立場と仇
「お前達はどうして戦っているんだ?」
「……俺とセフの事か? それとも、リベンジ全体のことを聞いてるのか?」
フェイに問われると、パートは誤魔化すことはなく、質問の意図を問うた。パートのそれを、問いに答えようという意志の表れととったフェイは包み隠さず自分の意志を口にする。
「お前達二人については、確かに興味がある。だが、聞きたいのは後者だ」
「一応、その訳を聞いておこうか」
フェイの問いに対してパートは彼の意志を問いただす。自分の心中を曝け出せという指示に、フェイは目を閉じて思考する。彼の閉ざされた瞼の裏に映るのは、幼い日に過ごした家族との日々だ。
「何で俺の家族が殺されなくちゃいけなかったのか、知りたい。何もしちゃいなかったはずなんだ、悪い事なんて。……お前やセフという女を見ていてもそれを知ることは出来なかった。だから、お前の口から直接それを聞きたい。リベンジは、なんのために戦っている。前にあの女が言っていた、失わないためっていうのはお前達だけのことなのか?」
自らの喪失の理由を探すフェイの質問を耳にすると、パートは顔を険しくする。濡れた髪を拭くのに使った湿気を含んだ布をテーブルに置き、彼は少しの間俯いて黙り込む。そんな彼の頭に、フェイは問い詰めるような視線を投げかけ続けていた。
雨が建物の天井を打つ音がやけにうるさく感じるような沈黙。話の中心にいないシフとジンはその暗い静寂に居場所を求め、チラチラと目を合わせ始めていた。そんな中、パートはおもむろに語り始める。
「今ここにいる奴は大体そんなもんさ。ただ、アンタもさっき言っただろ。最近は多少判断を交えるようになっただの、なんだの」
「……お前達の動きは三年前から変化し始めた。そのことと関係あるのか?」
「そうでなきゃアンタ達は今生きてない。三年前を機に俺達の在り方はそれまでとは大きく路線を変えたんだ」
「どういう……その時期に一体、お前達に何があった」
三年前のリベンジ。それ以前の暴力的な存在から一変したとパートが口にするその契機が何だったのか、フェイは問う。このことはピースにいたアルマにメリー達が聞いていたこととも合致する内容だ。リベンジは三年前に無差別な襲撃をやめた、という情報。軍人であったフェイはその情報を同様に掴んでおり、その内容は彼の中でも気にするところだったのだろう。
「リーダーが変わった……いや、変えたんだ。エルピスとソーンが」
「……! そんなことが」
指導者のすげ替え、その事実があったことを知ると、フェイは口を大きく開いて驚きを露わにする。リベレーションという組織に大きく関わりのないジンやシフですら、その発言には耳を引かれた。そんな三人に、パートは三年前に自分達の身に何があったのか、その仔細を伝える。
「二人は、口だけの大義をかざして暴力を振るう連中が支配していたリベンジを変えようと声を上げた人達だ。身寄りのない所をリベンジに拾われはしたが、ずっとその組織の在り方を疑問視してた二人は同じように思う奴らをまとめ上げ、当時の頭目を打倒した。俺やセフは、その時に二人の側についていた」
「組織が割れたのか。そして、勝ったのはその二人」
「そうだ。あの二人がリベンジを指導するようになってから、組織はその形を大きく変えた。まだ国を変えるなんて大層なことはやれてないが、それでも、力で助けられる連中は助けている」
「この間、フォルンを襲ったのもそれなのか」
「ソーンの指示だ。間違いない」
リベンジという組織が今の在り方に至るまでの経緯の大概を説明すると、パートは背もたれに体重を預けて言葉を続ける。
「一般人に死人は出さないようにしている。戦闘する軍人達に手加減はできないがな。俺も、アンタの胸に銃を撃ったしな」
「あの時はどうも。死ぬかと思ったぞ」
「悪いことをした、とは思わない。アンタ達軍人には散々最悪な思いをさせられたからな。俺もセフも、ソーンも。今も紙一重だ。アンタは悪い奴じゃないし、恩がある。だから助けてやるだけだ」
そう言いながら、パートは一瞬鋭い目でフェイを睨む。その視線は、鋭いと言う言葉だけではとても片付けきれない憎悪があった。フェイ自体を睨むのではなく、軍人という集団を通して彼らを見た憎しみではあろうが、そこには暗く冷たい意志がある。殺人を前にしても厭わないだろう、冷え切った心だ。先の言葉に一縷も偽りはないだろうと、ハッキリ認識させるような瞳。
パートのその目を前にして、フェイは問いを重ねることを諦めた。彼は大きく息を吐くと、まだ湿気の残る頭を拘束された両手で抱える。
「お互い、納得のいく着地点を探るのに時間がかかりそうなもんだ。前のリベンジに家族を奪われて軍人になったのは俺だけじゃない。そして、お前達も俺達から奪われてる。俺はもう軍人じゃないし、お前達がただの悪人じゃないと分かったから関わったりしない。だが、昔の犠牲に拘らないというのも簡単な話じゃないしな……」
「確かに。それに俺達が変わった所で、奴らも都合よく行儀良くなってくれたりはしないからな」
リベンジがその方針を変えたとしても、それに軍が応じてくれるわけでもない。同時に、リベンジの在り方も完全に国側と手を取り合う方針でもない。であれば互いに戦い続け、喪失は続き、二人のような立ち場にある者も今後存在し続けるだろう。そんな、俯いてしまうような将来のことを語り、フェイとパートは少しだけ笑う。
「話してくれてありがとう。失ったことに納得できたわけじゃない。だが、俺が恨む相手はもういないことが分かった。スッキリしたよ」
「こっちも、ま……世話になったよ。お互いさまってヤツだ」
「そうかもしれないな」
言いながら、フェイは懐に手を伸ばす。そうして取り出したのは、以前ユアンに見せていた銀の首飾りだ。彼はそのロケットを開くと、中にある写真に向かって語りかける。少年時代の自分と妹の映った写真が合わさるようにされている飾りだ。
「……ん」
話にひと段落が着き、気を楽にしていたパートの視界にフェイの姿が入る。彼の視線の先が向かっているのは、フェイがその手に持っている首飾りだ。パートの座っている位置からは首飾りの中の写真を見ることが出来なかったが、彼はその形を見た瞬間、口をぽかんと開いて声を漏らした。
「あ」
「……? どうした」
声を耳に入れ、パートの方に目をやったフェイは彼の視線が自分の手元に向かっていることに気付くと、首を傾げる。自分の家族と、ユアンのように自分が時間を共有した相手にしか明かしていない首飾りに興味を向けているパートを違和感に思ったのだろう。
だが、彼が疑問を明確に口にするより早く、ガタッと音を鳴らしてパートが立ち上がった。彼の背の方では、劣化の激しい椅子が悲鳴を上げながら倒れている。だが、彼はそれに目を向けることもなく、呟くようにフェイに言った。
「少しの間、ここで待っていてくれ。頼む」
立場上必要もないはずの要請をポツリと残すと、パートはそのまま部屋を跳ねるような早足で飛び出していくのだった。




