相違
フェイ、シフ、ジンの三人は雨に打たれながらセフの後をついていく。もちろん、周囲にはリベンジの構成員が彼らに得物を向けているままだ。野営の最中に捕虜となってしまった彼らは、自分達の身の安全のためにとりあえずリベンジの指示のままに動く。脱出の機会を探ろうと各々目を光らせてはいたが、移動の最中では掴めそうになかった。
雨を吸って不安定な森の土を踏みしめながらしばらく歩いていると、木々の生えていない開けた場所に辿り着く。森の穴とも言えるようなその場所には、石材によって建てられた建物がまばらに建ち並んでいる。だが、そのどれもが十全な状態ではなく、端々が欠けたり、壁に穴が空いたりしている。建物ごとをつなぐ舗装も相当昔につくられたのか、今は草木の生え方が多少浅いかどうかでしか見分けがつかなくなっていた。集落の跡地か何からしい。リベンジはここを拠点にしていたようだ。雨が降っているため人の出入りは少ないが、それぞれの建物の近くには見張りが立っている。
「戻ったか、セフ」
拠点に入ると、一行が入ってくるタイミングを分かっていたかのように、以前フェイと交戦したパートが現れる。森と拠点との間に立って待っていたらしい。彼と合流すると、部下達とフェイらを先導していたセフが後ろを振り返り、手をひらひらとさせて指示を飛ばす。
「じゃ、お前達は戻っていいぜ。こんな時間に急に呼び出してすまなかったな」
セフは適当な謝罪をしながら解散の命令を出す。それを受けた彼女の部下達はそれぞれ顔を見合わせながら早足に彼女とパートの元から去っていく。拠点の方に指示通り速やかに戻ってく彼らの中には何人かで一組になってブツブツ愚痴を言う者や、捕虜であるフェイ達を見えなくなるまで睨む者達がいた。
「……どうも最近の奴らには落ち着きがないな」
部下達が去り、声を低くして威厳を張る必要がなくなるとパートはため息交じりでぼやく。頼りない声を上げる彼と同じように、先ほどまでは背筋を張っていたセフも大きく肩を落とした。
「まったくだぜ。どうしても昔っから一緒じゃない奴らはよぉ、考え方も取り組み方も変わってるっていうか……」
「難儀なもんだ。人手を増やすとそれぞれ向いている方向が違う奴らが集まっちまう」
「あ……えと、なん、ぎ?」
「難しいことだなって意味だ。さて、今はそんなことはいい……」
首を傾げるセフに柔らかい言葉で意味を伝えると、パートは彼女が引き連れてきたフェイ達に目を向ける。緑がかった黒い彼の髪は雨に濡れ、その奥に光る目は静かに三人を見据えた。
「どうしてアンタがここにいる? 仮拠点とはいっても、場所がバレないようにしてたはずだ」
「偶然だ。軍を抜けて逃げた野営先がここだったってだけで、他に意味はない」
「軍を抜けた……?」
以前交戦した際には間違いなく軍人としての立場で自分に鎖を振るってきたフェイがそれを辞したと知ると、パートは疑いの目で彼を見る。
「チッ、何度聞いても嘘臭いぜ。本当にそうなんだろうなぁ? 今お前がここにいるのは、連中がアタシ達の住処を探り当てて、様子見として送られてきた……とかなんじゃねえのか」
セフは自らの推測を話すとともにフェイ達にすごんでみせた。先ほどは部下達の手前落ち着いて見せていたが、彼女もフェイ達三人のことは疑いの目で見ていたようだ。しかし、彼女の言葉にフェイは全く動じずに返す。
「違う、本当に俺はもう軍人じゃない」
「……んじゃ、隣の二人は何モンだよ。片方はアグリか?」
「シフ。クラスだよ」
「ジンだ。旅をしていたが、なりゆきでこいつら二人を連れることになった。シフとは元から一緒で、フェイに関しては……フォルンで路頭に迷っていたこいつを拾った、それだけだ」
