夜を越えて
「よぉ、そっちは問題なかったか」
レフィがリュウとの距離を感じ始めた丁度その時、研究所の中からレプトを先頭にして建物に入っていた組が外に出てくる。彼らはただ作業をしてきただけとは思えないほど、普段のと比べて歩調に遅れがあった。
「おっ、用事済んだみたい……って、メリー!?」
レプトの言葉を耳にし、パッと表情を明るくして振り向いたレフィだったが、レプトの背に背負われているメリーを見て悲鳴に近い声を上げる。メリーは彼女自身より幾分か小さいレプトの背に、ぐったりと体重を預けていた。傍から見れば体力を大きく消耗したか、あるいは致命傷を負ったかのように見える彼女だったが、レフィの声を聞くと顔をゆっくりと重々しげに上げる。その首筋には幾筋もの汗が伝っていた。
「問題ない。少し運がなかっただけだ。まったく……お前達の内誰か、シフでもあの粉にやられてればな」
どうやら調子を大きく崩されるようなことがあったのは間違いなさそうだが、毒舌は吐けるらしい。その矛先を向けられたシフは、普段通り手加減する必要はないと考えたのか、いつもと同じようにカウンターパンチを返す。
「よく言うよ。お前が動けた所で何も出来なかっただろ」
「そうかな。事情を説明して戦う必要がないことはアピールできたと思うが?」
「あの鵺って奴は最初考え方が偏ってた。僕の前座がなきゃメリーの話は聞く耳を持たれてなかっただろうね」
お互いの功と不出来を指摘し合うメリーとシフは歯を剥いて言い合いを続ける。気の毒なのはレプトだ。彼はメリーを背負っていることで、威圧的な声を上げて喧嘩するのを真後ろで聞かざるを得ない状態になっていた。そんなレプトを気遣ってか、カスミがメリーとシフの間に入る。
「まあまあ。アンタら、どっちもお互いを庇ってたじゃない。メリーは鵺がいっちゃん最初に仕掛けてきたときにレプトと一緒にシフを突き飛ばして守ったし、シフはメリーに攻撃しようとする鵺を止めてた。二人共、悪い所はなかった。違う?」
お互いの良かった点を挙げるカスミの仲裁は、軽い喧嘩を続けていたシフとメリーの口を閉ざす。彼女達は互いに許し合うような言葉をかけることはなかったが、その目からはほんの少しの敵意も消えていた。二人はカスミの言葉に照れくささを感じたらしく、頬を少し赤くし、お互いそっぽを向いている。
「……なんつうか、なんかあったことにはあったけど、大事にはならなかったみてえだな」
レフィは迎えざまの四人のやり取りを見て、研究所内で起きたことの凡その程度を量る。
「こっちも大体同じくらいだったよ。怪我人はなしってことで、一件落着でいいのかな」
「ただ、ともかく起きたことは共有しておくべきだろう。目的を果たせたのなら、さっさと車に戻ろう」
話を遠くで聞いていたらしいリュウ、そしてジンも集まってくる。彼らの発言に異を唱える者はなく、中と外で起こったことを各々頭で整理しながら、七人はまとまって帰路につくのだった。今回の事は、各々に大小様々な疑問を与えた。鵺の抑制剤を求めた理由、諦めた理由、クラスごとの能力の程度と症状の違い、ジンとメリーの間の確執、カスミの無知、レプトの記憶、リュウの殺人の定義。以前から抱えていた謎も多く、彼らは数えきれない問題を抱えながら、夜の闇を歩くのだった。




