カッコよくて最強
「……え」
憎しみや敵意、八つ当たり。そういう感情を向けられると思っていたレフィは思わず喉の奥から声を漏らす。だが、そんな彼女の動揺を置き去りにし、フリューはレフィの肩をゆすって笑った。
「いやぁ、なぁんか雰囲気ちげーなって思ってたんだぜ? ヨウにしちゃあ普通だよなって。それが当たってるとは思わなかったぞ」
「……ちょ、え、あぁ? な、なんか……」
再会を涙して喜ぶほどの仲間が消え、その体には別の人間が。そんな事実を知ってなお、フリューの元気は変わらなかった。だが、それは異様なことだ。どれだけ善意に満ち溢れた人間だろうと、悲哀の感情は覚えるはずの場面だ。レフィは思わず、自分からそのことに触れる。
「フリュー、だよな」
「おうっ」
「だ、大丈夫、なのかよ。ヨウって、大切な仲間だったんじゃ……その、殴れとか泣けとか言うわけじゃねえけどよ」
「あぁ……」
レフィの言葉に、フリューは胸の前で腕を組んで唸り声を上げる。額にしわを寄せ、難しい顔をする彼女は低い声で自分の事情を語り始めた。
「勿論悲しいし悔しいけど、よ。そんなの他のヤツらに見せるのは、カッコよくねえからな」
「カッコよくねえって……」
「ヨウに言われてんだよ。お前はカッコよくて最強だから、オレがいなくなったら後は頼む、ってな。だから、情けねえ顔は出来ねえんだ。それに、レフィも嫌だろそんなの」
へへッと笑って自分の胸を叩くフリューの浮かべる笑顔は、彼女の眼前にいるレフィにはほんの少しだけ引きつっているように見えた。それを目にすると、彼女は自分の身体に以前宿っていた者にはやはり心からの仲間がいたのだと実感し、心が軋むのを感じる。だが、彼女はすぐに首を振り、その考えを改めた。
(苦しいのはオレじゃねえだろ……)
「ありがとうな」
仲間を失ったのは自分ではなく、フリューの方。それをしかと頭に焼き付けると、レフィはフリューに小さく笑顔を向けて礼を言うのだった。それは、仲間との約束を遵守し、あまつさえその後釜にいる自分にさえ配慮したフリューへの敬意と感謝の表れだった。
「……あ、そういえば」
レフィはフリューに感謝を述べると、自分と同じような境遇にあったはずのフリューの顔を二度見し、彼女に問う。
「フリューは研究所を一人で抜け出してきたのか? 囚われてたんじゃ……」
「ん、ああそりゃ……」
レフィが問うと、フリューは頭を軽く掻きながらその問いに答えようとする。だが、そんな彼女の言葉の端に被せるように、一行の隣で手持ち無沙汰であった亜人リューゲルのワインドが口を開く。
「リータって白衣の人間が、僕達の集落に連れてきたんだよ。何かから逃げてきて身寄りがないから預かってほしいってね。正直厄介ごとかと思ったけど、長老は受け入れた」
「リータ……」
レフィはフリューを助けたらしき人物の名前を口にし、その背景に思いを馳せる。そんな彼女の脇で、フリューは「厄介ごと」ってなんだと頬を膨らませてワインドに文句を言っていた。
「会ってみようじゃないか」
一行の間に声が響く。車の方からだ。皆が目を向けてみれば、そこにはいつから外に出て来ていたのか、メリーが立っていた。魔物との戦闘という事で彼女は車で待っていたのだが、外の様子をうかがって話を聞いていたらしい。彼女はフリューとワインドに対し、自らの車を親指でくいと示す。
「乗せてやるから、案内してくれ。私達もそのリータって人に会ってみたい。それに、レフィ達ももっと話したいだろう? 落ち着ける場所に行くべきだ」
移動して話を続けよう、というメリーの提案に異議を唱える者はいない。そんな中、ワインドはメリーの背に停まっている車を見ると、興味深そうに鳥類の特徴のある小さい目を更に細めた。
「車、ね。集落じゃ見ないし、乗ったことないから経験と思っておくかな」
大ぶりな羽を持つ腕を細身の胸の前で組み、彼は我先にと車の方へと歩を進めていく。そんな彼の背をフリューは少しだけ残念そうに見送った。
「ワインドは車に乗ってくのか。アタイは空から行くぜ」
「え」
フリューの言葉を耳にすると、ワインドは後ろを振り返って低い声を上げる。フリューも自分と同じように車に乗って行くと思っていたのだろう。だが、彼女にそのつもりはないらしい。呆気にとられるワインドの視線の先で、フリューは背負っていたグライダーのような道具を腕や腰に装着していく。彼女のすぐ隣にいたレフィは、一体何をするつもりかと首を傾げた。
「それ、なんだ?」
「ん、よくぞ聞いてくれたな、レフィ。こいつはエアーロっていってな。アタイの能力と合わせると、飛べるんだよ」
ベルト等でしっかりと自分の身体にエアーロという道具を装着すると、フリューはレフィに向かって得意げに笑って見せた。その瞬間、二人の間に音を立てて風が立ち始める。その風は奇妙な力によって動いているらしく、地面から上空に向かって、フリューの足元から吹いているようだった。その風を受けて、エアーロの空気抵抗を受ける布部分がブワッと張り詰める。装着部分の緩みがないかを始めの風で確認すると、フリューはレフィに笑いかけ、足を屈した。
が、その時だ。
「フリュー、僕も飛んでいくよ」
ワインドだ。彼は両翼を広げ、直上に飛び立とうと準備している。だが、そんな彼をフリューは鬱陶しそうに睨んだ。
「んだよ。車で行くんじゃなかったのか?」
「い、いいだろ別に。君一人じゃ危なっかしいって言ってるんだ。落ちるかもしれないからな」
「……ま、別にいいけどさ」
短く会話を終えると、フリューは再びレフィにチラと視線を投げた。そして、その次の瞬間だ。先ほど足元から吹いた風とは段違いの強風が、大地から吹きあがる。それは、二人がこの平野に現れた時のような暴風。思わず一行が目を閉じ、次に目を開いた時にはフリューとワインドはその場から消えていた。反射的に周囲の地面を探した六人だったが、その遥か頭上から声が響く。
「おーいッ!」
見上げれば、そこにはフリューとワインドが上空を舞っているのがあった。まるで、本当に鳥のように。ワインドは翼を広げ、フリューは借り物の翼を広げている。飛ぶのには慣れているのか、フリューは空を舞いながら下のレフィ達に手を振った。
「こいつで先を行くからよ~ッ! ついてきてくれ~!」
そう言うが早いか、フリューとワインドは空を泳ぐように進み始めた。それを見た一行は、空を飛行するという人からすれば憧れざるを得ない所業を成し遂げている二人を夢見心地で眺めながら車への乗り込みを急ぐのだった。
そんな中、ただ一人、リュウだけは一縷の笑顔も見せず、青い空を見上げていた。




