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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
ひねくれ魚人と逡巡の女研究者
233/391

博打

 数時間前、メリーのアジトにて……


「発作だと!? こ、こんな時に……!」

「……ここまでか」


 顔を青くしながらシフが口にした訴えに、メリーとジンは更に顔面を蒼白にさせる。ネバという強力な軍人に建物の周りを包囲されている状況に加え、その内でシフの暴走に対処しなければならない。こんな状況は、今ここにいる面子だけでは到底解決することの出来ない最悪の盤面だ。

 ただ、この状況が始まっても冷静さを保っていたカスミは、シフの言葉を正確に聞き取り、その大きな疑問点を問う。


「待って、シフ。朗報って、どういうこと?」

「そのままの意味。策がある。その策には、僕の発作が欠かせなかった」


 胸を抑えて、脂汗を顔にびっしりと張り付かせるシフは、それでも一言一言をハッキリ刻みながら話す。


「……話してくれ」


 絶望的な状況に光明が差した、とはいえシフの発作が関係しているという事実から良いものを想像することの出来なかったメリーは、生唾を飲み込んでシフに続きを促す。ジンとカスミも、とりあえず彼女の話を聞こうと黙っている。ただ、各々の顔にはハッキリとした危惧と焦りがあった。

 そんな面々の前で、シフは話し始める。


「僕の発作を奴らの正面で起こす。奴らは対応に追われて、その隙に君達が逃げる」

「駄目だ。お前を犠牲にすることは……」

「話は最後まで聞いてよメリー。……僕も命を捧げて、なんてのは嫌だから」


 荒い息を抑えながら、シフは続ける。


「発作を起こした僕があいつらをいい感じに打ちのめしたら、君達の内の誰かが僕に抑制剤を打ってほしい。他二人は先に逃げてて、僕とそいつは後から逃げる。そうすれば、四人全員この場から逃げられる。治療も済んでハッピーエンドさ」


 シフが息も絶え絶えに話したのは、粗さの目立つ策だった。しかし、彼女自身はそれに気付いていないのか、説明を終えると汗の浮かんだ顔で自信満々に口角を釣り上げた。

 しかし、不完全な策に意見が出ない訳もない。それを口にしたのは、カスミだった。


「駄目よ。誰か一人を犠牲にするような作戦、私は納得できない」


 カスミは体の脇に置いた手を固く握りしめながら、一定の調子でそう告げる。彼女の否定の理由は作戦の穴ではなく、そもそもの設計だった。しかし、そんな彼女に自分を犠牲にする側のシフが否定の言葉を入れる。


「犠牲にしないって言ったよ。抑制剤を打ってもらう、それで逃げるんだ」

「戻るって保証ないじゃない。メリーが言ってたのは、あくまで通常の時に打って治るって話でしょ? 戻らない可能性だってあるのよ?」

「そこはまあ、賭けになるよね。でも何の賭けも危険もなく、この状況を抜けるのは無理でしょ」

「じゃあ、アンタが暴走してあいつらを絶対倒せるって保証は?」

「最後が近い、からかな。多分、相当でかいのが来る。今までの比じゃないのが……前回耐えたのもよかった。きっとなんとかなる」


 淡々と並べられるカスミの問いに、シフもまた答えをつらつらと返していく。緊張や心配という感情が置き去りになっているのか、シフは酷く冷静だ。発作の手前でなければ、息も揺らさないような調子でカスミの言葉に応えていく。そんな返答が、逆にカスミを煽った。


「きっと……って。きっとで命は懸けられないでしょ。そんなこと……」

「カスミ」

「……ッ。メリー……?」


 再び問いを重ねようとしたカスミの肩にメリーが手を置く。何事かとカスミが顔を上げてみれば、メリーは懐にあったのだろうスモークグレネードの状態を確認している。何やら準備をしているようだ。彼女はその傍ら、カスミに言葉をかける。


「シフが発作を起こした状態で抑制剤が効くかどうか、正直私にも分からない。自分でやったことがないからな。ただ、クラスに使用してその効果を発揮しなかったというデータはなかった。やってみる価値はある」

「でも、じゃあ……でも」

「それに、シフが奴らを倒せるかどうか、という話。これは間違いなく出来る。断言する。クラスの力を発揮したシフは、何者であっても止められないだろう」

「……何でそんなことが言えるのよ」


 自分の言葉に絶対の自信を持っているメリーに、カスミが問う。不確定な要素の多い策に身を任せることになるのだから、当然の疑問だろう。ただ、その彼女の問いには、背後のジンが答える。


「俺達は見たことがあるからだ。クラスの全力、その恐ろしさを」


 ジンの言葉は、意外そのものだった。彼の言葉にはカスミ、そして命を賭ける覚悟をしていたシフまでもが驚愕する。カスミは再び、衝動的にジンへ問いを投げた。


「どういうことよ。クラスって、実験体で被害者って話じゃ……」

「細かいことは後だ。お前も準備しろ。時間が無い。俺達にはもう、この道しかないんだ」

「でも……くっ」


 ジンの誤魔化しの言葉に抗おうとしたカスミだったが、彼女の視界の端に、シフへ歩み寄るメリーが映った。その瞬間、彼女は自分がシフについての問いを重ねる意味を見失う。ジンの言葉がもっともであるというのに加え、その二人を目にした瞬間、シフの命が自分の意見に揺らがされるようなものではないことを確信したからだ。彼女は口を閉ざし、自分の能力の調子を確認し始めた。


「……本当にいいのか」


 大きく息をし、何とか発作が始まるのを抑えているシフにメリーが問う。問いを口にする彼女のその顔には、心配ではなく決意がある。それに対して、シフは力なく笑って返す。


「いいよ。言ったでしょ? 僕は、自分が納得する形で助かりたいんだ。もし別の策があったとしても、君達に不都合があるんじゃ納得できない。それに、もしこれで助からなかったとしても、悪いのは僕じゃないって思いながら死ねる」

「こんな時まで、自分中心な奴だ」

「クク……死ぬ気は、ないけどね。それと……」


 シフは二ッと笑い、メリーに向かって親指を立てて見せた。


「さっきの礼は取り消す。帰ってきたら、その時改めて」

「……そうだな。次だ」


 シフの儚げな笑みに、メリーは長く何かを言うこともなく、短く返した。それは言葉通り、次があることを確信してだろう。

 シフとの別れが終わると、メリーは手元に持っていたスモークグレネード、連絡機、そして先ほどつくった抑制剤の入った注射器を三本ジンに手渡す。


「シフともう一人、ここに残る役目はお前に任せる。的確な判断と、経験が必要だ」

「まあ、俺以外にはいないな」

「……任せたぞ」


 作戦において最重要ともいえる抑制剤等を渡し、激励の言葉を最後にしてメリーはジンに背を向けた。

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