期限の解消と、心の友
「妹……確か名前は、フウだったな」
「そうだ。そして、あいつは恐らくリベンジにいる。十年以上も前から捕虜になってるか、あるいは……」
リベンジの拠点跡地にて、探索の結果を七人は報告し合っていた。結果としては、ほとんどが成果なし。リベンジの行先を断定できるようなものは誰も見つけていなかった。しかし、何より大きな成果として、フェイが自身の妹に関する情報と、生きているかもしれないという期待を手に入れた。不安を纏ってはいるが、彼としては掴みたい期待のはずだ。それらを踏まえて、一行はこれからのことを話していた。
「どちらにしても、俺としては見過ごせない。だから……レプト」
「なんだよ」
「お前の旅なのに申し訳ないんだが……旅の道すがら、近くを行くことがあったら俺の故郷に寄って欲しい。廃墟のままだが、何か残っているかもしれない、からな」
「あぁ……んだよ。別にそんなん、頼むことじゃねえぜ。それに、この旅は俺達の旅だからな」
少し前まで敵だった相手の要請を快諾し、レプトは笑う。それに、フェイもフッと小さく笑顔をつくって返す。そんな彼らのやり取りを目に、現在の一行のまとめ役とも言えるポジションになったメリーが話をとりあえずの形に固める。
「じゃあ、とりあえずはこのままカスミの故郷シャルペスに向かう進路は変えずに行こう。フェイ、後でお前の暮らしていた場所がどこだったか、適当に教えてくれ。他は……目的地もないな。これで行くとしよう」
方針がまとまると、メリーは意見の相違が無いかを確認するように一同の顔を見回す。そこに別の意見はない。皆、頷いて示していた。
だが、こうして話が終わろうとしていた時だ。おもむろに、シフが手を上げて言う。
「僕はこの辺でワテルに戻ることにするよ。君達のおかげで未来が出来たってことを、街の皆に報告しないと」
シフがレプト達の旅に同行した理由はもともと、彼女自身の体を蝕むクラスの症状を抑えることだった。それを達成した今、一行の旅にずっとついていく必要もなくなったのだ。それに、命に関わる問題だっただけに、彼女が街に残してきた仲間達も心配しているだろう。
シフの言葉を聞くと、六人は名残惜しそうに彼女を見つめた。特にその色が強かったのは、同類であるレプトだった。彼はシフに歩み寄ると、その肩に手を置いて声を上げる。
「短い間で、ずっと大変だったけどよ。楽しかったぜ。また、会おうな」
「……うん。僕もそう思うよ」
長く言葉で語ることはせず、二人は互いの気持ちを伝え合う。
「さてそれじゃ、途中でシフを落とす経路で進むとするか。ほら、皆車に乗ってくれ。フェイ、運転頼む」
「分かった」
メリーの軽い指示に従い、一行は動き始めた。近くに停まっている車に彼らは軽い話をしながら乗り込んでいく。
そんな中、メリーは足を動かさず、一人のことをずっと見つめていた。彼女の視線の先にいたのは、シフだ。メリーはシフが最後尾で車に乗り込もうとするのを見止めると、彼女の背に声をかけて止める。
「シフ」
「……ん? どうしたの」
呼び止められ、シフはメリーの方を振り返ると彼女に走り寄ろうとした。が、そんなシフの足を止めるように、彼女の目の前に小さな物体が三個落ちてくる。メリーが投げたらしい。シフは焦った様子でそれらを咄嗟に手で受け止めると、頬を膨らませてメリーを咎める。
「ちょっと! いきなりモノ投げるなよ!」
「それ、持っといてくれ」
「え……? えっと」
メリーの言葉に気になって自らの掌をのぞいて見てみれば、そこには一つの連絡機と、そして煙草とライターがあった。連絡機は分からないでもないが、後者二つの意味が分からず、シフは首を傾げる。
「これ、ケータイか。連絡用に……で、こっちは煙草とライター? なんで? 僕に吸えっての?」
「違う、なわけあるか。預かっといてもらうんだよ」
メリーはシフの手元を指さしそう言った。彼女はくるりと振り返ってシフに背を見せると、小さくため息を吐いて頭を掻く。その様子を端眼に、シフは連絡機を懐に入れ、改めて煙草とライターを見た。
「預かるって、いいの? メリー、よく吸ってるじゃん」
「ストックは一杯ある。お前に渡すのは次に私達が会う時のためだ。その時車があれば煙草の予備もあるだろうが、そうとも限らない。なかったら困る」
「……そんなに煙草って大事かな」
「私は三日切らすと発狂するからな」
「キモ……」
「おい、恩人になんて口きいてやがる」
煙草がないと生きてられないと言うメリーにシフは湿った目線を向け、率直な感想を告げた。メリーはシフの毒を耳ざとく拾い、睨みをきかせる。だが、彼女のそれにシフは小さく笑って返した。荒い言葉の返しにはそぐわない清々しい笑みを浮かべてみせたシフに、メリーは目を丸くする。
「何笑ってる?」
「いや……メリーは良い性格してるなって」
「馬鹿にしてるのか?」
性格を咎めているのかとメリーは眉を寄せながら問う。シフの方はというと、さあ、と言うように肩をすくめて笑みを浮かべてみせた。冗談めかして笑ったシフを見て、こんな下らないことで言い合っていることを可笑しく思ったのだろう。メリーも彼女と同様に、喉の奥から笑い声をあげる。
「忘れずに持っておけよ。いつ次会うか分からないからな」
「うん。……ちょっと摘まんでもいいかな?」
「もう少し年食ってからにしろ」
「そう? 一本二本でそんな害にはならないと思うけどなぁ……」
メリーとシフは軽やかに笑いながら、並んで車に入っていく。二人の間に初めに会った時のような大きい確執はない。雨降って地固まるというが、二人の間にできた絆は、互いに思っていることを隠さずにい続けたからこそのものだろう。その結果互いを罵り合うことも多々あったが、今の二人の言い合いには過去あったような重さはなかった。
期限付きの自由を持った少女と、そこに関わった責を持つ女。彼女達にまつわる全ての心配事が消えたわけではなかったが、今、並んで歩く二人に憂いはなかった。




