一触即発
「網にかかるのが早かったな」
フォルン、メリーのアジト近くの通りの端に停められていた彼女の車の周囲はケールが指揮する隊によって包囲されていた。全員が武器を手に持ち、いつでも戦闘態勢に入れるよう備えている。周囲の通りに人員を割いて人の通りを制限しているのも、ケールがこの場所を戦場にするつもりだからだろう。
(外から何者か来ると見張っていたが、こんなにも早く来るとは。これで、フェイがジンと通じているのはほぼ確定。証拠は……この中にいる奴らか、大将の方にいる奴らを捕まえて自白させれば後からついてくる。リベレーションに関係があるかどうかも分かるだろう。もし、関わっていたなら……)
ホルスターの銃を手に、マガジンに弾薬が充分に装填されていることを確認すると、ケールは顔を上げた。
「お前達。中にいる連中は出来る限り生かして捕らえろ。最悪、殺しても構わん」
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「お、おい! 本当に囲まれてるじゃねえかッ!」
「ヤベぇ……なんで、どうしてこんな……」
車の中にいたレプトとレフィは外の状況を確認すると、そのあまりの最悪な展開ぶりに頭を抱える。二人共、現状を打開することに諦めの感情が混じってしまっているようだ。だが、リュウは一人、二人の焦燥に流されずに冷静さを保っていた。彼は外から覗かれないように外をうかがいながら、レプトとレフィを落ち着かせる。
「どうしてこうなったかを考えてる暇はない。重要なのは、ここをどう耐え抜くか、だ。僕達がこうやって囲まれている今、メリー達も似たような状況にあるかもしれない。だとしたら、僕達のやるべきことは四人がこっちに逃げてくるまで時間を稼ぐことだ。フェイ達を相手してた今までとそう変わらない。そうじゃないかな?」
エルフの里が魔物に襲撃された時にも見せたような現状を俯瞰する力で、リュウは二人の緊張を拭う。ただ、それでも不安感が全て消え失せたわけではない。レフィは指を忙しく動かしながら、震える声でリュウに問う。
「でっ、でも……耐えるって言っても、あいつらずっと外から見てるだけってわけじゃねえだろ? すぐ入ってこようとするんじゃねえか?」
「だろうね。だから、こっちから先手を打った方がいい。その上でどうするか……」
仕掛けてくるのを待つよりもこちらから攻撃を仕掛けることを前提にし、リュウは焦らず、しかし迅速に思考を回す。目を細め、髪をいじりながら思案する彼が策を考え付くのには長い時間を取らなかった。ある程度作戦の土台が思いついたらしいリュウは、目線はやらず、レプトに問う。
「レプト。この車、動かせるかい?」
「動かせるって……悪いけど交通ルールとかは初歩くらいまでだぜ」
「そういうことじゃない。どうやって曲がるかとか、進ませるかってのは分かるよね?」
「あ、ああ。多分、この状況じゃあひでえ運転にはなると思うが……」
「よし。これで行こう」
レプトから芳しいとは言えないものの最低限の答えが返ってくると、リュウはパッと顔を上げ、早口に策を説明し始める。
「僕が外に出て彼らの気を引く。レプト、君は僕が合図を出したら全速力で車を前に……」
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病室で一人、フェイは手持ち無沙汰な暇時間を潰すように、適当に鎖であやとりをしていた。器用に様々な形をつくってはほどき、再び違う形をつくるという遊びを繰り返していた彼だったが、その平穏は外からの来客によって一気に崩れる。
病室の扉がバタッという大きな音を立てて開かれた。それと同時に、何人もの軍人が中に入ってきた。彼らは病室に入るなり、必死そうにフェイの方を見た。
「フェイさんッ!!」
軍人達はベッドの上で無事な状態にあったフェイを見ると、安堵と心配が入り混じった声で彼の名を呼んで彼に歩み寄った。軍に対して後ろめたい所のあったフェイはいきなり何事かと身構えていたが、部屋に入ってきた者達が自分の率いていた隊の者達であることに気付くと体に込めていた力を抜く。
「おっ……お前達か。一体どうした。そんなに慌てて……ユアンの事ならケールから」
「ち、違うんですよ!」
「ジンさんが、見つかって……大将率いる本隊に包囲されてるって……!」
「……は?」
フォルンの街で起こっている事態を部下から聞いたフェイは、余りにも予想外且つ驚愕の事態に一瞬思考が回らなくなる。少しの間呆けた顔をしていた彼だったが、自分の大切な恩人が危機に陥っていると言われてずっとショートしていることはなく、すぐに正気を取り戻すと毛布を吹っ飛ばして床に足を着ける。そのまま彼はきびきびと動いて近くの棚から必要なものを揃えつつ、部下から状況を細かに聞き出す。
「一体どういうことだ。ネバ大将は既に都に戻っていると報告があったぞ」
「え……いや、そんなことは」
「大将は、フェイさんが完治してから全体で一緒に戻ると……」
「何だと?」
身支度を整えていたフェイの手が止まる。今の彼にとっては最も予想外な情報だ。大きな情報の行き違いがあったことを知ったその時、それが生まれた原因もフェイはすぐに理解する。それを確認するために、彼は部下達にある人物の動向について問いを投げた。
「最近、ケールはどうしていた」
「え……。ケール隊長は、近頃同期のフェイさんのことが心配だってずっと病室に来てたんじゃないですか? 報告も、自分からするって……」
「……あの野郎」
棚の上に置いた手を固く握り、フェイは奥歯を噛みしめる。
(感付いていたのか。いや、ハナから奴はネバさんの説明じゃ納得していなかったんだ。ずっと俺とジンさんの関係を疑い続け……今日の電話のタイミングで来たのも偶然じゃなく、盗み聞きしていたのか? あえて俺の反応を見るため、遠くから近付くフリを……)
ケールの行動が自分の状況を看破するためのものだったと、事が全て終わった後で気付き、フェイは舌打ちする。だが、原因の究明は今深い意味を為さない。必要な道具を最低限整えると、フェイは状況の確認を再び開始する。
「今はどういう状況だ。ジンさんと仲間は一か所に?」
「いえ……車両と、近くの建物に分かれているようです。それぞれ、ケール隊長とネバ大将が包囲を」
「分断されているのか。片方は車で逃げ切ることが出来るかもしれないが、一方は……なら助けるべきは建物の方か」
「フェイさん。どうします? 俺達は……ジンさんを助けたいです。ここに来たのもそのつもりで、ですから」
「…………」
部下達は、緊張と決意のこもった目でフェイを見てくる。彼らも、以前からジンには世話になり、彼を助けたいと思ってフェイについてきた者達だ。今回もその腹積もりなのだろう。これからネバやケールを裏切ろうというフェイと行動を共にするつもりなのだ。彼らの表情を目にしたフェイは荒くなっていた息を整え、これから行う大事に向けて気構えを確かなものにするのだった。
「分かった。だがお前達の立場まで奪えない。お前達に命令するのは、これが最後だ」




