鎖の繰り手
「この問答、以前もしたな。そして前もお前は信じられないと言った」
「俺が信じるものは、今でも俺を助けてくれた人と国ですから」
「そうか。誰が何を信じるか、それは他人が決めることじゃない。本人が決めることだ。そして人は、信じる限りは、信じるものに尽くすべきだ」
ジンは突き放すようにフェイへそう言うと、腰の剣を手に取った。一部始終を円を為して見ていた無縁の人々は、その瞬間に騒然とし始める。甲高い声、動揺を誘う高い叫び声が通りを飛び交う中、数間先にいるフェイはレプト達から目を離さず、直立したまま三人に向かって手をかざす。
「では、俺は国とあの人に尽くしましょう」
フェイは、戦いを始める宣言をした。その瞬間、ジンは背後にいるカスミに周囲の雑音にかき消されないよう大きめの声で注意を促す。
「カスミ、目の前のあいつに気を付けろ。さっき隠れている敵もいると言ったが、一番強く警戒すべきなのは奴だ」
「どうして?」
「奴もお前と同じでシンギュラーだからだ」
「え、あいつも力が強いってこと?」
「違う、奴の能力はお前とは全く違うものだ。今から重要なことだけ言う。聞き逃すなよ」
ジンは一呼吸置いた後、一気にフェイについて注意すべきことを伝える。
「奴が操る鎖に気を付けろ。そして、既にここは奴の射程範囲だ!」
「えっ」
カスミが驚いた声を上げたのとほぼ同時に、フェイは自分の右腕を後ろへ引き、その後すぐレプト達の方へと突き出す。すると、彼の振るった右腕を覆う服の袖から、先端に小さい刃の付いた鎖が飛び出してくる。その勢いは凄まじく、まるで武人の手に持たれた槍のような速さだ。加えて、それは長さに限りがないかのように空中を突き進む。レプト達とフェイの間には手や足を伸ばしても届かないほどの距離、およそ十メートル以上の空間があったが、その距離をフェイの鎖はものともせずに飛空した。
鎖の先端が向かったのは、カスミの足元である。
「わ、私!?」
動揺の声を上げながらも、カスミは咄嗟に後ろに飛びのいて攻撃をかわす。同時に、ガッ、という乾いた音が響いた。フェイの鎖の先端につく刃が地面を捉え、石畳を貫いたのだ。刃は地面に沈み、見えなくなっている。フェイの攻撃に用いられる鎖は銃弾と同じか、あるいはそれ以上の威力を持っているようだ。ギリギリでそれをかわすことのできたカスミは安堵の息をつく。
反して、初撃を外したフェイは舌打ちをして顔をしかめた。
「普通の女かと思ったが、ジンさんに連れられるだけあって普通じゃない。多少の実力は備えているということか」
フェイは現状に対してより一層気を引き締めるべきだと呼吸を整え、右腕を引く。すると、石畳に突き刺さっていた鎖は、まるで意思を持っているかのように動き、宙を蛇のように這ってフェイの服の中に戻った。どうやら彼の能力は鎖を操る能力らしい。
(鎖を操る……それもすごい勢いと速さ)
「便利な力ね……」
フェイのシンギュラーとしての力がどのようなものか、フェイと鎖の動きを見て察したカスミは再び態勢を整える。そうしながら、彼女は隣に立つジンに文句を言った。
「ちょっとジン、もっと早く危ないって教えることはできなかったの?」
「すまない、話し込んでしまってタイミングが無かった」
カスミの言葉にジンは軽く謝罪する。そんな二人にレプトは軽く注意をしながら剣を抜いた。
「くっちゃべるのは後にしようぜ。今はここをどうするかだろ」
「……まったくだ、すまん」
「ごめん、悪かったわ」
レプトの軽い一喝を受け、ジンとカスミはお互いの方に顔を向けるのをやめて周囲に警戒を戻す。それを目の端で確認したレプトは、フェイを前方に捉えながらジンに問う。
「で、どうする、ジン? 俺は一番戦い慣れてるお前の指示に従うぜ」
「そうだな」
レプトの提案にジンは少しだけ考える。だが、すぐにも答えを出し、二人に指示を出す。
「ここは俺に任せて先に行け」
彼は臆面もなくそう言った。だが、その言葉はあまりにも頼りがいがあるのかないのか分からない言葉だった。思わず二人は彼の背に問う。
「ちょ、それでいいのか?」
「本当に大丈夫なの?」
二人の心配に、小さく笑ってジンは応える。
「本気だ。俺が時間を稼いで、お前達は一度距離をとる。無茶を言ってるわけじゃないから心配するな。俺一人でフェイと、他も相手できる。お前達は逃げる先にいる目の前の敵にだけ集中しろ」
ジンは全く臆せずそう言った。彼自身、フェイだけではなく隠れている戦力がいるということをよく知っているはずなのに、全く二の足を踏む様子がない。同時に、嘘や強がりを言う時の揺れのようなものも彼の表情にはなかった。
ジンの口調から彼が本気なのを感じ取ったレプトは、すぐに話を進めようと口を開く。
「分かった、集合位置は?」
「カスミが捕まっていた場所でいいだろう。そこまで距離もないし、街を出るのにも近い。ちょうどよくフェイの居ない方でもある。……よし、俺が合図したら後ろに飛び出せ」
一瞬で話がまとまり、レプトとジンは事態が進むのに備える。だが、あまりにも方針が決まるのが早かったため、カスミは少しの焦りを覚える。長い期間共にいただろうジンとレプトのやり取りに、つい昨日加わった彼女はまだついていけずにいた。
そんな不安を感じ取ったのか、レプトは彼女の方を向く。カスミは、いつでも動ける態勢を整えながらも、顔を少し青ざめさせていた。それを見たレプトは、カスミに短く言葉をかける。
「大丈夫だ」
「……?」
唐突に声をかけられ、カスミは意味も湧かず顔レプトの方を向く。すると、彼はカスミに見えやすいように右の親指を立てていた。先ほどの言葉に加えてもう一つ、安心しろ、とでも言うように。
「……分かったわ」
カスミはそれを見て頷き、前を向く。その時には既に、彼女の表情からは不安が消えていた。レプトの言葉と行動は懇切丁寧だったわけではないが、それでもカスミの気持ちを軽くしたのだった。
「行けッ!」
カスミの気持ちに整理がついた、その次の瞬間だ。タイミングを見計らったかのように、ジンが通り全体に響くほどの大声で合図を出す。それを受けたレプトとカスミは並んで後ろへと駆け出した。同時に、ジン自身もフェイの方へと飛び出す。




