喪失した仲間の記憶
「どわぁッ!?」
突如上空から降り注いだ人間一人を受け止めることが出来ず、レフィはフリューの体に押し倒されて地面に転がり込む。二人分の体重が一気に地面に押し付けられはしたが、彼女達の背を草花のクッションが受け止める。怪我はなさそうだ。ただ、レフィは一体何が起こったのか理解できていないようで、頭の上に疑問符を浮かべている。また、一行、そしてフリューの連れであるワインドすらその二人の様子を目を丸くして見ていた。
ただ一人、この状況を引き起こし、原因となったフリューの顔は、レフィの胸にうずめられていて見えない。だが、彼女が上げる声の揺れと詰まりから、泣いているのは明らかだった。
「ヨウぅ~……。アタイずっと会いたかったぞぉ! もうかれこれ半年くらい会ってなかったもんなぁ。懐かしぃ……会えてよかったよぉぉぉ~……!」
フリューはレフィの背の方にガッシリと腕を回し、その五本の指をしっかりと食い込ませていた。手は口よりもよく語る、もう離すまい、そう言っているようだ。だが、フリューのその強い感情を受けるレフィの方はそれを向けられる覚えが無かった。彼女はフリューのことを突き放すまではいかないまでも、戸惑いながらその抱擁を解こうとフリューの腕に触れる。
「お、おい……何だか知らねえけどよ、オレは……お前の事は知らねえよ」
「はぁぁ? ぶふっ……何言ってんだよ、ヨウ! アタイら、ずぅっと一緒にいたじゃねえか。もしかして……忘れちまったのか?」
「……っ」
「っへへ、なんてなッ!」
レフィの否定にも屈さず、フリューはニカッと歯を見せて笑う。そして、自分の腕を掴んだレフィを引っ張って立ち上がらせ、その肩をバシバシ叩いた。
「見ない間に冗談が上手くなったんだな、ヨウッ! これまではずぅーッとアタイ達が何言っても、ぶっちょーづら、ってヤツだったのによぉ」
「い、いや……そうじゃなくて」
(多分、こいつは……クソ、でも……)
覚えのない友情が自分に向かってき続け、レフィは何と言って否定するべきかを迷った。フリューの様子は、真っ向から折る言葉を投げるには輝かしすぎた。フリューの言葉で、何となく彼女と自分自身の関係に気付き始めていたレフィだったが、どうしてもその最初の一言を口にすることが出来なかった。
そんな彼女達の背に、声がかかる。
「レフィ、僕が話すよ」
声を上げたのはリュウだ。彼は哀れむような、謝罪するような目でレフィとフリューの二人が立つところに歩み寄る。彼の姿を目に留めたフリューは、涙を適当に拭って顔を上げた。
「レフィ……? ヨウ、こいつら仲間か? レフィなんてあだ名、ヨウのどっから取ったんだろ……?」
「フリュー、だったね。これから話すことは、君にとって大きい問題になる。だからどうか、冷静に聞いてほしい」
「……んぁ?」
リュウの言葉の意図が分からず、フリューはかくんと首を傾げる。そんな純粋に疑問を感じる表情をしたフリューを目に、リュウは唇を強く噛んだ。
(僕が失敗したことだ。僕が……)
これから口にすることの恐ろしさ、そして過去に犯してしまった取り返しのつかない失態。どうしても逃げるわけにはいかない責任を果たそうと、リュウは口を開こうとした。
だが、彼よりも先にレフィが声を上げる。
「オレはヨウじゃねえ。レフィだ」
自分が背負おうとした負い目を先にレフィが負った。この事実に、リュウは何も言えなくなる。随分と前から自分が果たす腹積もりであった贖罪を、その失敗の一番の被害者であろう少女に背負われ、頭が真っ白になったのだ。
「あぇ? えっと……名前変えたってことか? レフィって名前もカッコイイと思うけど、アタイはヨウがいいなぁ」
リュウの動揺やレフィの真剣さから離れた怪訝の表情を浮かべ、フリューは唸り声を上げる。そんな彼女に、レフィは説明を続けた。
「記憶が、なくなっちまったんだ。色々、あって。だからその……」
「記憶、なくなった……キオクソーシツってヤツか?」
「そう。それで、だけどよ……多分、なくなった記憶の中には、お前もいて……。それに、他の仲間だったかもしれないヤツらのことも、一人も覚えてねえんだ。だから……」
これからどんな感情を向けられるか、分からない。だが、それを避けることはせず、レフィはフリューに言い切った。
「フリュー、だよな。お前の目の前にいるのは、ヨウって奴じゃねえんだ。ヨウの顔した、赤の他人なんだ」
レフィは自分の正体を、過去に仲間であっただろう相手に端的に伝えた。見た目がそのままでも自分が相手の慕う人物ではないこと、その記憶を欠片すら持っていないこと。彼女はそれを、臆さず、謝ることもなく、胸を張って告げた。それは、これから目の前の相手に何をされても受け止める覚悟が出来ているからだろう。責任の所在がレフィにあるわけではない。だが、自分が慕う仲間が、その姿をした別人になっていたら。その感情の発露が、害意であったとしてもおかしくはない。
(オレだったら……もしリュウがそうなったら……それを前にして、耐えられねえ。だから、何をされても絶対に受け止めてやらなきゃなんねえんだ……!)
自分の頭の中でシュミレートして、得た答えがそれだった。レフィはその場から動かず、その両足でフリューの前に立ち続ける。
「…………」
先ほどまで涙を流してヨウという人物との再会を喜んでいたフリューの顔が固まる。風も止んだ。彼女は何も口にしないまま、ただ黙りこくっている。レフィとリュウは、そのフリューの前から動くことはせず、彼女が頭で事実を処理するのを待った。後ろの一行やワインドは、ただならぬ空気を感じながらも何が起こっているのか分からず、互いに目配せしては三人の様子をうかがっていた。
そんな、別の如何なる視線にも構わず、フリューは黙り続けている。一行の前に現れた時の騒がしさとは打って変わっての静寂。彼女の顔からは表情をうかがえない。思考が追い付かないのか、悲哀も、憎悪も、現実逃避の色も見せることはなかった。
そうして、しばらくした頃。強い風が吹いた。緑の草木を揺らす青い風が走り抜けたその時、フリューも動く。彼女は目の前にいたレフィの肩を両手で掴むと、屈託のない真っ直ぐな笑みを浮かべ、言い放つのだった。
「よろしくな、レフィ!」




