有頂天の勘違い
リュウは大きい一息を吐くと、ゆっくりと構えを解いた。
「いつくらいからそうなんだ?」
リュウは全身に込めていた力と同時に緊張も取り払い、対するフロウに問いかける。どうやら物騒な考えを行動に移す気はなくなったらしい。その様子をハッキリと感じ取ったレフィは、ホッと胸をなでおろす。
リュウの投げた問いに、フロウは少し頬を赤らめながら答える。
「ダーリンと会ったのは本当にこの間で……」
「そっちじゃない。人を殺さないようにし始めた方」
「……なに、そっち? それもダーリンと会ってすぐよ。だから……以前にアンタ達とあの街で会った直後ね」
「そうか。何であれ、そのまま続けるべきだと助言しておくよ」
「うるさいわね。アンタに言われなくとも、ダーリンのために……って、ちょっと待って」
リュウの警告するような一言を受けて顔をしかめたフロウだったが、何かに考えが至った瞬間、ハッと目を見開き、口元を抑える。言葉の途切れに何事かと眉を寄せたリュウは、これまでの彼では想像もできないものを目にして息を飲んだ。
「な……なんだよ」
フロウが、目をキラキラと光らせてリュウに期待や好奇の含んだ視線を向けていたのだ。彼女は跳ねた声でその心の内を早口で語る。
「アンタ……前に会った時には既に鵺が嫌がることを察して注意してくれてた。もしかして、私がダーリンと一緒になれれるように応援してくれてた……ってコト!?」
「はっ、はあ? 何言ってるんだ。僕はお前が言うダーリンって人を知らないし、応援する理由もないだろ」
「くっ……アンタの言葉の隠された意図に気付かず、私はなんてことを……」
「…………」
フロウは本気でリュウが自分の恋のキューピットか何かなのだと勘違いしているらしく、彼の言葉を無視したことを本気で悔い、膝をついて嘆いている。そんな彼女の頭を見て、リュウはこの目の前の女は何を言っても聞かないのだろうと察する。
「一応、言っておくよ。僕にそんなつもりはなかった。今もそう。お前に幸せになって欲しいとか、そんな風に思っちゃいない」
冷ややかな目をして言うリュウの眼に嘘の色はない。それを見たフロウは一気に現実に引き戻されたのか、立ち上がって息をつく。
「まあ……どうあれ、アンタの言葉には耳を傾ける価値があるってことはハッキリしたから。応援してくれてたんなら嬉しいし、そうでなくとも参考にさせてもらうわ」
「……勝手にすればいい」
「一応聞いておきたいんだけど、アンタ、名前なんだっけ?」
「リュウだ」
「そう、リュウ。覚えておくわ。結婚式には恋のキューピット枠としてアンタを呼ぶ」
「呼ぶな」
以前にも自己紹介をしたことはあったが、フロウは全くそれを覚えていなかったようだ。改めて名前を聞かれたことにリュウは少し驚きながらも、間を置かずに返す。
レフィはリュウと殺人を平気で犯す人間であると初めから聞かされていた人物との会話に、どこで割って入ったらいいものか分からず、ずっと黙って見ていた。雰囲気が最悪だったのは最初だけではあったが、それでも切れ目の分かりずらい話ではあった。ようやく落としどころが見つかると、彼女はフロウに声をかける。
「なあ、さっきっからダーリンダーリンって言ってるけどよ。結局、そいつってどんな奴なんだ?」
レフィの疑問は、フロウが先ほどから絶えず口にしている彼女の恋人についてのものだった。スラム街で育ち、感性の大きくズレた彼女を魅了し、ここまでの変化を齎した人物とは誰なのか、そういう純粋な興味からだ。
レフィの問いを受けるとフロウは目を輝かせ、パチンと手を叩く。
「よくぞ、聞いてくれたわね。それはもう非の打ちどころのない理想の人で……名前はね」
想い人について話すということに恥じらいではなく喜びを感じる性分らしいフロウは躊躇いなく話し始めた。
「鵺っていうのよ」




