先客
レプト達は地下の端の部屋にある非常用電源を保管している部屋に到着し、その電源を入れようとしていた。基本的な作業はメリーが担当し、見えない箇所があるとライトで照らしたり、レプトの指示を仰いだりするという形で作業は進む。
「……これがこうで……よし」
非常用電源に付属しているレバーをメリーが下ろすと、たちまち研究所内の天井に設置されている蛍光灯に明かりが灯る。彼女の持っていた懐中電灯の光はすぐさま白い灯りに溶け込んでいった。久しぶりの明かりに、一行は思わず目を覆ったり瞑ったりする。
「やっと済んだか、手間がかかったな」
腕を上げて目に入ってくる乱暴な光を断ち、ゆっくりと瞼を開いて目をならしていったメリーはようやくかとため息を吐く。そんな時、カスミが意外そうな声をあげてメリーと彼女がいじっていた電源の方へ目を向ける。
「アンタって機械いじりまで出来るのね」
「まあな。馬鹿だが機械とかコンピューターにめっぽう強い友人がいて、そいつから教わったんだ。そいつの教えるのがうまくて、素人だったが多少は覚えがあると言えるくらいにはなった」
「へぇ……どんな人なのか、会ってみたいね。その人がいなければ、僕に必要な薬の情報もとる算段すらつかなかったのかもしれないし……」
メリーの知り合いだという人物の話を聞き、シフは首をひねってその人物がどんな姿をしているのか想像する。
「ん~……メリーが、私研究者です、みたいな格好してるし、友達も同じ感じで見た目で判断できるような感じなのかな……」
「どうでもいいだろそんなこと……機会があったら会わせてやるさ」
シフとカスミの興味にメリーは淡泊な言葉で返す。そうしながら、電源を入れる作業のために脇に置いていた荷物を手に持ち、上空を指で示す。
「さっさと済ませて、こんな所出るぞ」
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レプト達四人は非常用電源の設置されていた地下から上がり、研究所内の二階に来ていた。まともな明かりがある中での移動はスムーズに、一切問題なく進んでいった。四人は二階にあるオフィスのような部屋に入る。大量のデスクとその上に乗せられたパソコン、その脇に積まれた資料などが整然と並べられ、以前は多くの人間がここで仕事をしていたことを想像させる部屋だ。
メリーはその部屋に入ると、すぐに手近なパソコンに手を伸ばす。既に放棄されてしばらく経っていたのだろうパソコンには電力が残っていなかったが、彼女は予め用意していたバッテリーをつないで凌いだ。モニターについた大量の埃を払い、持参していたメモリーキーをパソコンに差し込んで彼女は作業を開始する。その内容がまるで分らないレプト、カスミ、シフは、何をするでもなく近くのデスクや椅子に座ってメリーを待つのだった。
部屋には、メリーがキーボードを忙しなく打つ音と、時折マウスを動かす無機質な音だけが響いていた。レプト達は普段眠気を覚えるくらいの時間であるためか、何か話す気も起きないらしく、たまに欠伸をする程度で静かにしている。
そんな時だ。
「ん、こりゃあ……」
「この感じ……」
レプトとシフの体に同様の感覚が走り、二人は眠気を忘れて顔を上げる。そして、すぐに顔を合わせてその感覚が何かの答え合わせをする。両者共に、目が合った時点で自らの身体の覚えた感覚が間違いなく一つの事実を指し示していることを知ると、楽な姿勢を解き、床に両足をしっかりつけて立った。
「終わったぞ、お前達」
レプトとシフが一つの同じ考えに至った丁度その時、椅子からメリーが立ち上がった。彼女はその手に小さい直方体の形のメモリーキーを持ち、それをひらひらと振って示している。
「あとは戻るだけだ。フェイと会った街に戻って抑制剤をつくれば、一件落着だ」
メリーはメモリーキーを白衣の懐に入れると、両手を組んで頭上に持ち上げ、大きく伸びをした。既にシフを助けるための行程をほぼ終えたつもりなのだろう。だが、気の緩みかけた彼女にレプトが低い声で告げる。
「悪いけど、その前に別を挟みそうだぜ」
「……ん、どういうことだ」
「クラスがいるんだよ。僕とレプト以外にもう一人、しかも多分、この建物の中にだ」
レプトとシフの言葉に、メリーは表情を変える。カスミも同じく、気楽そうな緩みを持った顔を引き締めた。彼女はそのままいつでも戦える準備を整えようとするが、その直前、疑問を思い出してクラスの二人に問う。
「クラスがいるってのはいいけど、この建物の中なの? 前にシフがレプトを見つけ出した時は、もっと遠くから位置を掴めてなかった?」
「……僕にも分からない。個人差があるのか、それともこの建物の中にいる別の一人が気配を殺しているのか」
「俺達クラスも皆同じってわけじゃねえみたいだしな。俺とシフ然りだし」
レプトは言いながら、シフの状況を改めて思い返す。
「同類と顔を合わせてえ気持ちはあるけど、今はシフの容体が最優先だ。出来ることなら会わずにそのまま外に行きてえな。もしかしたら、俺達とは考えも違う奴かもしれねえし……」
自分達と同じ境遇にあった者と会いたい気持ちは抑え、レプトは行動の方針を確認する。それに反対の声を上げる者はいない。
「出口までは階段を下ってそのまま行けばいいが、最短でも少し距離がある。一応、お前達が先を歩いてくれるか」
