復讐心の方向
「やぁフェイ、元気?」
「シフ……それに、ジンさんまで」
リベンジの構成員、セフとその部下達に集団で武器を突きつけられて動けなくなったフェイの元に、シフとジンが現れる。それぞれリベンジの人間が二人で銃を後頭部に突き付けており、とても身動きが取れる状況ではない。三人は揃ってリベンジ達に膝をつかされる。そんな中、フェイの真横に並ばされたシフが皮肉気に笑った。
「状況は大分まずいようだ」
シフと同様にフェイの隣へ並べられたジンは。冷静に周囲を見渡しながら言う。彼が言うように、状況はリベンジ側の圧倒的有利だ。セフを筆頭にする彼らは現在二十人を超えるほどの人員で三人を囲っており、そのほとんどが銃を三人に向けている。彼らが銃を持っておらず、近接武器しかもっていないのであればフェイ達に抜け出す目はあったのだろうが、生憎そううまい状況ではない。
「よぉ、この間はよくもアタシとパートの腕に大層なトンネルを掘ってくれたよなぁ、ああ?」
手を上げ、無防備な状態のフェイにセフがすごむ。彼女は以前にフェイにやられたことを随分と根に持っているらしい。ねちっこく、三人の中でも真ん中にいるフェイにグチグチと文句を垂れる。
「それに、でけえのを何発ももらった。この貸し、これからどう返してやろうかアタシはわくわくが止まらねえぜ」
「俺はもう軍を辞めた」
「……あ?」
恨み言に急に水を差されたセフは目を丸くし、目の前のフェイを見る。彼は、銃を向けられて命の危機にある者とは思えないほど揺れのない目をしていた。音を増す降りしきる雨を受けながら、彼は瞬き一つすることなくセフに視線を返す。
「お前達に危害を加えるつもりはない。隣の二人もそうだ。リベンジに仇なす組織ですらない。お前達が俺達を排除する必要性は全くない」
「……それで」
理屈で自分達を守ろうとするフェイに、セフは冷えた視線を送る。
「ここで俺達の命を奪ったら、お前はお前がいるリベンジの存在意義をそのまま否定することになる」
「テメエは一体何が言いてえんだ?」
「革命のために組織された、世界を変えるためなら殺しもやれるご立派な連中から、ただの私怨だけで人を殺す奴がいるクズ共の集まりだってことになる。お前一人のガキ臭い幼稚な判断でな」
「…………」
挑発を交えながら、フェイは自身らを攻撃することの意味をセフに説く。当然、彼のその煽りを受けたセフは大きく機嫌を崩した。彼女は動揺を顔に出さないようにしながらも、その手に持った斧をおもむろに肩から下ろし、フェイに向けた。冷たい刃に雨が落ちる。
「だったら何なんだ? お前ら殺せばそんなこと知ってんのはここにいる仲間達だけだ。んなこと言われた所でよ、気分次第でアタシはお前を殺せるんだぜ。それに、さっきのお前の言葉が本当である証拠もねえ。お前は軍人のままで、アタシ達を調査するためにここにいるって考えりゃあ辻褄も合うしな」
「……それで、殺すのか?」
「ああ」
セフは、斧の刃先と同じように冷え切った視線をフェイ達に向ける。目の前を曇らせる雨のせいか、その目に宿る真意は見えない。
セフの言葉を聞くとフェイは、大きくため息を吐く。
「つくづく失望したよ」
「……あ?」
雨音にかき消されそうなフェイの声を、セフは一言違わず聞き取り、額に青筋を浮かせる。同時に、斧の柄を握る彼女の握力が増す。木製の柄が軋むような音を立てるほど強く握られたそれをすぐ横にしながら、フェイは怯むことなく口を動かし続けた。
「俺は両親と妹をリベンジに殺された。もう十年は前のことだ。あの時の連中は間違いなく、殺す相手を選ばないただの暴力集団だった。最近は多少判断を交えるようになったと思っていたが、間違いだったらしい。今も変わらずだ。お前のことも、以前の奴らとは違うと思ったから見逃した」
