二人の在り方
フェイとの連絡が途絶え、メリー達が緊張しながらも何も出来ないまま少しの時間が経つと、リビングの中心のテーブルに置いていた連絡機が再び呼び出し音を鳴らし始める。それを耳にしたメリーは咄嗟にそれを手に取り、応答のボタンを押した。
「フェイ! 一体何があった……」
「大丈夫だ。同僚が部屋に来ただけ。念のため隠しておこうと切っただけだ」
「そ、そうか。ならよかった」
連絡が始まってすぐフェイの安否を確認し、問題が起きていないことを察するとメリーは大きく安堵のため息を吐く。彼女はこの一瞬の間によほど気を張っていたのか、心配事が消えるとしばらくうなだれて黙り込む。そんな彼女に気を遣ってか、フェイは少し間を置き、その後で話を戻す。
「それで、フォルンにいる俺達がどうするかだが……ネバさんを中心とする主力部隊は先んじて都に戻ったそうだ。俺と、他の隊長の部隊が一つ残って警備を続ける。今の状況は大体そんな感じだ」
「なるほど、オーケーだ」
「……で、結局こっちに来てその抑制剤とやらをつくるのか?」
連絡機の奥からフェイの心配そうな声が聞こえてくる。それに対して、メリーはシフの方をチラと見ながら言葉を返す。
「そうだな。強力な連中が消えるなら、待つこともない。隠れながら行くことにする。最悪見つかったとしても、押し通ることはできるだろ」
「分かった。それなら一つ、気を付けておいてほしいことがある」
メリー達一行の意志を止めることはせず、フェイは忠告を促す。
「俺の他に残っている隊長クラスの人間で、ケールという女がいる。そいつも俺と同じでシンギュラーだ。物の動いている方向を変える能力を持ってる。もしお前達に感付くとしたら、そいつになると思う。勘の良い奴だからな」
「ケール……分かった。注意しておこう」
作戦の障害になり得そうなケールの存在を共有し、フェイは一度言葉を止める。とりあえず、早急に話さなくてはならない事柄は伝え終えた。そうしながらも、彼は電話を切る気にはなれなかったのだろう。そんな彼に反し、メリーはこれ以上話すことはないと結びの言葉に入る。
「すまないな。お前にも軍に後ろめたいことをするというリスクを背負わせてしまった」
「いや……このくらい大丈夫だ」
「じゃあ、ありがとう。また一段落したら連絡を……」
「ちょっと待ってくれ」
メリーが次の機会にと話を終えようとしたところに、急ぎ足でフェイが言葉を差し込む。
「どうした?」
「ジンさんに代わってくれないか。声が聴きたい」
「…………」
フェイの口からジンという名前が出てきた途端、メリーの顔は曇る。それまでどことなく声を弾ませていた彼女だったが、一瞬にしてその調子は声からも顔からも消え失せた。
「別に必要ないだろ。いつでも話せるとはいかないだろうが、今特に話すことはないはずだ」
「話したいってだけじゃ、駄目か?」
「…………はぁ。分かったよ」
食い下がるフェイの意志をこのまま拒否し続けるのも悪いと思ったのか、メリーは大きくため息を吐いて立ち上がる。そして、リビングの奥の方に立って話を聞いていたジンに連絡機を渡した。手渡された連絡機に一瞬目をやった後で、ジンはフェイに応答する。
「どうした、フェイ」
「……スピーカー、ついてますよね。少しあなた一人と話したいので、場所を変えてもらってもいいですか?」
フェイの言葉を受け、ジンは顔を上げて皆の顔を見渡した。レプト達はどうぞという風に首をすくめたり、頷いたりしている。そんな中、元座っていた位置に戻ることなくジンとフェイの会話を盗み聞こうと思っていたらしいメリーは大きく舌打ちをし、ジンの背後から離れていく。
「やーい。フラれてやんの~」
メリーが久しぶりに弱みを見せたと見るや否や、シフが舌を出して彼女のことをからかう。だが、そんなシフの煽りには、他の誰もが想定していた以上のカウンターパンチが飛んでくる。
「……ああッ!? このガキが、もういっぺん言ってみろッ!!!」
「ひぇっ」
メリーは子供のようなシフの挑発に、烈火のような怒りと耳の奥に響く怒号を返す。今にも椅子に座っているシフに飛び掛からんばかりの勢いだ。今まで彼女のそんな姿を見たこともなかった一行は目を丸くする。怒りの矛先を向けられたシフは自分から喧嘩を仕掛けたというのに身を小さくしてしまっている。
「ご、ごめんって。そんなに怒るとは……」
「小娘が。あんまり舐めたこと言ってると髪皮膚ごと引き剥がすぞ!!」
シフの震えた声の謝罪を受けても、メリーの怒りは収まらない。彼女はシフの元まで早足で詰め寄り、その肩をガッシリと掴む。手を出さんばかりの勢いだ。それを見て流石にまずいと思ったのか、レプトとレフィが二人の間に立ち、メリーを制止する。
「おぉ、落ち着けよメリー。そんなキレることじゃねえだろ? シフだってちっとからかっただけのつもりだって」
「そ、そうだぜ。レプトの言うとおりだ。それに、少しジンとフェイが話すくらい別にいいじゃねえか? それが作戦の失敗を招くとか、メリーとフェイの仲を変えるってわけじゃねえだろ?」
燃えるようなメリーの怒りに若干怯えつつも、二人はそれを鎮火しようと言葉を尽くす。メリーはというと、年下二人に諫められて流石に頭が冷えてきたのか、頭を抱えてソファに腰を落とした。
「そう……だな。まったくだ。すまない」
「…………ふぅ」
自分が原因で燃えた火が落ち着いたと見ると、シフは強張っていた肩から力を抜き、安堵の息を吐く。だが、そんな彼女を咎めるようにメリーが顔を上げる。
「シフ」
「は……はいっ」
「次同じようなこと言ったら殺す」
「は……はい。すみません」
犬猿の仲であっても、地雷中の地雷を踏んでしまったらしいと知ったシフは言葉に逐一反対することはせず、メリーの言葉に素直に首を縦に振るのだった。
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メリー達のやり取りには目もくれず、連絡機を受け取っていたジンはトイレまでつながる短い廊下でフェイと話していた。
「それで、何か用があるのか」
用が無くても話したいと言っていたフェイとは反し、ジンは早く連絡を切りたいらしい。他の軍人などに感付かれるのを警戒しての事だろうか。彼は腕を組み、指をせわしく動かしてフェイの言葉を待つ。
「メリーの事、なんですが」
「なんだ。まさか、俺達のことを裏切っているんじゃないか、とか……そういう話か」
「っ……」
ジンの言葉に、フェイは音を立てて息を飲む。
「知っていた、のですか?」
「ピースでのことだろう。そうでなくとも、あいつは俺達とは目的が違う。ずっと前からだ」
「……どういう。いや、今は深く聞きません。もし、メリーが前の俺とも目的が違い、あなたやレプト達を拘束するのに全く別の目的があったとしたら……。メリーは自分本位で他人を傷つけることができるような人間じゃありません。ですが、万、いや兆に一つでも、一応警戒を」
目的の分からないメリーは警戒する必要がある。フェイは手短にそう伝えると、「では、お互い怪しまれるとまずいのでこれで」と言って連絡を切った。
以前の自分の部下との連絡が切れると、ジンは大きくため息を吐く。そして、何気なくリビングに続く廊下を振り返り、呟くのだった。
「さて、どうするか……」