戦闘能力のないメリーは念のためにレプト達の先行を頼む。言うなれば、今のメリーはシフの命とも言えるような情報を握っている状態。万が一にもそれを奪わる状況をつくらないために意識を割いておく必要がある。
レプトとシフを先頭にし、メリーとカスミがその後ろにつく形をつくって一行は部屋を出る。少し広めの廊下に出てすぐ、レプトとシフは左右の人の有無を確認した。しかし、そこには非常用電源によって点いている電灯からの淡い光が無機質なタイルと壁を照らしているのだけがあった。
(……近い)
廊下に一番初めに出たレプトは、周囲の状態を確認しながら後続に来ても大丈夫だと示す。剣で守ることのできる範囲内にメリーが来たのを確認すると、彼は再びシフと並んで歩きだす。ただ、冷静に行動しながらも彼は今の状況に多少の動揺を感じていた。
(この感じは……普通のクラスなのか? 急に感じた。ここまで近かったのに……気配を殺してどうこうなる、ものなのか? ……まず会ったことある奴が少なすぎる。例外とか言うのも違うのかもしれないが……)
レプトの思考は自分達クラスという存在が互いに感じる感覚についての考察に支配される。この建物の中にいるもう一人が敵対する人物なのかも分からないのに、彼の手には力が自然と込められていた。
「……ん、これは」
ふと、メリーは自分の視界がぼやけたように感じた。だが、彼女はその直後、厳密にはぼやけたのではなく、何か細かい金色の粒子のようなものが目の前に振ってきたのだと気付く。背後の部屋に入ってくるまで、この研究所の中で同様のことは起きていなかった。これまで視界に入ってくるのは薄汚い埃のみだった。
(上か……?)
異常を察知したメリーは咄嗟に頭上を見上げる。およそ床から五メートル離れている天井、メリー達のすぐ頭上には、男がいた。その男は天井に立っていた。彼の周辺だけ重力が逆行しているのではないかというくらい自然に、彼はそこに立っている。。加えて、男はそれ以外にも異常な点を有していた。
背に、翅が生えているのだ。二枚、片割れが少年ほどの大きさで、鳥が持つような羽ではなく、蝶類が背に生やすものに形状が似た翅だ。それには幾何学模様のような線が刻まれており、網目の隙間は金色に染まっている。メリーが目にした金色の粒子は、その翅から零れ落ちた鱗粉だろう。
「……ッ! レプトッ!!」
脅威かどうかを考察するよりも前に、メリーは真っ先に前方を歩いていたレプトとシフの背に手を伸ばした。
読了お疲れ様です。突然のお話ではありますが、「ヘキサゴントラベラーの変態」の続きを書くのを諦めようかと考えています。理由は、モチベーションがなくなったためです。具体的に今のような決断をするに至った流れを説明させていただきます。
まず、この作品を読んでいる方はごく少数です。半年以上も毎日投稿していながら日毎のPVはないと言って差し支えないほどですし、何より感想を一つももらったことがありません。これはつまり、やる気の補填が開始時点から一切ないということです。よく、読者が一人でもいるなら頑張るべき、というようなことを言っている方を見かけますが、私はそれを輪郭ですら感じたことがありません。誰かが読んでくれているという手応えを一切感じないままここまで来れたのは、もしかしたら半年記念や節目の時期に大成の機会を得られるかもしれない、という期待からでしたが、それも無さそうです。私もこうして小説を書いている以上、書籍化や何かしらの成功を求めて書いていますから、そういったチャンスが一切ない上に誰からも読まれていないものを書き続けるというのは、やりがいよりも苦痛に感じる事の方が多いのです。もちろん、私はこの作品を面白いという絶対の自信の上で書いていますし、他の方にも共感できるものだと胸を張って言えるからこそこうして打ち出しています。ですが、結果がそれはないと示しています。期待もできない、呼びかけもない、という状態を半年続けた今、やる気がなくなってしまったのです。
200話の時の後書きにも書きましたが、私は一年小説毎日投稿という企画をやっていますので、来年の3月までは続けられる予定です。ですが、「ヘキサゴントラベラーの変態」はその時点で終わる話ではありませんし、本来ならばもっと続く話です。しかし、上にも記した通りもう書く理由を見つけられませんので、これから新しくストックを用意するということはないかと思います。つまり、途中で未完のまま終わることになります。一応既に用意されている分に関してはこれまで通り投稿しようかと思いますが、完結することが無いという事はご了承ください。完結まで考えていて筆を折るのは非常に惜しいことですが、何より可能性がないことを続けるというのは時間を無為に消費することに他なりませんので、何もなければ考えを変えるつもりはありません。逆に言えば、急に書籍化打診とか来れば続けるでしょうけど、それも無いでしょう。
蛇足ですが、もし本作をここまで読んでくださっていて、完結まで読みたいと思ってくださっている方がいれば、そのお気持ちを少しでもお聞かせ願えないでしょうか。感想欄でもTwitterのリプライでもいいですし、そういう方が一人でもいらっしゃるのであれば、今作を読んでどう思ったのか、どうして終わりまで書いてほしいのか、そういうことを聞かせてほしいのです。これは私個人のお願いで、作者としての要請や報告ではないので、興味の無い方はご放念ください。この感想が来たから最後まで書く、ということにはなりませんが、ある程度の対応は取りたいと考えています。