フェイはセフに訴えかけるように視線を真っ直ぐ向けた。
「どうやら間違いだったらしい。お前達は助ける価値もない連中のままだったんだな」
自分より圧倒的に不利な立ち位置にあるフェイの言葉を、セフは黙ったまま聞いていた。フェイの隣にいるジンに動揺はない。フェイがどのような人物かをまだよく知らないシフは彼の相手を煽るような言葉に顔を青くしている。周囲のリベンジ達の反応は主に二つに分かれ、フェイの言葉に怒りを覚えて得物を震わせる者もいれば、静かに息を吐いているだけの者もいた。
フェイの言葉に各々がそれぞれの表情を見せている中、雨音が次第に大きくなっていく。耳障りにも響くそれは、口を開くことすら憚られる重い沈黙を多少は和らげてくれているようだった。
「……チッ」
降りしきる雨の中、セフは重い動きで右手の斧を持ち上げる。挑発的な態度をとったフェイに振り下ろすのかと思いきや、彼女はその刃を肩に置き、構えを解いた。そして、ため息と共に生殺与奪を握った相手達に背を向けると、部下に短く指示を出す。
「こいつらの手を縛れ。捕らえて拠点に引っ張ってくぞ。どうするか決めるのはアタシ達じゃない」
セフは武器を背負ってフェイ達を攻撃する必要はないと示すと、部下達にも同じように求めた。指示をする彼女の言葉は雨音の中でもハッキリ聞こえるほど力強くはあったが、それと同時にひどく沈んでいた。
敵のリーダーらしきセフの言葉を聞き、自分達の安全を確認したシフは安堵の息を吐く。が、彼女が気を抜くことが出来たのは一瞬だけだった。
「ちょっと待ってくださいよ、セフさん」
フェイ達の束の間の安堵を告げるセフの言葉に、リベンジの一員が反対する。声を上げたのは、セフのすぐ隣に立っていた若い青年だ。年は十代後半といった様子で、セフよりは少し年下に見える。彼はその手に持った銃でフェイのことを指し示しながら、雨音の中で苛立ちを隠さずに声を荒げる。
「こんな侮辱を受けたままで良いんですか。こいつは元軍人って話です。こいつの方こそ俺達の仲間を殺してるはずだ。そうでなくとも、軍やエボルブの奴らがしてるひでぇことを見て見ぬふりしてうまい飯食ってた時期がある。それだけで、し返す理由には充分だろ」
男の言葉は、彼の仲間達の中でもある程度の支持を得るものだったらしい。彼と心を同じくする者が、声を上げて得物を振り上げる。彼らの中にある復讐心、そして国に対する敵対心はこうまで強いようだ。彼らの吠え声は雨音を弾き飛ばすかのように響く。
「アタシ達が力をつけたのは、復讐のためじゃない」
耳に重く響く怒声の最中、セフは静かに告げる。リーダーの声に、声を荒げていたリベンジ達は口を閉ざし、彼女の言葉に耳を傾けた。
「もちろん殺す相手はしっかり殺すべきだ。そいつが仲間を奪ったりする可能性があるんならな。けど、こいつらは違う。殺す必要はねえ。それに、さっきも言ったが捕虜のどうこうを判断するのはアタシ達じゃない。頭目だ」
自分より上の立場にいる人間の存在をチラつかせ、セフは部下達を黙らせる。彼女の抑えつけるような言葉に反発的な顔をする構成員は未だ残ってはいた。しかし、彼らが声を上げようとするのを、同じく別のリベンジの構成員が止める。現状を維持しようとする彼らはフェイ達に対して強い敵意を向ける者達から得物を取り上げ、抵抗の余地を奪った。
「…………」
強い雨を遮る雨具もないまま、フェイはジッとリベンジ達のやり取りを見ていた。リベンジという組織に大きく影響を受けた彼からすれば、今目の前に起こっている亀裂は興味深く思えたのだろう。ただ、彼の観察を遮るようにセフが声を上げる。今度はリベンジ達への指示ではなく、フェイ達捕虜に向けてのものだ。
「近くにアタシ達の拠点がある。ついてきてもらうぜ」




