表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
後を追う者
23/391

師弟の対峙

「やはり接近か……」


 三人の標的の内、二人が逃走、一人が自身に対して距離を詰めてきた。これらの事態の進行にフェイは一瞬で思考を追い付かせ、鎖を自分の体の周囲に纏わせて隠れている味方に指示を出す。


「逃げ出した二人の阻止は最低限に、他は俺の援護を!」


 フェイが指示を出すと、すぐに周囲に隠れていた部下たちが姿を現し、行動を起こす。路地裏から、離れた場所で騒動を見ていた野次馬達の中からなど、フェイの部下達が登場した場所は様々だったが、一様にその手に拳銃を持っている。彼らは自分達を統率する人間を守ろうと、フェイに走って近付いていくジンにその銃口を向ける。一瞬の内に複数の箇所から明確な敵意を向けられたジンは、駆けながら視界を遮るフードを外して目を大きく開き、備える。


「ふっ……」


 ジンが一つ息を吐いて深く集中したのと同時に、通りに複数の暴力的な破裂音が響く。銃声、それも数か所から同時、ジン一人に向けられたものだ。

 だが、その弾はどれも空を通過する。ジンは自分に向かってくる弾がまるで見えているかのように、最小限の動きで回避したのだ。咄嗟に回避できるように可能な限り地面に足を着けたまま、体のひねりや剣で弾の軌道を変えることによって全ての攻撃を受け流した。ついに、彼は標的まで傷一つ負うことなく辿り着き、その手に持つ剣を振り上げた。


「っ……!」


 だがその瞬間、ジンの剣が何かに縛られて動かなくなる。見てみれば、彼の剣に銀の鎖がまとわりつき、その動きを封じている。その鎖の伸びる先にはフェイがいる。彼は自分の操る鎖が剣を掴むと、大きく右腕を振るった。


「ふんっ!」


 フェイの腕の動きと連動するように、鎖はジンの剣を左へ、強い力で引っ張る。全く想定していなかった方向へ力を込められ、ジンは思わず剣の握りを緩めてしまう。一瞬の隙が、彼の武器を奪った。鎖に掴まれた剣は適当な場所で離され、石畳の上を転がる。

 フェイの部下が行った援護は、彼のこの攻撃が狙いだったのだろう。最終的にフェイの鎖が問題なくジンの武器を捉えるように逃げ場をつくっていた。

 思惑がうまくいったと、フェイは一瞬気を緩めて小さく息を吐く。


「馬鹿が!」


 フェイが気を抜いたのは、ほんの一秒もなかっただろう。それも、別に力を百パーセント緩めたわけでもない。だが、それを咎めるように通りに怒声が響く。


「っ!」


 フェイがハッとして前を見ると、眼前、手が届くほどの近くにジンが立っていた。彼は上半身を若干後ろに倒し、全体重を乗せた前蹴りを放とうとしていた。それに気付いたフェイは咄嗟に胸の前に両腕を交差させ、攻撃から身を守る。

 肉が肉を打つ鈍い音が響き、フェイが数メートル後ろに吹っ飛ぶ。だが、彼はすぐに最低限、敵を目に捉えられるよう体勢を立て直してジンの方へと体を向ける。すると、既にジンは余裕をもってフェイの方を見ていた。腰に手を当てて、ため息までつきながら、彼はフェイの先ほどの緩みについて指摘する。


「自分の武器や行動権を奪った相手は心に隙ができるから、そこを突くために武器がないままでも追撃を加えるのがいいと教えたな。逆にそうなれとは言ってないはずだが……」

「……ジンさんの口癖、まだ教えることが沢山ある、でしたよね。それを教え切る前にどこかに消えたのが悪いのでは?」


 即興で返されたキツめの返答にジンは苦い顔をする。


「……そこは、すまない。お前にだけじゃないな、そう言い続けてきたのは……」


 そう言いながら、ジンは背後を振り返る。まだ野次馬がいるというのは変わらなかったが、彼の背後の通りには先ほどまでと大きく違う点があった。それは、拳銃を持った男が四、五人ほど石畳の上で気絶していることだ。原因は、恐らくレプトとカスミだろう。


(どうやら大丈夫だったようだな……)


 二人の力を信用してこの策を提案したとはいえ、自分の目で安全を保証する事物を見たことで彼は一安心する。


「しかし、俺意外に教導する人間がいなかったわけじゃないだろう。あの人はどうしてる?」


 レプト達がしっかりと目的を果たしたことを知ると、口を動かしながらジンはフェイに向き直る。フェイは、堅く険しい顔をしてジンの方を見ていた。その表情のまま、彼はジンの言葉を完全に無視して低い声で問う。


「あの人は今関係ないでしょう……。あのレプトという子供は、ジンさん、あなたほどの人が全てを投げ出して守る価値のある人間なのですか?」

「…………」


 ジリジリと、責めるようにフェイはゆっくり言葉を紡ぐ。彼の言葉には、憎しみや疑いというより、羨望があった。乾いたかのような、何かを欲して飢えるかのような目をしてフェイは言う。


「あなたはすごかった。頭の悪い言葉選びになってしまいますが、本当にすごかった。あなたさえその気になれば、軍の頭目か、あるいはそれよりもっと上にまで上り詰めることができたほどでしょう。それほどの実力があった。ですが、あなたは突然、二年前の事件の時に行方をくらませた。いったい何故です」

「……」


 ジンは黙ってフェイの言葉を聞く。それに応えるよう、フェイも言葉を続ける。


「それほどまでに、あの子供は守る価値がある者なのですか。国にいた頃の全てを捨てて、守るほどの理由が、そこにあるのですか」


 フェイは最後、粘着質な未練を感じさせるように目を悲しみに濁して言い切った。彼がジンにかける思いは、ただの追わなければならない相手に向けるものとは一線を画していた。

 フェイの執念から発せられた問いに、ジンは少し間を開けてから答える。


「信じるものを、守るためだ。そのためなら何を捨てても、何を敵に回してもいいと思える信念を貫くために今、俺はこうしている」

「……?」

「お前もいずれ分かる。俺と同じ方向を向いているかどうかは、知らんが」


 答えを聞いても疑念で眉間にしわを寄せたままのフェイに、ジンは適当な言葉ではぐらかす。


「さて」


 過去について二人が多少の問答をした後だ。ジンは先ほどまでの話を全て脇に置いて、現在の二人の状況に話題を移す。


「買いかぶりすぎだとも思うが、今お前は、軍のトップになれたかもしれないような人間を捕らえようとしているわけだ」


 言いながら、彼は懐に手を入れる。フェイはその所作で、ジンにもう会話をするつもりはないのだと察し、再びいつでも戦えるように身構えた。


「できると思うか」

「為さねばならないんです」

「そうか」


 フェイはジンに真っ直ぐ視線を返しながら言う。その様子に、ジンは口元に小さな笑みを浮かべるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