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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
ひねくれ魚人と逡巡の女研究者
248/391

晴れ後の暗雲

「奴らがいない……?」


 一行がジンを失ったその翌朝。フェイとシフを加えた七人は皆でリベンジの拠点があった場所までその様子を見に来ていた。だが、そこにはただ寂れた遺跡の跡地があるのみであった。昨日までは見張りもあちこちにいたはずだが、そこに人の姿は一切見当たらない。フェイを先頭にし、森を抜けた彼らは目標物が綺麗さっぱり消えていたことに驚く。そんな中、状況判断の早いメリーはこの状況に至るまでの彼らの動向を予測する。


「恐らく、ここは仮拠点みたいなものだったんだと思う。一組織の大本にしてはボロすぎる。フォルンを襲うための一時的な拠点だったんだ。で、昨日の状況。奴らとしては、フェイが未だ軍人であることを警戒せざるを得なかったんだろ。もしそうなら、軍に居場所がバレたってことになるからな。それで、昨日の内にトンズラしたわけだ」


 軍に襲われることを危惧しての逃走。メリーの考察したこのリベンジの消えた理由が正しかろうが、そうでなかろうが、一行としては目標を失ったことに違いはない。朝の森の中、鳥のさえずりが耳に軽やかに響いている。昨日に雨があったこともあってか、森には活気があり、匂いも強い。しかし、七人には良い状況とは言えない。手掛かりを失った。


「……とりあえず、手分けして何か残っているか探そう。拠点を記した地図でもあれば、めっけものだが……」


 ジンの発見を強く願うフェイの言葉に、他の皆も従う。彼らは各々、手近な建造物を漁りに行くのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「で、なんでアンタと一緒なのよ」

「偶然だ」


 先日、フェイとシフとジン、その三人がパートと会話した建物。今はそこを、フェイとカスミが探索していた。お互い手近な場所を探そうとしていただけだったが、偶然にも同じ場所に入ってしまったらしい。昨日のように雨が降っているわけではないが、窓の小さいこの部屋は朝でも暗く、そして狭い。そんな部屋の中、互いの存在が目に入らない訳もない。特に過去、強くフェイを敵視していたカスミには彼を無視することはとてもできなかった。


「……ちょっと、フェイ」

「なんだ」

「……許してやるわ」

「は?」


 珍しく戸惑っている様子のカスミは、言葉に迷ったのか妙なことを口走る。それに対し、部屋にある棚を物色していたフェイは顔を上げて首を傾げた。


「一体何のことだ」

「色々よ。レプトをずっと追ってたこととか、レフィの腕撃ったこととか……」

「全部お前じゃないだろ」

「私じゃないけど仲間の事よ。ただ……そう。二人はもう、なんか普通みたいに接してるし……ここで私が引きずってたら、それこそ嫌な奴だから」

「それで、許してやる、か……」


 自分の思考がまとまらないことに苛立っているらしいカスミのことを、興味深そうにフェイは見つめた。そんな彼の視線が針のように刺さったらしく、カスミは顔を赤くし、怒鳴り声を張り上げた。


「うるさいわねッ! アンタに謝る筋合いはないから許してやるっつってんのよッ!!」

「……全くその通りだな。それで謝られたら、こっちも気持ち悪かった」

「ああん? ……一言一言ムカつく奴ねまったく」


 煽るようなフェイの言葉に、カスミは腕を組んで指を忙しく動かす。そんな彼女に反し、フェイは別にどうということもなさそうだ。どうやら、味方同士になっても相性はそこまで良くないらしい。

 そうして、口を動かしながら探索を進めていたフェイは棚の中身の物色を粗方終える。彼は次を調べようと入口の方を振り返った。その時、ふと彼の視界に部屋の真ん中にあるテーブルが目に入る。その上に、何かが置いてあるのだ。目立つ所ではあるが小さい装飾品の類だったため、入ってきたときに見落としていたのだろう。


「なんだ……?」


 地図やリベンジの次の目的地が分かるようなめぼしいものが見つからなかった失意から、フェイはそういった目的からは離れたそれにまで目を向ける。彼はテーブルにゆっくりと歩み寄り、その装飾品を近付いて目に入れた。それは、節々の小さい鎖で輪をつくった首飾りだった。その輪の先には、銀のロケットがあった。


「……え」


 それは、あるものと酷似していた。ハッキリとその目に留めた瞬間、フェイはそれに気付く。そして思い当たった時には彼の手は自然にその首飾りを手に取っていた。彼は口を意味もなく開閉させながら持った首飾りを隅々まで見回し、最後にロケットの部分を見る。そして、その中身を見るために留め具を外した。

 カチッという軽い音と共に、ロケットの中身が露わになる。そこには、二枚の小さな写真が入れ込まれていた。二人の少年少女の写真だ。フェイにとって、焼き付くように頭に刻まれているそれを見た瞬間、彼は動揺から大きく目を見開く。


「ど、どうして……これが、こんな所に……!?」


 首飾りを手にしたフェイの手は傍から見てハッキリと分かるほど大きく震えていた。そんなフェイの揺れる声を耳にすると、別の場所に目をやっていたカスミも彼の方を首を傾げて見る。


「どうしたのよ? ……何、それ?」

「俺と、妹の……家族の思い入れの品だ」

「ああ……そう。えっと、感傷に浸るのもいいんだけどさ、それ今じゃなきゃダメなの?」

「そうじゃない」


 カスミの言葉を否定し、フェイは手に持っていた首飾りをテーブルに置くと、懐に荒く手を突っ込む。どうやら相当に動揺しているらしい。一体何事かとカスミがテーブルに目を向けると、丁度その時、フェイは目的のものを手に取った。そして、自らの目の間違いでないことを確認するために、懐からそれを取り出し、先ほどこの部屋で見つけた首飾りと並べる。


「あれ? 二つ……同じのね」

「ああ。お前もそう言うなら、見間違いじゃない……みたいだな」

「……どういうことなのよ?」


 状況が掴めず若干のイラつきを見せるカスミに、フェイは自分に言い聞かせるように今の状態について説明する。彼の首筋には、冷えた汗が伝っていた。


「これは母さんが生きていた時に、俺と妹にそれぞれ一つずつ作ってくれたものだ。俺達はこれをずっと肌身離さず持っていた。あの日も……そして俺のはずっと手元に。妹の持っているもう片方は、故郷の瓦礫の下にでも埋まっているものと思っていた」

「……え、じゃあ一体、ここにあるそれは何なのよ?」

「だから、それが分からないんだ……なんで、どうして……」


 二つの首飾り、ロケットの中で微笑む二組の過去の自分と妹。フェイはそれを前にして思考が回らなくなったのか、頭が重くなったかのように項垂れ、両手をテーブルにつく。そして、彼は掠れるような声で妹の名を呼ぶのだった。


「まさか……フウ。生きて……」


 予想の一切を置いていった事態は、それに伴うはずの期待や嬉しさまで鈍らせる。フェイは自分の妹が生きているかもしれないという状況に、明確に喜ぶことが出来ずにいた。だが、それはこの状況が唐突過ぎたからというだけではない。彼の中で、一つの不安を纏う推測が立っていたのだ。


(リベンジにいる、のか……?)

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