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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
後を追う者
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二人の過去

 ジンが来たのを見止めると、レプトとカスミはすぐに彼に近寄って声をかける。


「ジン、平気だったのね」

「今回も問題なかったか?」


 急に近付いてきた二人に、ジンは少し焦りながらも応える。


「ああ、大丈夫。無事だとも」


 ジンは自分の体を腕を広げて示し、全く傷を負っていないと知らせる。だが、無事であったというのにも関わらず、次の瞬間にはすぐに顔を曇らせてぼやき始めた。


「しかし、少しばかり余計な支出をしてしまった。本来ならしなくていいはずだったんだが……惜しいな」


 ジンは、フェイ達を置き去りにする時にばら撒いた紙束、その表と裏に使っていた分の金を惜しく思っているらしかった。

 そんな彼の、命ではなく支出を気にするという余裕のある様子を見て、カスミは呆れたように小さく笑う。


「その支出がどのくらいだったか知らないけど、あんな状況で無事に戻ってこられたら普通は万々歳なんじゃないの?」

「まあ、安全が第一であるのは確かにそうなんだがな」


 カスミの言葉にジンは痛い所を突かれたというように目を逸らし、頭をかいた。

 そんな彼の仕草を見てか、カスミは先ほどのことを思い出して彼に問いかける。


「ねえ、さっきのフェイって奴は、アンタ達二人をずっと追ってるの?」

「そうだな」

「あの人ってジンと知り合いっぽかったけど、どういう関係なの?」


 フェイのことを聞かれると、ジンは少しの間だけ口を閉ざす。そして、顔を俯けて深く息をついた。不快感や憂慮から来るため息ではない。だが、そこに含まれる感情が軽いものではないことは明らかだ。

 少しの沈黙をつくった後で、ジンは語りだす。


「軍にいた時、教官をしていたことがある。フェイは、その時の教え子だ」

「……えっ! それマジ?」


 ジンの告げた言葉にカスミは驚愕の声を上げる。レプトは先ほど上司と部下みたいな関係なんじゃないかと言っていたのに、教官と聞いて驚いたのだろう。


「へぇ~初めて知ったわ」


 当人は全く興味がなさそうに、なんなら鼻をほじってそうな感じの軽い調子でいる。彼はジンの過去に全く興味がないらしい。

 そんなレプトを目の端に、ジンは話し続ける。


「長いことアレの面倒を見てきた。まあ、あいつだけじゃないがな。ただ、教えていた時間が最も長かったのはフェイだ。俺が教官でなくなって、あいつが一人で仕事をするようになった後も、時たま会って話をする仲だったし……」

「絆の深い師弟だったってこと?」

「……なんか、そういう言われ方は嫌だが、まあ間違ってはいないだろう。俺が軍から抜けてこの状況になったことが、フェイとしては受け入れられないのかもな。もちろん軍人としての業務や責務もあるだろうが」


 ジンはカスミの要約が気に食わなかったようだが、概要は間違っていなかったために渋々首を縦に振る。


(あのフェイって奴が二人をずっと追い回すのは、そういう理由からだったんだ)


 ジンとフェイの関係性を知り、カスミは納得したように頷く。当然、この事実一つで全てを説明できるわけではないが、ともかくフェイがジン達に執着する理由はそれで間違いないだろう。

 一つの疑念についての答えを得た所で、カスミはそういえば、と言う風にジンの顔を覗き込んで言う。


「しかし、ジンが教官だったなんて……なんかそんなに年取ってなさそうに見えたけど」

「え、そ、そうか……?」


 カスミの言葉に、ジンは嬉しそうに口元を緩める。抑えようとは思っているようだが、フード越しでも全く隠せていない。その彼の反応を見て、カスミはスッと顔を落ち着けて言う。


「いやごめん。今の反応がヤバイくらい年食ってた。イメージ全変わりしたわオジサンに」

「おい」


 カスミの意見が右から左へと振り切って変わったのに対し、ジンは反射的に声を上げた。ただ、それでもカスミの意見が変わることはない。彼女は苦笑いをしながら、ジンの顔をフードのままでもよく見えるよう下から覗いて言う。


「やっぱり……フードかぶってたから若く見えてただけだわ」

「おい……おい」


 ジンの顔は、多少しわが深くなり始めている壮年の男の顔だ。老けているというわけではないが、若いわけでもない。ジンは、事実であることが否定できないために、力なくカスミに声をかけるのみになってしまう。

 そんな二人の会話を脇から見ていたレプトは、その間に割って入って今がゆっくり話をしている状況でないことを思い出させる。


「どうでもいいだろそんなこと。今重要なのは、どっかの教官さんにお熱のチェーンじゃらじゃら野郎が今も同じ街にいるってことだ。追い付かれるかもしれないんだぜ?」


 冗談交じりのレプトの一言で冷静になったジンは、先ほどまでに言われたことを忘れるように大きく咳払いをして話し出す。


「そうだな。まず、俺はフェイ達のことを動けない状況にしてここまで来たわけじゃない。つまり、今も俺達を探していることだろう。この街を移動する間はいつ奴らに会うか分からない状況だ。それに……」


 ジンはフェイの能力について話す。


「フェイの能力によって操られるあの鎖は、戦闘以外でも使うことができる汎用性の高いものだ。今の状況ならあいつは恐らく、部下には通りを探らせて自分は上から見下ろすことで俺達を探すだろう」

「上から、って言うと?」


 カスミが首を傾げて問うと、それにレプトが答える。


「鎖を使って、ぴょんぴょん建物の上を飛び回るのさ。単純な直線距離で追われたら絶対逃げられない。もし見つかったら、鎖を引っ掛けるような建物がない平野みたいな場所までおびき出すか、あるいはぶっ飛ばすかしないと逃げ切れないってわけだ」


 レプトとジンは、今まで何度も交戦してきたためにフェイの戦い方や能力は大体把握しているようだった。

 レプトの説明を受けて、ジンはこれからどう行動を起こすかをまとめる。


「ともかく、俺達にこの街を出て逃げる以外の選択肢はない。移動の時は見つからないよう物陰に隠れつつ行くぞ。見つかったら今度は奴らと正面から戦って倒す」


 ジンは二人に目を配り、自分の指示が飲み込めたかを目線で尋ねる。それに対し、レプトは黙ったまま頷いて応える。彼は既に動く準備ができているようだった。それを見たジンは、彼自身も気を引き締め、部屋を出ようと出口の方へと向かう。

 だが、その彼の背をカスミが止める。


「ねえ、提案……っていうか作戦があるんだけど」


 カスミの言葉にジンは振り向き、首を傾げて問う。


「なんだ?」

「いやさ……」


 カスミは誰に聞かれているわけでもないのに、ジンとレプトを自分の近くに集めて小声で話す。しばらく彼女はその作戦とやらを話し続け、説明が終わると、どうだと言わんばかりに胸の前で腕を組み、二人を見た。

 彼女の提案を受けた二人はというと、


「ありかもな」

「やってみる価値はある、か」


 カスミの話に感心した様子で、お互い顔を見合わせていた。カスミは二人が自分の作戦を評価しているのを見ると、二ッと小さく笑って腰に手を当てる。


「じゃ、それで」


 カスミの声かけに、レプトとジンは同時に頷いた。


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