げ、リュウの言葉を制止する。何故なら、彼が口にしたことは、以前にもリュウとレフィの間で話していたことであるからだ。二人の間で、以前に結論を出したこと。だが、リュウはレフィの介入に対し、小さくため息を吐いて応じた。


「分かってるよ。僕が殺したわけじゃないってことだろ。……だからさっき僕が説明するって言ったんだ」

「…………」

「…………」


 リュウの突き放すような言葉に、レフィは反論しようと口を開く。しかし、彼女はその続きの言葉を口にすることが出来なかった。彼女は喉の奥に自分の思いを閉じ込め、その拳を握り締める。そんなレフィと同じように、リュウと対面するフリューも沈黙していた。その顔には、若干の敵意がある。彼女の目の向かう先は、過去の状況を説明するリュウだ。


「暴走状態にあったヨウに、能力を使わせて疲労させる作戦だった。その内に安定剤を打ちこもうとした。そのままにしておくには、危うい状態だったから。それで、作戦自体は成功したけど、起きた時に彼女の記憶はなくなっていた。原因は、能力の酷使。実験のせいで記憶がなくなった可能性も考慮したけど、君にその傾向は見られない。そして、能力を使うように仕向けたのは僕だ。つまり」


 眉を寄せて自分を見上げるフリューから目を逸らさず、リュウは視線を返しながら膝を屈する。


「ヨウが消えたのは僕の責任だ。本当にすまない」


 リュウはその膝を落とし、両手を地面につく。そして彼は人目を憚ることなく、その場でフリューに土下座した。彼のその謝罪の姿勢に、その場にいた他の者達は口を開くことが出来ずにいた。この話に大きく関わりのないフェイとワインドはもちろん、レフィもだ。彼女は自分が最もこの件に身近な存在でありながら、そのリュウの謝罪に何か言葉をかけることが出来ずにいた。彼女は歯を食いしばり、自分の思いを誰かに向けることを我慢する。

 各々がそれぞれの理由で口を開けずにいた、その時だ。リュウから謝罪を受けた張本人であるフリューが、何という事もなさそうに隣に立つレフィに問う。


「なあ、こいつの名前、なんてんだっけ?」

「え……リュウ、だけど」

「そっか」


 レフィから答えを聞くと、フリューは素っ気なく返しながらリュウに視線を戻す。彼はまだ、頭を下げたままだ。フリューから許しの言葉が来るまでそうしているつもりなのだろう。あるいは、それを言われても受け入れないかもしれない。今立っている四人からは、彼の顔は見えない。どんな思いでいるかも知れない。

 そんな中、フリューはおもむろに膝を折り、足元に跪くリュウの肩に手を置く。言葉をかけられるでもなく突然触れられたリュウは、思わず顔を上げ、目の前を見る。彼の眼前には、しかめっ面のフリューが自分を睨んでくるのがあった。


「こいつはヨウじゃねえ、レフィだ」


 フリューは一切の迷いや後悔を見せず、リュウと、そしてレフィにそう言ってみせた。そこには喪失した友人への懐古や追悼はなく、今そこにいる友人への敬意がある。その言葉を一切動じるところなく口にしたフリューは、続けてリュウに突き付ける。


「リュウ、お前間違ってるぞ。頭悪いから勘違いしたのかもしれないけどさ。でも、ハッキリ言っておくぜ。お前悪くねえぞ」

「悪くない? 君の友人が消えたのは、僕の失敗のせいなんだぞ」

「いやぁ、けどさ……最初はお前のせいかって思ったけど。でも、レフィを助けようとしてやったことなんだろ? したら、しょうがねえと思うけどなあ」


 フリューは何でもないと言う風に、自分の考えを口にする。いつかに、レフィがリュウへ言っていたことだ。自分を助けようと全力を出した結果なのだから、それは仕方ない、謝らないでくれ、という話。フリューはリュウに敵意の目を向けることなく、若干面倒臭そうに頭を掻きながら彼を見降ろした。


「ってか、普通に考えれば分かると思うんだけどさ。記憶がなくなって、今のレフィがいるんだろ? その原因をつくったことを謝るってことは、レフィにすげえシツレイってヤツだ」

「……そういう意味で言ったんじゃないッ!!」


 形を変えれば、レフィの存在を否定するようなことを言っている、そう言われたリュウは気持ちを抑えることをせず、立ち上がり、声を張り上げた。彼の顔には明確な苛立ちがある。自分の言葉を勘違いしたフリューへのものだろう。彼は眉間に深くしわを刻み、フリューを見下ろす。

 フェイやワインドはともかく、これまで旅を共にしてきたレフィは、彼が激情を抑えずに声を張ったことに目を見はる。少なくともレフィの目の前で声を荒げたのはこれが初めてだ。その彼の様子に、レフィは思わず唾を飲み込んだ。

 らしくもなく大声を出したリュウは口を開いた後で自分のしたことに気付いたのか、顔を俯け、頭を抱えながら自分の意図を説明する。


「記憶は魂だ。その一つ一つが人格を作り上げる。つまり、それを守れなかった、失う原因をつくったってことは、僕は人を一人殺したのと違いが無いんだ。どう繕ってもそれは変わらない事実だ。責任があるんだよ。人を殺すという事は、それ以上を救ってもあがなえない罪なんだ」


 リュウは歯を食いしばり、息を荒げながら自分は人を殺したのだと口にする。他の者からしてみれば過剰な考え方に見えるが、実際の所、この罪の意識は背負ってみなければその度合いは分からない。自分の失態で親友を喪失した者の前で頭を下げるのはどんな気持ちか。

 だが、フリューはそのリュウの様子に全く心を揺らすことなく、ただただ不思議だという風に首を傾げ、彼に問いかける。


「なあリュウ、アタイに殴ってほしいのか?」


 フリューの問いの意味を、その場にいる皆は理解できなかった。急にどうしてそんな言葉が出てくるのか。思わず、皆が彼女の顔を見た。が、彼女は至って真面目そうだ。そこにからかうような茶目っ気はない。皆が疑問に思う中で、リュウだけは彼女の意図が分かったのか、ほんの少しの歯ぎしりの音を立てた。

 そんな時だ。


「大猪だッ!!!」


 一行の足元の地上から、大声が響いてくる。恐怖とも興奮とも取れるその声を耳にした五人は、すぐに小屋の奥から地面を見下ろした。

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