妹
「あの野郎、次会ったらぶっ殺してやるッ!!!」
一切の壁紙をしていないコンクリート打ちっぱなしの壁と床で覆われた廊下。蛍光灯の間隔が広く、壁の色も相まって薄暗いそこで、セフは吠えた。彼女は固く握りしめた拳で壁を殴り、唸り声を上げる。強い恨みに頭を焼かれている彼女の歯ぎしりは、少し離れた所に立つパートの耳にもハッキリ聞こえるほどだ。彼は激怒しているセフの様子を目に入れると、直前にまでしていた話を振り返りつつ、彼女を諫める。
「落ち着け。確かにあの男には仲間を奪われた。だが、もう過ぎたことだ。殺す意味は薄い」
「んなこと言ってられるかよッ! 放置したら、また仲間が殺されるかもしれないんだぞ! ……アタシ達を欺いて、あの野郎よりによってソーンの前で仲間を殺すなんて……許せねえ」
「……奴をどうするか、慎重な判断が必要だ。状況が妙だったこともある。あの殺しがあいつらにどんな利益を齎したのか、そういうことも考えなきゃいけない。それに、あいつは……」
二人は、拠点にしていた遺跡で仲間を失った件について話しているようだった。そして、この話の容疑者になっているのはフェイかジンだろう。二人を犯人に当てはめた場合、確かにセフとパートは彼らに嘘を吐かれたことになる。事実を知らない彼らからしてみれば、フェイらは断じて許すことの出来ない相手のはずだ。
憤りと冷静さ、組織を左右する二極の感情を持った二人がそうして話し合っている時だ。彼らのいる廊下に一人の女が通りかかる。彼女は二人の横に着くと、足を止め、彼らに声をかけた。
「私の兄さんの話かな」
黒い癖のある髪、目尻の下がった緩い印象を受ける目。それらを持つ彼女は背の後ろに手を組み、腰を曲げて二人を見上げながらそう問う。
「フウ……まあ、そうなるかな」
女をフウと呼び、パートは頭を抱えながら質問に答えた。彼は問いに返した流れから、これにまつわる疑念を思いつき、逆にフウに問いを投げる。
「なあ、本当に別の可能性はないのか?」
「んぅ、何が?」
「だから……あの男、お前は兄で間違いないと言うが……」
「それは何度も言ったでしょ~」
パートの言葉を柔らかい口調で遮り、フウはふにゃりと笑う。
「パートが見た首飾りは私と兄さんの大切なもの。形見だよ。他の人が持ってるとは考えられないかな。もし間違いがあるんだとしたら、パートの見たものになるけど、間違いないんでしょ」
「そう……だな。前にフウに見せてもらったものと、全く一緒だった」
「なら、間違いないよ。二人が戦ったのは、フェイ。私の兄さん」
「なあフウ。それだとよ……」
セフとパートが戦い、捕えた人物こそがフウ、仲間の兄であった。その根拠と確かさについてフウとパートが話していると、そこにセフが割って入ってくる。彼女は不安と申し訳なさを同居させた表情で、フウにおずおずと言葉をかける。
「お前の兄貴が、アタシ達の仲間を殺したことになるぜ? その……そいつの仲間、かもしれねえけどよ。あのジンって男」
「そうなるね。兄さんか、あの男か。二人の見たクラスって可能性もワンチャンあるけど、あんまりなさそうだし」
「……やっぱり違うんじゃねえか?」
セフは逃げ道を探すように話を進めていく。彼女はフウの肩に手を置き、説得するように揺さぶる。
「お前みたいな奴の兄貴がそんなこと、するわきゃねえだろ。大方、あいつはお前の街で火事場泥棒でもして、それでフウ達の形見を身につけてたんじゃ……」
「……考えにくいと思うけどな。それに、そこにいる彼が前々から、私の兄さんは生きてるって言ってたじゃない」
言いながら、フウは三人の立っているすぐ隣の扉を示す。その中にいる人物が、彼女の兄であるフェイの存在を話していたと言うのだ。だが、セフとパートの二人はフウのその言葉を聞くと、信じられないという風に目を見開く。
「こいつの話を信じるのか?」
「……確かに言った通りではあったが」
二人はハッキリと否定はしないものの、フウの考えに肯定的でないことは明らかだ。セフとパートはフウの事こそ信頼しているが、彼女の思考まで全て考えを同じくするという訳ではないらしい。
ただ、そんな二人の疑いには屈さず、フウは小さく笑う。
「これからまた話を聞いてくるよ。それじゃ」
言いながら、彼女は隣のドアを開き、部屋の中に入っていった。その背を、セフとパートはただ見送るのだった。




