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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
日差しの跡と雄風
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神風

「チッ……飛んでてウゼェな」


 レプト達五人は上空に大きな翼を持って舞い上がる鳥類型の魔物達を頭上に、手をこまねいていた。車上に現れた魔物は、翼を持つ飛行能力を有したものであった。そういう魔物が約十数匹、レプト達の上を舞っている。障害物も上空に距離を近づけるような木も近くにはなく、接近戦しかできない者達は特に手を探すのに苦労していた。


「俺が引きずり下ろす。レプトとリュウはそこを叩いてくれ」


 鎖を操るフェイは上空に舞っている魔物達の翼に鎖を引っ掛け、その飛行を妨げることによって他の者の手助けを行っていた。レプトとリュウは彼に近くまで魔物を引っ張ってもらうのを待ち、その機を逃さず叩くことに集中する。

 対して、遠距離に対して攻撃する手段を持つカスミとレフィは各々で魔物への攻撃を続けていた。レフィは火炎を、カスミは投石を利用することで戦闘を地道に運んでいた。しかし、敵も生物である以上危険を察知して避ける習性は持っている。いくら二人の攻撃が一定以上の素早さを持っているとはいえ、確実に敵を倒せるわけではない。


「ああもうッ! ちょこまかとムカつくわね」


 体重を乗せ、肩を思い切り振るっての投石を避けられ、カスミは地団太を踏んで上空を睨みつけた。頭上では、魔物達が彼女達一行をあざ笑うように高く耳障りな鳴き声を上げている。


「冷静になろうぜ、カスミ。オレが追立役で、カスミが仕留め役にしよう。したら、ちっとはマシになるんじゃねえか」

「……えっと? 私の足りないオツムじゃ瞬時に理解できないんだけど」

「合図出したら分かるって。じゃ、石投げる準備してくれよなッ!」


 言いながら、レフィは一匹の魔物に目を付け、その後方に火炎を操って向かわせた。すると、その魔物は翼を大仰に振るって前方に飛び出し、火炎を回避する。その瞬間、魔物の体勢が揺らぎ、動きが一瞬止まった。その隙を見逃さず、レフィは声を張り上げる。


「今だッ!」

「しゃあッ!! 地面舐めてろッ!!!」


 汚い言葉を吐きながら、カスミはその手から拳大の石を射出する。小ぶりの隕石のような勢いで放たれたそれは、レフィが退路を断った魔物に的確に命中、その体を撃ち落とす。それを確認した瞬間、カスミとレフィは同時に声を上げて成功を喜んだ。


「やりぃッ! 続けていきましょ!」

「このままいきゃ、レプト達と合わせて案外早く終わりそうだな」


 魔物を安定して仕留める方法を確立したレフィとカスミは高揚の声を上げ、上空に各々の武器を向けた。レプト達も同様、フェイの鎖から始動する狩り方を手に馴染ませている。最初は十を超える数もいた魔物達は、既にその大台を切っていた。

 ただ、一行の戦闘ががもう少しで終わろうとしていたその時だ。突如、周囲に暴風が吹き荒れる。その風は付近の草花を皆立ち上がらせ、地面に立っている人間の足元すら危うくするほどの風だった。レプト達は皆、一瞬この風に対する備えで手いっぱいになってしまう。


「魔物の力か……!?」

「だとしたらヤベェ……!」


 リュウとレフィが上空の魔物を見上げながら呟いた、次の瞬間だ。


「ヒイイイィィィィィッッッヤホオォォォォッッッ!!!」


 女子の、音という意味でもテンションという意味でも凄まじく高い声が平野に響き渡る。その声が聞こえてきたのは、魔物達のいる方向と同じ、上空だ。咄嗟に一行は皆顔を上げる。その瞬間、彼らのいる大地に人型の影が二つ、颯爽と現れた。

 その影が現れたその時、レプト達の近くに魔物達が次々と落下してくる。彼らは警戒で視線を向けるも、それが魔物達の攻撃という意図でないことはすぐに分かった。彼らはその全てが目と口を開き、翼を動かしていないのだ。気を失っているか、絶命しているのだろう。魔物達の体には矢が刺さっていた。


「一体……?」


 ひとしきり魔物の雨が止むと、上空に浮かんでいた魔物の影と、人型の影は消えていた。同時に、先ほどまでの暴風が嘘かのように止んでいる。魔物達の脅威を一瞬にして退けた風と、そして声の主。一行はこれらの現象の原因を探そうと、周囲を見渡す。

 が、五人がそれを見つける必要はなかった。


「決まった!! やはりアタイがイチバンだッ!!!」


 高い声が、頭上から鳴り響く。空には既に何者もいないという事を確認しきっていたレプト達は一体何事かと声の主の方を振り向いた。声のした方向は、移動に使っていた車、その屋根の上だ。そこには、透き通るような薄緑の髪をした少女と、亜人の少年が立っていた。

