青天の霹靂
「お~い、早くしろよ~……」
「うるせえ!」
「静かにしてなよ、レプト」
抑制剤をつくりにアジトへ向かった四人とは違い、レプト、リュウ、レフィの三人は車での留守番を任せられていた。ただ、留守番というのは如何せん暇なものだ。大した役割も与えられずに時間を過ごすことになった三人はトランプで遊んでいた。彼らが今やっているのはババ抜き。レプトは三人の中でもいち早く全ての手札を出し切り、接戦の最中である二人のことを煽っていた。
「おーおー、雑魚共がなんか言ってんぜ~」
「クソッ……オレが二番だ!」
状況は、レフィの手札一枚、リュウの手札が二枚、ターンはレフィだ。つまり、リュウの手札にジョーカーがあり、レフィが当たりを引けば彼女が二番でゴールを迎えるという事。緊張の一瞬、額に汗を浮かべながら、手の震えを抑えたレフィはバッとリュウの手札から一枚カードを抜き取る。瞬間、リュウの口元が歪んだ。
「どう……くぁッ! じょ、ジョーカー……」
「ふっ、君の運もここで尽きたね」
「何をぉ……! リュウが次に引き当てなけりゃあ済む話だぜ!」
レフィの手札に来たのはジョーカーだ。上がりを逃したレフィは一瞬がっくりと肩を落として落胆するも、次の瞬間には気勢を持ち直し、二枚しかない手札を念入りにシャッフルする。そして、ビシッとその二枚のカードをリュウの目の前に突き付けた。
「お前の運がどんなもんか、試してみようじゃねえか!」
「……ふ、くく」
「な、何が可笑しい!!?」
緊張の一瞬、かと思いきや、リュウはレフィの二枚の手札を目にした瞬間不敵な笑い声をあげる。その意図の分からない笑いに、相対するレフィは恐怖の感情から、揺れた声を張り上げた。対するリュウは、余裕を持った声色で返す。
「僕には分かるんだよ。君が、どっちにババを持っているかが、ね」
「なん……だと」
「これだ」
言葉に違わず、リュウは迷いなくレフィの二枚の内、左の方に手を伸ばした。彼の指が、薄っぺらな運を乗せたカードをつまみ、レフィの手から連れ去ろうとしていく。だが、その瞬間だ。リュウは手に走る違和感に気付き、顔をしかめる。
「……ちょ、ちょっとレフィ? 力込めるのやめてよ」
「……う」
「う?」
「うおぉぉぉぉっ!」
手札を譲らない気だと知り、指に力を込めたリュウだったが、それよりも早くレフィが雄叫びを上げる。同時に、彼女の手にあった二枚のカードから火が吹き上がった。彼女の能力によるものだろう。薄い紙でできたカードはレフィの強力な能力により、瞬く間に灰と化した。
「おまっ……はぁッ!?」
二人の勝負を脇から見ていたレプトは思わず悲鳴に近い疑問の声を上げる。当然だ。レフィのしたことはどう考えてもババ抜きのルールを逸脱している。ルール違反だ。加えて、レフィはやってやったぜ、みたいな表情をしているのだ。
「カードが燃えちまった以上、勝負はなしだぜ?」
「いや、なしだぜ……じゃねえよ! おま、何してんだっ! リュウも何とか言えよ……」
ルール違反を責めるレプトに反し、リュウはレフィに何も文句を言わない。レプトはそんな彼を違和感に思って振り返る。レプトから奇異の目を向けられた彼は、腕を組んでふっふっふと笑っていた。
「やるね、レフィ。そんな形で勝負を無かったことにするなんて」
「……は? 何に感心してんだ? え、何だよこれ……」
ルール違反を褒めるリュウの謎の行動に、レプトは頭の上に疑問符を浮かべる。だが、彼のショートしかけた思考には構わず、リュウとレフィはお互いの雄姿を称え合う流れになっていた。
「リュウこそ、どうやってババが左だって分かったんだよ」
「ああ、あれ。実は、爪でカードに跡を残しててね。ババが分かってたんだよ」
「マジかよ……そんな手思い浮かばなかったぜ。やっぱやるな、リュウは」
お互いのルール違反を何とも思っていないどころか、褒めるべき所だと思っているらしい。そんな二人の頭を、唯一まともなレプトは後ろから思いっきり同時に叩く。
「バカッ!! お前らどっちもルール違反だ!」
「うぇっ……ど、どうしてだい。だって、目印つけちゃダメってルールは説明されてないよ」
「そうだぜ! カード燃やしちゃダメなんて言われてねえぞ!」
「…………」
レプトはババ抜きを始める前、トランプ自体を知らない二人のためにルールを説明した。その際、確かにそんなことは言っていなかった。だが、まさかこんなことをするだなんて思ってもいなかったレプトは、何とも言えない表情で二人を見下ろす。リュウとレフィは、駄々をこねる子供のような目でレプトを見上げていた。
「……俺が悪かったよ。ババ抜きは、そういうことはなしなんだ」
「ちょっと……そういうことは先に説明してよ」
「本当だぜ。ったくよぉ、レプトにはやれやれだぜ……」
余りにも常識とはかけ離れた所にいる二人に説明するのが面倒になったのか、レプトは自分の非を認める形で話を切り上げる。だが、最後にせめてものカウンターパンチと考えたのか、テーブルに無残に散るレフィが燃やしたカードの灰を指さして言う。
「それと、レフィ。そのカード、メリーの私物だから。あとで存分に怒られるんだな」
「……えっ」
これから帰ってくるメリーに怒られるという事実を突きつけられたレフィは、絶望の表情で隣のリュウを見る。だが、リュウは彼女から目線を逸らし、呟く。
「……僕はやってないから」
頼みの綱のリュウに突き放され、レフィはガクッと肩を落として嗚咽するのだった。
(こいつらってこんな馬鹿だったっけな……?)
三人の中で唯一普通と言えるプレイをしたレプトはリュウとレフィの馬鹿さ加減に呆れ、ため息を吐いて立ち上がる。
そんな風に、何を意識してもおらず、ただ立ち上がったレプトだったが、その彼の視界の端にあるものが映り込む。彼の目が捉えた先は、リビングの壁に備えられた窓の奥だった。レプトは人の目と異質の目を細め、その先のものをしかと見る。
「……あれは」
車の外の通りに、軍人が歩いている。彼らはその手に拳銃や小剣などの武器を持ち、いつでも戦える態勢を整えていた。
「一体……どうして」
あまりの予想外な出来事に、レプトは目の前が暗くなるような感覚を覚え、数瞬、思考が動かなくなってしまった。




