リータ
フリューとワインドが一行を連れてきた先には、森林の中にあるリューゲル族の集落があった。その集落はこれまで一行が訪れてきた村や街とはかけ離れた構造をしていた。巨大な樹木が間隔を広げてあちこちに立ち並ぶ森林の中で、彼らの住居は地上に、そして樹上にもあったのだ。地上に建てられている住居は建物というには少し頼りない、テントに近い構造をしている。柱を中心に模様の入った白い布を円形に張り、簡易的に雨をしのぐことが出来るようにしているようだ。樹上には地上にあるそれらと反し、しっかりとした木製の素材で作られた小屋のようなものがあちこちに点在している。それらは支柱に木本体や太い幹を頼りにしているらしい。それに加えて地面にまで伸びる人口の柱が伸びている。この森林内で採った太い木材から作られたのであろう柱に支えられた樹上の小屋は、どれも地上十メートル以上の高さに設置されているというのに不安定感を感じさせない。そして、その樹上の小屋にはワインドと同様の、リューゲル族と呼ばれる亜人達が行き来していた。小屋には地上までの階段が付いているが、彼らはその翼で滑空しながら地上に降りたり、別の小屋に移ったりしている。これらは彼らの生活様式に合わせた建物なのだろう。
巨大な樹木に囲われている森の中だが、陽光がさんさんと降り注ぎ、暗さはさほど感じない。集落に辿り着いた一行を地上に降り立って先導していたフリューが向かったのは、集落に入ってすぐのテント状の建物だ。
「おーい、リータ~!」
建物の前に辿り着くと、フリューはノックのしようがない構造をしているからか、入り口の前で大声を上げる。彼女が声を上げてからしばらくすると、薄い布だけで隔てられた建物の中から女性の声が返ってくる。
「またワインドと散歩してたのか」
愚痴っぽい言葉と共に、入り口の布がひらりとはためく。中から現れたのは、黒髪に黒縁の四角眼鏡、それらに合わせて白衣を纏っている女性だ。彼女を見てまず注意が向くのは、その目だ。右目とその周囲が、黒い布で覆われている。何かしらの理由で失明してしまったのか、眼鏡は布の上からかけられていた。名前を呼ばれて出てきたところを見るに、彼女がリータで間違いないのだろう。彼女は建物から出てくるなり、一行の六人を含めた予想外の人数で自身の登場を迎えられ、何事かという表情で一歩下がった。
「あえっ、えっと……来客か? フリュー、この人達は一対……」
言いながら、リータはレプト達六人の顔を流し見する。その時、彼女は横に並ぶ彼らの中に気になる顔を見つけたのか、アッと口を開いた。驚きと、そして喜びの混じった表情を浮かべて彼女が見つめる先には、レフィが立っている。
「ヨウ……無事だったのか。本当に良かった」
リータはレフィの過去の名前を呼び、彼女に歩み寄ってその小さい肩に両手を置く。彼女はフリューとは違い、涙を流して喜ぶと言うより、レフィの生存を知って安堵しているようだった。だが、フリューと変わらない点がある。それは、レフィの記憶に一切その姿が残されていないことだ。レフィはリータの反応全てに後ろめたい気持ちを覚え、思わず俯いてしまう。
「その……アンタもオレのこと、知ってるのか?」
「……? 知ってるも何も、研究所で実験の合間に話してただろ?」
「そ、か。悪いんだけどよ……」
レフィは先にも味わった暗い感情に挫けそうになりながらも、逃げず、自らの状態についてリータに説明する。
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「そんなことがあったのか……」
レフィからの説明を受けると、リータは顎に指を添えて考え込む様子を見せる。ショックを受けている様子はないようだ。それはフリューほどヨウという人物との関係が深くなかったからだろうか。ただ、だからと言ってレフィの心に負う重さが変わるわけではない。彼女は身を小さくしながら、自分とリータの関係について問う。
「リータ、だよな。アンタ、昔のオレとはどういう関係だったんだ?」
「実験体と、それの世話をする研究者、ってとこさ。私は元エボルブで、フリューや君、つまりアデドの研究に加担していた」
「オレ自身とは、どういう話をしてた?」
「君の身の上話とか、かな。冷たく聞こえるかもしれないけど、そんなに仲が良かったわけじゃないんだ。まあそれでも、ひどい仕打ちを受ける君を見て、同情する気持ちはあった。まあ行動を起こす前に、フリューの所に異動を食らったけどね」
リータは何でもないという風で頭を掻きながらレフィの問いに答える。そうしながら、彼女は思い出したようにチラとフリューを見る。フリューは、頭の後ろで手を組み、退屈そうに地面に生えている草を優しく蹴っていた。
「……フリュー」
「んあ、何?」
「レフィと話したいことがあるんじゃないか? その様子だと、あんまり長いこと話せていないようだし。もしかしたら、君との会話で何か思い出したりするかもしれないしな」
「ん……まあ、そうかもしれねえな。つかまあ、アタイはずっとレフィと遊びたかったし……」
リータの言葉を、もうレフィを連れて行っても構わない、という風に受け取ったらしいフリューはレフィの腕を掴み、引っ張る。自分の過去について思いを馳せていたレフィは彼女の行動についていけず、抵抗もできずに呆けた声を上げる。
「ちょ、おい待ってくれよッ!」
「待たない待たないッ! グジグジ考えてても仕方ねえだろ? だったら、悩みなんか吹っ飛ぶようなこと、アタイと一緒にしようぜッ!!」
レフィの動揺や悩みには構わず、フリューは彼女を引っ張っていった。二人はどんどんと一行、そしてリータとワインドの立っている所から離れていく。そんな二人の背を見送りながら、リータはやれやれと首を振る。
「ワインド、あと……あなた方から何人か。ついて行ってくれないか? フリューは少し危なっかしいところがあるから」
言いながら、リータは背にしていたテントの方へと歩み寄る。そして、その扉の布を指でつまんで開きながら、後ろのレプト達を振り返り、真剣な顔をして言い放った。
「残りは、私に付き合ってほしい。お互い、聞きたいことも話したいことも、多々あるはずだから」