 少女は毛皮でできた薄着の衣服を身に纏っており、屋根の上で何度も飛び跳ねてはガシガシと音を立てている。十を過ぎたくらいの歳ごろだ。そして、背には何故か服装とはかけ離れた技術が使われているらしきグライダーのようなものを背負っている。彼女は興奮を抑えきれないと言った様子で跳ねながら、隣の亜人に声をかける。


「どぅーだワインド。アタイの方が絶対役に立ったね」

「いんや、仕留めた数は僕の方が上だ」


 少女の隣に立つ亜人、彼はそっぽを向きながら少女の言葉に応える。

 ワインドと呼ばれた少年は、鳥類の色を強く体に宿す亜人だった。全身が黄色の羽に覆われ、顔までもが羽毛に包まれている。腹より上は細いが、腰からつま先にかけてまで、特に太ももの辺りは筋肉が発達しているらしく、短く太い。そして何より特筆すべきなのが、その両腕に備えた広い皮膜を持つ翼だ。そこには根の太い羽がびっしりと生えており、他の部位よりもずっと強靱なことがうかがえる。手は翼の一部となっているらしく、人間らしい指は見えない。足は靴などの履物はしておらず、甲殻に覆われた細い脚部がむき出しになっている。顔も全てのパーツが人間から離れているが、最も特徴的なのはその口。彼の持つそれは人間のものではなく、鳥類のクチバシのようだった。全体像や四肢は人間に似通っているが、若干腹や腰の位置が人間の平均よりも低く見える。彼は背に矢筒とボウガンを背負っていた。


「リューゲル族だ。僕の里の近くを少し行った所にも集落があったよ」


 リュウは一言で亜人の少年について一行に説明する。彼の一言に好奇心をそそられた彼らは静かに二人を見上げた。そんなレプト達が興味の視線を注ぐ中、少女とワインドは構わず手柄の主張を双方に続けている。どうやら二人が魔物達を倒したらしい。


「数じゃ語れねーモンがあんだよッ! だってだって、アタイは能力で風を起こして、おめーを飛ばしてやっただろ?」

「ふん。それを言うなら、魔物に襲われる彼らを見つけたのは僕の眼さ。君の眼じゃ見えるのはせいぜい自分の足元くらいだろ」

「なにぃぃぃ~~!!」


 ワインドの余裕ぶった煽りに少女は顔を真っ赤にし、彼に食って掛かろうとする。だが、そんな喧嘩を止めようとリュウが二人の足元から声を上げた。


「ちょっと君達! 仲良さげな所悪いけど、いいかな。お礼を言いたいんだ」


 右手を上げながらリュウが張った声に、真っ先に反応したのはワインドだ。彼は両腕を振るってそこに生えた羽を騒々しく鳴らしながら怒鳴り声を上げる。


「仲良くないッ!! 僕達は手柄を競っていただけさ。別に一緒に仲良くしてたってわけじゃないから勘違いしないでくれよ」


 そう言うと、ワインドはぷいとそっぽを向き、少女から距離を取るように車の屋根から飛び降りた。そのあからさまな様子にリュウは口元を緩ませそうになりながらも、再び少女の方に声をかける。


「君もさっきはありがとう。こっちに降りて、話出来ないかな」

「おういいゼッ! なんてったってアタイはお前達のヒーローだからな、ビシィッ!!」


 リュウの感謝の言葉を受けると、少女は効果音を自分で口にしながらポーズを決める。漫画で見るような戦隊モノのキャラがとるような姿勢は、車の屋根の上という場所と、被写体が少女という状況のせいで少し滑稽に見える。が、彼女自身は気付いていないらしい。少女は胸を張り、一行を見下ろした。


「褒め称えるがいいぞ。このフリューを……な」


 少女フリューは一行を頭上から一度に視界に収める。自らが助けた相手に感謝を向けられる愉悦を感じながら、彼女は首を回してレプト達の顔をそれぞれ端から見ていった。


「……あ?」


 その時だ。それまで等速で横に動いていたフリューの首が、ピタリと止まる。そして、一点に向かって視線を向けた。彼女の目線の先にいるのは、レフィだ。


「……オレ?」


 ジッと見られ続けてようやく自分に注意が向かっていることに気付いたのか、レフィは首を傾げた。彼女自身にはフリューに目を向けられるような覚えがないのだろう。

 一陣の風が吹き抜ける。清涼なそれが一行の髪を揺らしたかと思った、その瞬間だ。フリューは車の屋根の上から飛び上がり、両手を広げて一直線にレフィの方へと落下していく。


「ヨウゥゥーーーーッ!!!」


 大声を上げる彼女の顔には快晴のような満面の笑みが浮かび、玉の涙が双眸から散っていくのがあった。

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