セフの質問に応じ、シフとジンは自分達の素性を明かす。シフは警戒を隠さずに短く応えたが、ジンは自分達の身の上をそれとなく誤魔化す。彼自身も軍人だった時期があるが、それを口にしてはセフ達に印象が悪いと踏んでの事だろう。
二人の答えを聞いたパートは、彼らの説明の中に気になる言葉を一つ見つけたのか、それを口にして確認する。
「クラス? アンタがあの?」
「えっ……知ってるの」
「二年前の、都で起こった事件の犯人だろう。世間じゃ、俺達とアンタ達クラスが手を組んでやったことになってるらしいが……」
「……えっと?」
パートの言葉にシフは目を丸め、首を傾げる。ワテルという街にずっと暮らしていた彼女には都付近の情報が入ってこなかったのだろう。そんな彼女に、軍人の立場で知らされていた二年前に起きた出来事の概要をフェイが伝える。
「レプトやお前達が逃げ出したのが、丁度二年前くらいだろう。そっちと関係あるかは分からないが、同じ時期に都セントラルの重要施設が破壊された。その事件は、こっち側じゃお前達がやったもんだと報じられていたし、ほとんどの人間が信じている」
「え……全然知らなかったよ。その事件が二年前のいつか知らないけど、僕はエボルブから逃げてからずっとワテルにいた。そんなことは……」
全く身に覚えがない疑いをかけられていたことを知ると、シフは苦い顔をして俯いた。そんな彼女の肩を、セフがポンと軽く叩く。
「お前も、クソッたれな連中の被害者だったんだな」
セフの顔は捕虜に向けるものとは思えないほど明るく、快活そうな笑みを浮かべていた。雨に濡れてなお眩しくすら見える笑顔のまま、彼女はシフの今後の扱いについて楽しそうに語る。
「その気があるんなら、ウチに入れてやってもいいぜ。なに、無理言って戦いに出したりはしねえし、必要なら飯も寝床も用意してやれるぜ。隣の男どもは駄目だけどな」
「……せっかくだけど、遠慮するよ。僕には帰る所があるし、元気になったって伝えたい仲間達がいるから」
「ほぉん、そうかよ。ま、助けがいらねえならそれが一番だ。……なあパート、こいつは放してやってもいいんじゃねえか」
クラスであるシフの境遇に大きく共感したらしいセフは、パートの方を振り返って彼女の解放を提案する。しかし、パートは難しい顔をして腕を組みながら応える。
「いや、そうもいかない。何もしないまま帰しちゃ、捕まえた手前仲間に示しがつかない」
「ん……いや、そりゃ隣の男二人をこってり絞れば……」
「そうもいかないだろう。あんなに多くに見られてたんだから。そうだな……」
パートは少し悩むように腕を指でトントンと叩いた後、セフに軽く指示出しする。
「セフ、お前はこの間に捕まえたあの軍人の尋問に行ってくれ」
「え、ああ……あの妙なこと言ってた奴か」
「こいつらは俺が尋問する。素性とどうしてあそこにいたのかがハッキリしたら、ソーンに処遇を決めてもらう」
パートの言葉に「話したじゃん石頭」と小声でシフは二人に気付かれないように零す。そんな彼女の小言を耳に拾ってか、パートはフェイ達三人の方を振り返り、念を押すように言った。
「さっき言ったことが本当とは限らないからな」
「んぐっ……」
直前に悪口を口走っていたシフは身を縮め、パートから目を逸らす。そんな彼女の隣でフェイとジンはパートに警戒の目を向ける。誤魔化したり嘘をついたりする必要が無いとはいえ、相手はあのリベンジの一員だ。何をされるかは未知数。加えて、パートは戦闘中においてもセフよりも適格に状況の考察をしていた。それを知っているフェイは尚更彼に強い警戒を向ける。
「ん~……分かった。じゃ、任せるぜパート」
パートの指示を飲んだセフは親指を立てて示すと、さっさと四人の元から離れ、拠点の方へと向かって走っていく。ズレないように頭の帽子を押さえながら雨を避けるように駆けていく彼女の背を見送った後、パートはフェイ達を振り返った。
「じゃあ、ついてきてもらうぞ」




